第1話「黒の街」
ゴシック調の部屋の中央に、燭台のみが乗せられた円卓が置かれている。
椅子のない円卓の周りに集う、5つの人影。
燭台の蝋燭に火を灯していく5人。
5本すべての蝋燭に明かりが灯り、部屋の様子がぼんやりと浮かび上がる。
その中で、一際目を引く、飾り気のない黒のドレスを身に纏った長身の女性が口を開いた。
彼女はこの物語の主人公、エルザである。
エルザ「今宵も、この顔ぶれが集ったこと、嬉しく思う」
暮雨「息災なようで何よりだ。レディ・ブラン」
マルコシアス「おいおい…。おべっか大会のために集まった訳じゃないだろう?さっさと本題に入らせてくれ」
続いて、和装の男と、上等なスーツに身を包んだ男が口を開いた。
和装の男が、忍び衆「鴉」の長、暮雨。
上等なスーツに身を包んだ男が、黒の街のドン、マルコシアスである。
エルザ「ああ、では。前置きはこのくらいにしておこうか。議題に入る前に、マルコシアス・ファミリー頭目、ファーザー・マルコシアスより、話があるそうだ」
マルコシアス「(咳払いをする)時間を無駄にしたくないから単刀直入に言うが…、スマイル。お前さん、俺たちファミリーのシマで違法薬物を売りさばきなさったな?」
マルコシアスが声を掛けた先は、この場に似つかわしくないピエロのメイクをした男だ。
彼は黒の街の商業を牛耳っている男、スマイルである。
スマイルは、タキシードの蝶ネクタイを直し、声を発する。
スマイル「ああ、そのことに関してはとても遺憾に思っているよ。ボクも聞き及んでいる。しかし、そもそもボクの関与するところではないし、買う方にも問題があると思うんだけどね?」
マルコシアス「ほう?また随分寝ぼけたことを言うな?流石は道化師といったところか」
スマイル「ハハッ。ボクが売ったという証拠でもあるのかい?」
マルコシアス「なあ、いいか。お前さんが売ったかどうかは関係ないんだ。俺はお前さんを裁きたい訳じゃないからな。問題は、薬物を売ったやつが誰であれ、責任はお前さんにあるという事だ。どう責任を取るつもりか聞かせてもらおうじゃあないか?」
スマイル「えぇ〜?そんなぁ〜。頼むよ、エルザ君」
エルザ「5大組織間の問題に関しては、我々、白薔薇の団は預からない。当事者同士で話をつけて欲しいね」
マルコシアス「そういうことだスマイル。それとな。次に眠たい事を口走ったら、この場でお前さんのその素敵なメイクに赤色を足してやる。たっぷりとな」
スマイル「ハハッ。面白いジョークだ。ボクのレパートリーに加えておくよ。う〜ん、どうして欲しいのかな?ボクに」
マルコシアス「責任を取れと言ってる。具体的には、俺たちファミリーのシマに出回った薬物の自主回収と、賠償金だ」
スマイル「ハハッ。これまた面白いジョークだ。ボクの下についても君なら上手くやれるに違いないね。ジョークついでに、その薬がボクのギルドから出回った物だという証拠があるのかどうか、聞かせてもらってもいいかい?」
マルコシアス「お前さんのとこ以外に薬物を扱ってるとこがあるのか?初耳だな」
スマイル「別にそこらの一般人でも、材料さえ手に入れれば作れちゃうし売れちゃうと思うんだけどね。まあ…でも…案外、お固そうなエルザ君が実は…ってことも……」
エルザ「おやスマイル。本物のナイフが飲みたいのかい?口に気を付けるんだね」
スマイル「ハハッ。ボクがいつも飲んでるナイフは本物だよ。種も仕掛けも無いからね」
マルコシアス「ついでに言えば耳とその奥のやつも無いみたいだな。いつから自主回収と賠償金の支払いを行うのかとっとと教えてもらおう」
スマイル「だから、証拠を見せてよ。無いとは言わないよねファーザー・マルコシアス。ここまでボクを不愉快な気分にさせたんだからさ」
睨み合うスマイルとマルコシアス。
そこへ、今まで一言も発していなかった人物が割り込んでくる。
ヘルタースケルター「私のところよ」
マルコシアス「……なに?」
ヘルタースケルター「あなたのシマとやらで薬を売ったのは私のところの子たちだと言ってるの。耳がないのは貴方もね」
明かりの中に踏み込んでくるのは、ならず者たちの寄せ集めを率いるヘルタースケルター。
黒の華美なドレスを着ているが肌の露出が一切なく、仮面と、室内なのにも関わらず差している傘で表情も見えない。
声だけが聞こえてくる。
マルコシアス「ほーう?じゃあ、お前さんが責任を取ってくれるっていうのか?」
ヘルタースケルター「取るわけないでしょう?お馬鹿さん。取らせたかったら力尽くでそうさせるのね」
暮雨「会合の場での私闘は禁じられている。慎まれよ」
マルコシアス「ご忠告どうも。…さて、これは面倒なことになったな」
スマイル「ああ、謝罪は結構だよマルコシアス。濡衣を着るのも悪い気分じゃない。ほら、ボクは何着ても似合うからね」
黒の街の時計塔が、0時の鐘を打った。