私の背中の海賊船
序盤にうんちが出てきます。苦手な方は読まない方がいいです。やばいおっさんをベースに、スーパーあるあるを詰め込みました。
スーパーにふざけたおっさんがいた。まず、当然のように全裸。自動ドアの向こうに全裸のおっさんがいる光景でもうアウト。自動ドアが開き、普通に入ってくるおっさん。
カートも押さなければカゴも持たない。裸一貫でおっさんは売り場に突入した。と思ったら1番手前のいちごの売り場で立ち止まる。おっさんはその場にしゃがみ込み、0.1人前ほどのうんちを産み落とした。皆が落書きで描くうんちの1番上の階のような形だ。
私はその様子を影から見ていた。このおっさんは歴史に残る人物に違いない、この男の全てを見届けたい。と、そう思った。今日に限って少し遠出してこのスーパーに立ち寄ったのだが、本当に大正解だった。もしかしたらこの地域はこういうおっさんばかりなんだろうか?
おっさんは5mほど進んだところでまた立ち止まった。マッシュルームが売っている。例によっておっさんはしゃがみ、先程と同じ量のうんちをした。さっきのに比べてだいぶ丸っこい気がする。
他にも客はいるのだが、誰もおっさんに見向きもしない。どういうことなのだろうか。私にだけ見える幽霊なのだろうか。もしそうなら、私の幽霊に対してのイメージが根底から覆る。幽霊とは怖いものだと思っていたからだ。いや、このおっさんも相当怖いけども。
おっさんはタチウオをじっと見つめている。1分ほど眺めたあと、深くしゃがみ込んだ。今回は今までとは違い、尻が完全に床についている。何をする気なんだ。おっさんよ、私に見せてくれ!
おっさんはグッと腹に力を込め、うんちをしている。しかし、さっきまでのうんちとは出る速度が違う。小出しにしているのだ。おっさんはそのまま足の裏にビッシリ生えているウロコを使ってスルスルと前に進んで行った。その結果、おっさんが通った道に綺麗なうんちの一本線が描かれた。消しゴムのカスを集めて練ったものを、机と指の腹を使ってビーっと延ばしたような見た目だ。
ここで私は気がついた。このおっさんの真意に。いちごの売り場でのうんちの形、マッシュルームの売っている横でしていた丸みを帯びたうんち、そして、タチウオを見つめたあとのこのうんち。おっさんは、このスーパーに売っているものの形をうんちで再現しているのだ。
心躍る私に見向きもせず、おっさんは黙々と前へと進んでゆく。精肉コーナーの加工品売り場でシャウエッセンを眺めている。やめてくれ、それはちょっとリアルすぎる。やめてくれおっさん。
何を思ったかおっさんはシャウエッセンの袋を開け、中からウインナーを取り出した。私は耳を澄ました。おっさんがウインナーを口へと運ぶ。
「もそり」
私の期待とは裏腹に、シャウエッセンは「もそり」という音を立て噛み切られた。違うだろ、そこは「パリッ」だろ。私はシャウエッセンに殺意を抱いていた。
「すいません、パリッとしないんですけど」
おっさんが精肉コーナーの担当者に聞いている。すげぇな、お前今全裸なんだぞ。
「私はメーカーの者ではないので分かりかねますが、おそらく茹でるか焼くかしないとパリッとならないんだと思います」
全裸なの気にならないの? でも話せてるってことは幽霊説も消えたし、なんなんだろこいつ。どういう存在なんだ?
「うるせぇ! 帰れ!」
おっさんはそう言うとのそのそと歩き始めた。カレーのレトルトのコーナーの前で立ち止まった。おっさんよ、ウインナーもやばかったけど、これはもっとやばいよ。カレーの再現だけはやめてくれよ。
おっさんは1番高額なレトルトカレーを手に取り、お腹のポケットに仕舞った。私は焦った。そんなところに仕舞ったら万引きGメンが来ちゃうよ!
私はおっさんの盾になることにした。おっさんが捕まってしまっては今の私の楽しみが終わってしまうからだ。おっさんは福神漬けもポケットに入れていた。今更だけど、なんで全裸なのにポケットあんの?
