第100話「今日」
あれから数日。共同墓地。
いつもは黒い帳に覆われている空が、今日は晴れ渡っていた。
雲ひとつ無い青空だ。
共同墓地には、たくさんの人が訪れていた。
手錠に繋がれながら、ジェラルドの墓に花を供えるスマイル。
ジ・エンターテイナーと、部下たちの墓に酒を振る舞う暮雨。
ファミリーたちの墓の前で帽子を胸に当て、黙祷を捧げるマルコシアスと、そのファミリーたち。
ヘルタースケルターの墓前で跪くフィガロ。
そしてエルザは。
エルザ「遅くなったね。セバス」
ローランを伴って、カトレアとセバスチャンの墓が並ぶ場所を前に、花を持って立っていた。
セバスチャンの墓前にしゃがみ、花を置くエルザ。
エルザ「いつも苦労をかけたね。お前にはいつも助けられた。…お前がいない屋敷に慣れるにはもうしばらく掛かるだろうが、心配いらないよ。父上によろしくね」
エルザが立ち上がる。
そして、ローランから花を受け取ると、カトレアの墓に向き直った。
エルザ「さて。しばらく2人きりにしてくれるかい?ローラン。」
ローラン「御意に」
ローランがエルザに、次いでセバスの墓に敬礼を捧げると、踵を返して去っていく。
エルザ「セバスも。頼むよ」
エルザが、カトレアの墓の方へと歩み寄る。
エルザ「ふぅ…」
エルザが、カトレアの墓の前に座り込む。
エルザ「待たせて悪いね。ケイト。ここのところ忙しくって、なかなか来られなかったから、話したいことがいっぱいあるよ」
エルザが、ロザリオに手をやる。
エルザ「ねぇ、ケイト。時々、嫌になって、全部放り出したくなることがある。…色々考えちゃってね。ライムライトのこととか、黒の街のこととか…。もしケイトが側に居てくれたら、って。思うよ」
ロザリオを、指先で弄ぶエルザ。
エルザ「私は、いつも誰かを傷付けてる。政府からライムライトを奪ってきて、ドライフラワー罹患者を殺して、ヘルタースケルターの連中を斬って。正義なんてクソ喰らえって、たまに思うんだ。私は、多くの人を救ってるけど、それ以上に傷付けてる。私なんて、このちっぽけな街一つしか救えない、ちっぽけな人間なんだっ、て」
エルザが座り直す。
エルザ「もっと、全ての人を救えるだけの力があれば。ケイトが居てくれたら。きっと、世界だって救えるのに」
エルザが身を乗り出して、カトレアの墓石に触れる。
エルザ「あなたがいないと、何もかもが完璧じゃないんだ。寂しいよ。…辛い。……ケイト」
カトレアの墓に、額をくっつけるエルザ。
エルザ「私、何をしてるんだろう。もっと上手くやれたよ、きっと。父上なら、おじい様なら、他の人ならもっと上手くやれる」
カトレアの墓を右手で抱くエルザ。
エルザ「セバスを死なせて、マルコシアスの家族を死なせて、鴉の人たちを死なせて、白薔薇の団の団員も死なせて、街の人も死なせて、…私、なにやってるんだろう」
エルザの声が、段々と弱々しくなる。
エルザ「ケイトがいなきゃ、誰も助けられないよ。何も出来ないよ。…私、ヘルタースケルターを救えなかった。自分の手でどうにかする事も出来なかった…!それに私、私…!私、大勢の幸せの為なら個人を切り捨てるって、ヘルタースケルターに言ったけど、でも、私、あの時ローランを切り捨てられなくて、黒の街の人のことを考えれば、例えローランを失う可能性があっても、2人で行かなきゃいけなかったのに…!私、自分でも何が何だか…、自分が何をやってるのか、もう何も分からないよ…!ケイト…、私はどうすればよかったの…?私は…、どうすればいいの?分からないよケイト…!正義ってなんなの…!教えてよ…!…ケイト…!!」
エルザの頬を、大粒の涙が伝う。
エルザ「わたし…っ、酷いこと言った!あの子に、酷いこと言ったよ…!あの子も、エスメラルダって、名前がちゃんとある人間でっ…!被害者なのに…!もっ…やだ…!もう…っやだよ…!ケイト…っケイトぉ…。あぁあ…、うあぁあぁあぁぁあ…!うあ…っああぁあぁあああ…!」
このメアという世界に生きる人を、平等に陽の光が暖めていた。
愛しい人を亡くした人も、健やかに暮らす人も、生きる人も、死にゆく人も。
全ての人が、今日一日だけは、太陽の昇る朝を知るのだ。
明日からはまた、永遠の夜が続くとしても。