第3話「帰路につく」
エルザ「おっと。もうこんな時間かい。今日のところは、そろそろお開きだね」
スマイル「いや、実に有意義な時間だったよ。ボクも大満足さ」
マルコシアス「全くだ。お前さんのうすら寒いジョークがなければもっと良かったんだがな」
スマイル「お〜やおや。ボクのジョークの良さが分からないとは、まだまだお子ちゃまだね」
ヘルタースケルター「帰らせてもらうわ。御機嫌よう」
エルザ「ああ。夜道には気を付けな。誰かさんのお陰で最近何かと物騒だからね」
ヘルタースケルター「あらあら。心配なさってくれるの?かーわいい。ウフフ…」
部屋を後にするヘルタースケルター。
暮雨「僕も辞させて頂く。やるべきことがあるゆえ」
エルザ「ああ、輸送ルートの件、頼んだよ」
暮雨「了とした」
杖を携えて、部屋を後にする暮雨。
そこへ、執事のような燕尾服に身を包んだ青年が扉を開いて姿を現す。
青年は扉を開いたまま、暮雨に場所を譲ると、軽く一礼をし、部屋に入ってくる。
彼はエルザの近侍、ローランである。
ローラン「お迎えに上がりました。エルザ様」
エルザ「ああ。ご苦労」
マルコシアスに向き直るエルザ
エルザ「じゃあ、これで。マルコシアス。次合う時までくたばるんじゃないよ」
マルコシアス「はっ。言っとくが、お前さんへの借りを返すまで死ぬつもりはねえぜ。お前さんの方こそ死んでくれるなよ?」
エルザ「いい加減、借りだのなんだの忘れな。恩を売りたくてやったんじゃないんだからね」
マルコシアス「やなこった」
踵を返すエルザ。
マルコシアスがローランに向けて声を発する。
マルコシアス「坊主。しっかり守れよ」
ローラン「言われるまでもありません」
マルコシアス「ははっ。相変わらず愛想のねぇガキだ。せっかく男前だってのにモテねえぞ?」
スマイル「ボクみたいに笑った方が可愛いよ?ほーら、スマイルスマイル」
ローラン「エルザ様の前で汚らしい口を開くな道化」
マルコシアス「ハーッハッハ!こいつぁやられたなスマイル」
腹話術でおどけるスマイル。
スマイル「ボクハピエロ!ココロデナイテカオデワラウピエロダヨ!!サアサ、スマイルスマイル!!」
エルザ「行くよローラン」
ローラン「はい。エルザ様」
部屋を後にし、薄暗い玄関ホールを抜け、豪奢な扉を開くローラン。
エルザがポーチに出ると、黒の街は雨模様だった。
扉を閉めたローランが傘を開いて差し出す。
エルザ「ありがと」
表に停めてある黒塗りの車まで歩いていく2人。
車の前では、好々爺然とした、白いシャツに黒いベストの初老の運転手が、傘を差して、車のドアを開け、エルザを待っていた。
エルザに、優雅な所作で一礼をした彼は、エルザに仕える執事セバスチャンである。
エルザ「セバス。待たせてすまないね」
セバスチャン「ほっほ。この歳になると待つことなどこれっぽっちも堪えませんとも。ささ、お疲れでしょう。お早く中へ」
車に乗るエルザ。
ローランも、セバスチャンに軽く会釈をすると、後に続いて車に乗る。
しばらくしてセバスチャンがハンドルを握ると、車が、黒の街の石畳の上を静かに走り始める。
エルザが長い脚を組んだ。
エルザ「ったく…。頭の痛い会合だったよ。あれなら舞踏会の方がまだマシさね」
セバスチャン「ほっほ。メイド達に湯浴みの用意をさせておりますゆえ、お帰りになったらゆっくりお身体を温められるのがよいでしょう」
エルザ「気が利くねぇ。そうさせてもらうよ」
目線を正面に向けたままのローランに、脚を組み変えたエルザが話しかける。
エルザ「なんだい。スマイルとマルコシアスに言われたこと、気にしてんのかい?」
ローラン「…いえ。別に」
エルザ「フッ…。お前はそれでいいんだよ。私の事だけ見てな」
ローラン「はい」
エルザ「そこがお前の良いとこさね。お前の忠誠は気に入ってるよ」
ローラン「もったいないお言葉です。エルザ様」
セバスチャン「ほっほ」
車は、街の明かりの中へとタイヤを走らせる。
黒の街の夜が、雨を反射して煌めいていた。