第9話「朝」
一夜明け、しかしなおも暗い黒の街。
シュヴァリエ邸では、エルザが目を覚ましていた。
ローラン「おはようございます。エルザ様」
エルザ「あぁ。おはよう、ローラン。…。あれを頼むよ」
ローラン「はい。エルザ様」
あくびをしているエルザのもとへ、重厚なブリーフケースを手に歩み寄るローラン。
エルザ「ありがと。お前も忘れるんじゃないよ」
ローラン「お気遣いありがとうございます」
ローランに渡されたブリーフケースを開くエルザ。
中からは、淡いオレンジの光を放つ石のようなものが姿を現した。
ライムライトである。
エルザ「……こいつがないと、生きていけないなんてねぇ」
ライムライトを取り出し、高く掲げるエルザ。
部屋に、暖かな光が満ちる。
光を浴び、目を瞑るエルザ。
エルザ「いくら権力を持ってようが、強かろうが、美しかろうが聡かろうが、こいつがなければなんの意味もない。人間に一番必要なものが、実は日の光だったなんて」
ローラン「……」
エルザ「人は愚かなものだよ。失わないと気付けないんだからね」
ローラン「…エルザ様、私は…」
ブリーフケースにライムライトを仕舞うエルザ。
エルザ「なんて、使い古された文句並べたところで、不毛なだけだね。さて、ローラン。今日の予定は?」
ローラン「…はい。本日は、午後13時より、温室の視察が予定されております」
エルザ「温室か。ついでだから、ドロテアに何か土産でも持っていこうかね」
ローラン「かしこまりました。後ほど用意させます」
エルザ「頼んだよ」
ローラン「では、エルザ様。お食事の用意が出来ておりますので、お召し替えを済まされましたら、食堂までいらして下さい」
エルザ「はいよ」
ローランが退室する。
窓の外に目をやり、黄昏れるエルザ。
そこへ、マルグリットとゾエが入室してくる。
ゾエ「お支度に参りました」
エルザ「ああ、頼むよ」
しばらく髪を結ったり、着替えをするエルザ。
そこへ、メイド服姿の女性が入室してくる。
彼女はメイド長、ヴィヴィアンである。
ヴィヴィアン「お早うございます。エルザ様」
エルザ「ヴィヴィアン。ご苦労だったね。引き継ぎは?」
ヴィヴィアン「済んでおりますわ。進展があり次第、エルザ様にお知らせ致します」
エルザ「頼んだよ。…あぁ、そうそう。朝食はなんだい?」
ヴィヴィアン「バゲットと、ナッツと葉野菜のサラダ、それとオムレツをお好みの焼き加減でご用意しております。コーヒーはマルコシアス様から頂いた物を」
エルザ「あぁ、いいねえ。じゃ、今から下に降りるよ」
ヴィヴィアン「お待ちしております」
退室するヴィヴィアン。
しばらくして支度を終えると、マルグリットとゾエを伴ってエルザは食堂へ降りる。
すると、食堂の、エルザが座る席の傍らに、男が、手を後ろで組んで佇んでいた。
彼はコック長、オリヴィエである。
エルザ「おはようオリヴィエ」
オリヴィエ「……」
気にすることなく席につくエルザ。
エルザが席につくと、オリヴィエが、エルザの目の前のカトラリーを開ける。
エルザ「ご苦労」
ゾエが、エルザの膝の上にナプキンを広げる。
エルザは、フィンガーボウルで手を洗い、マルグリットが差し出すタオルで手を拭くと、食事を始めた。
エルザ「完璧だよ。流石だね」
それを聞いたオリヴィエは、一つ頷くと、厨房へと戻っていく。
食堂には、食器のたてる音だけが静かに響いていた。