おっさんは歩くのが面倒になったようで、足の裏のウロコでスルスルと移動をしている。蛇もこうやって移動しているらしい。蛇男というあだ名をつけてやろうかと思ったが、蛇より強烈な要素をいくつも持っているので、私の脳内会議の結果却下となった。
「すみません! お客様の中に、お医者様はいらっしゃいませんかー!」
鮮魚コーナーの方から聞こえる声に反応し、おっさんは走り出した。いや、お前医者じゃないだろ。
「あ、お医者様ですか! 今お客様が滑って転んで頭を打ったようで、息をしていないんです!」
おっさんはこくりと頷き、倒れている患者の隣にしゃがみ込んだ。患者の胸に耳を当て、目を瞑っている。数秒後おっさんは動きだした。患者の額に手を乗せ、もう片方の手で顎を持ち上げている。気道確保というやつか。
おっさんは患者の鼻をつまみ、患者の口に己の口をあてがった。人工呼吸だ。と私が認識した瞬間、患者の体は木っ端微塵に吹っ飛んでいた。おっさんの息を吐く力が強すぎて、患者の体が風船のように割れてしまったのだ。
「なに、当然のことをしたまでです。後は救急車を待ってください」
そう言うとおっさんはお菓子コーナーへと向かった。私もおっさんの後を追った。彼はしゃがみ込み、駄菓子を見ている。こいつがしゃがむとついつい身構えてしまう。私も駄菓子を見ることにした。懐かしいものがたくさんある。
おっさんはサッポロポテトのバーベキュー味を手に取り、袋を開けた。ひとつ取り出してじっくりと見ている。おっさんはこれをうんちで再現するつもりなのだろうか。サッポロポテトのバーベキュー味の形を説明したいのだが、私に語彙力がないせいで説明しにくい。とりあえずあみあみだ。
おっさんはそのまましゃがんだ状態で腹に力を込めた。すると、尻からほっっっそいうんちが出てきた。なるほど、描くのか! いや、そうだよな。さすがにあみあみの状態では出てこないよな。
私はしばらくおっさんの作業を眺めた。サッポロポテトのバーベキュー味のはずなのに、曲線が多い。どういうつもりなのか。尻が邪魔でよく見えないが、違うものを描いているのは確かだ。
完成したうんち絵は見慣れたキャラクターだった。通称ポテト坊やと呼ばれる、カルビーのポテチシリーズのパッケージによくいるキャラクターだ。ここで私はあることに気がついた。
このおっさん、尻拭かないのかな。尻痒くなんないのかなぁ。まあ、どうでもいいか。おっさんは鮮魚コーナーへ向かった。そこだけは行かない方がいいと思うが⋯⋯
鮮魚コーナーに行くと、先程までいた野次馬たちが1人残らずいなくなっていた。そこにはただ、おびただしい量の血があった。おっさんはその血の隣に「犯人は山本」とうんち文字で書いて去っていった。写真を撮ったあと私もおっさんを追いかけた。
「砲撃用意!」
「かかれーっ!」
おっさんの方から声がする。おっさんが危ない気がする! 無事であってくれ、おっさん!
おっさんの元へ到着した私は声の主を探した。
「海へ飛び込めーっ!」
その声が聞こえてきたのは、おっさんの背中からだった。よく見るとおっさんの背中は海になっており、数隻の海賊船が浮いていた。初めて見る海賊に私は目を輝かせた。
すごいなぁ。本物の海賊なんて初めて見た。よく落ちないよな、縦なのに。
「チッ、うるせぇなあ」
そう言うとおっさんは脱皮し、海賊を置き去りにして飲み物コーナーへ向かった。せっかくなので私はおっさんの皮を着ることにした。すげぇ、めっちゃパイナップルの匂いがする。お腹になにか角張ったものが当たるな⋯⋯あ、レトルトカレーと福神漬けが入ってる。おっさん忘れてっちゃうところだったじゃん。
私は飲み物コーナーにいたおっさんに追いつき、後ろに張り付いた。傍から見たら全裸のやばいおっさんの後ろに同じ顔の全裸のやばいおっさん海有りバージョンがくっついてるんだもんな、すげぇよな。
おっさんはビールを飲んでいる。金も払わずにウインナー食べてビール飲んで、いいご身分だねぇ。
ビールを4本飲んだおっさんは完全に酔っ払っていた。私はこのおっさんを最後まで見届けなければならないので飲む訳にはいかない。
視線を感じる。誰だろうか。私は後ろを振り向いた。そこには、おっさんと同じ顔をした全裸の男が立っていた。私も今は同じ顔の皮を被っているから、実質三つ子全裸おじさんだ。顔は同じだが、この男の背中にはなんとも言えぬ空間が広がっていた。全体が燃えており、真っ赤な池や針だらけの山がある。そして真っ赤の顔の髭もじゃおじさんもいる。鬼もいた。
男は何も言わず私の後ろに張り付いている。傍から見ると同じおじさんが3人1列に並んでいるように見えるだろうが、違うのだ。私は一般人なんだ。ハンバーガーのように挟まれているんだ。20分ほどその状態で過ごし、もう限界だと思ったその時、後ろの男が口を開いた。
「おい山本! ずっと行方不明で心配したんだぞ! こんなところにいたのか!」
こいつ喋れるのかよ! なんで20分黙ってたんだよ! んで同じ顔だから双子だと思ってたけど、苗字で呼ぶのかよ!
