第96話「誰にとっての正義、誰にとっての悪」
ゴシック調の部屋の中央に、燭台のみが乗せられた円卓が置かれている。
椅子のない円卓の前に立つ人影が一つ。
燭台の蝋燭に火が灯った。
燭台が掲げられ、エルザの顔が暗闇にぼんやりと浮かび上がる。
燭台の明かりを頼りに、歩を進めるエルザ。
奥に進むにつれ、眼前の闇から聞こえて来るすすり泣きが、明瞭になっていく。
重厚な扉の向こうから、ヘルタースケルターの弱々しい声が微かに漏れ出ていた。
ヘルタースケルター『…いや……いやぁ…!パパ…、ママ…ッ!私もういや…。皆、私を嫌いって…!怖いよぉ…。パパぁ、ママぁ。助けて。助けて誰か…』
エルザが、音を立てて扉を押し開ける。
扉の向こうには、精緻な彫刻が全体に施された豪奢なダンスホールが広がっている。
そして、ヘルタースケルターは、その中心で座り込んでいた。
ヘルタースケルターが墜落したせいで、ダンスホールの天井には大きな穴が空いており、そこから月と星の明かりが差し込んでいた。
エルザが、無言で長靴の音を立てながらダンスホールの中心に歩いていく。
ヘルタースケルター『ッ!! 』
エルザに気付いたヘルタースケルターは、床に座ったままの姿勢で、後ずさっていく。
ヘルタースケルター『…来ないで』
エルザ「…」
ヘルタースケルター『来ないで…っ。来ないでよぉ…!何でそんな怖い顔で睨むの?!何で!?私はただ…!』
エルザが、燭台をヘルタースケルターの足元へ投げ捨てる。
ヘルタースケルター『ひっ…!』
頭を庇うように抱え、うずくまるヘルタースケルター。
無言のまま、エルザがジャンヌ・ダルクを抜き放つ。
ジャンヌ・ダルクが反射する月明かりが、ヘルタースケルターの泣き顔を照らしていた。
ヘルタースケルター『お願い…、やめて。もうこの街から出てくから…!』
エルザ「もう遅いよ。お前を野放しには出来ない」
ヘルタースケルター『やだ…、やだぁ…っ、うあ…っ、やっ…だ…っ!』
泣きじゃくるヘルタースケルターを、冷たく見下ろすエルザ。
エルザ「私はお前をここで殺す。絶対に。誰がなんと言おうと」
ヘルタースケルター『生きちゃ…っ、ダメなの…?!わたっ…私は…!寂しいのに…っ、辛いのにっ…!!』
エルザ「私は…。お前の想いや命よりも、私の周りの人の方が大事だ。お前一人を殺して、この先、私の大事な人達が傷つく可能性が僅かでも減るなら、私はお前を殺す」
ヘルタースケルター『せいぎの…!みかたじゃ…っ、っ、なかったの…っ?!』
エルザ「お前を救って、尚且つ、黒の街の人々の未来も救えるほどの力は私には無い。…大勢の幸せの為に個人を切り捨てる必要があるなら私はそうする。これは私のエゴだ。私個人にとっての正義だ。そしてお前にとっての悪だ」
ヘルタースケルター『ひどいっ……!!ひと殺し…!!』
エルザ「人じゃ…ないだろ…」
エルザが唇を噛んだ。
口の端から、血の筋が垂れる。
月が残酷なほどに綺麗な夜だ。