「ちんちん!」
お前はさっきまで普通に喋ってただろ! なんでいきなりバカになるんだよ! あ、酔っ払ってるからか!
また沈黙が訪れ、15分後に前のおっさんが口を開いた。
「何の用だ山口。双子で同じ顔でお前の方が勉強もスポーツも出来るんだから、俺なんてもう家にいる意味ないだろ。俺はただのお前の劣化版だよ」
双子なのかよ。双子で山本と山口って名前なのかよ。確かに双子って似た名前をつけることが多いけど、こういう似せ方もあるのね。そういえばさっき鮮魚コーナーで「犯人は山本」って書いてたけど、捜査を撹乱させるためのメッセージかと思ったら自白してただけなのね。
「勉強もスポーツもどうでもいいよ! 僕は兄ちゃんが居ないと嫌だよ! 明後日の卒業式は絶対一緒に出ようよ! 来月には一緒に中学校に入学しようよ!」
えー、皆さん。彼らは小学生だったようです。どう見ても58歳だったので勝手におっさんだと思ってました。謝罪いたします。それにしても、さっきまでずっと無表情だった2人がこんなに感情的になって言い合うなんてな。なんで30分以上あんなに静かだったんだろう。
兄弟が感動の再会してるところ申し訳ないんだけど、俺もそろそろ限界だわ。こいつらずっと前向いて喋ってるの。さっきの3人並んでる状態のままで。前のやつなんて誰に喋ってんのって感じだよ。後ろのやつは俺の耳元でうるさいし。
「あ、山田くん! ⋯⋯あ、山本くん! みつかったんだね!」
彼らの同級生らしき女の子がこちらに話しかけている。気まずい。1列に並んだまま山本が答える。山本は前のやつね。
「みっちゃん⋯⋯ごめんよ、心配かけて」
山本はしばらく行方不明になっていたことを反省しているようだ。そういえば、こいつらの苗字山田なのかよ。山田 山本と山田 山口の双子ってわけか。担任の先生は気が狂うだろ。
「さあ、家に帰ろう」
後ろのやつが言った。
「ああ、帰ろう」
前のやつも同調した。彼らはそのまま私を挟んだまま店を出た。みっちゃんはそのまま買い物を続けていた。
実は私は今、刑務所でこの文章を書いている。店を出たところで万引きGメンに捕まったのだ。レトルトカレーと福神漬け、持ってるよね、と。
私の前後にくっついていたおっさんのような全裸の双子の小学生はそのまま帰って行った。私は少年法を心から憎んだ。子どもの全裸は許せるのか? 見た目がおじさんなんだぞ? 背中に海賊いるんだぞ? あ、今は私が着てるから私の背中か。そんなことを考えながら、私は店が呼んだパトカーに乗り込んだ。
実はこれは10年前の話なんだ。レトルトカレーと福神漬けだけで10年も懲役? と思うことだろう。あの時はあいつらがヤバすぎてあいつらのこと以外は考えられなかったのだが、私の苗字は山本なのだ。あの鮮魚コーナーのメッセージのせいで私には殺人罪もついてしまった。その結果、こんなにも長く服役している。
私は刑務所内で貯めたお金で毎年中学校の社会の教科書を買っている。私はあの時直感したのだ。あの男は歴史に名を残す男だと。今年もこの日がやってきた。今しがた教科書が届いたのだ。
全部で211ページ。いつものように1ページ1ページ確認していこう。目次は去年とあまり変わっていないようだ。1ページ目をめくる。
なんと、あの兄弟が載っているではないか。彼らが写っている写真の下に、山田兄弟という文字が添えられている。よく見たら右ページにも名前が出ている。そうか、やはり偉人になったんだな。今年の中学生はいきなりこの兄弟のことを学ぶんだな。そう思うと、自分がしてきたことも無駄じゃなかったんだなと涙が出てきた。
「おいおっさん、何泣いてんだよ」
隣の独房から声がする。こいつは1億万人殺害した死刑囚だ。
「知り合いが教科書に載ったんだ。見てくれ」
そう言って私は教科書を手渡した。
「知り合いっていうか、おっさん、あんたじゃねえか!」
確かに私も同じ顔をしている。あの時着た山本の皮が全然脱げないのだ。まだ31歳なのに58歳の見た目で過ごしている。勿論背中に海もあり、海賊も戦っている。
「まあいろいろあってね、私じゃないんだ、それは」
説明するのが面倒なのと、絶対に信じてもらえないのとで、私は適当に誤魔化した。教科書を返してもらい、後のページも何となく見ることにした。どうせ暇なのだ、教科書でも読まないよりはマシだ。
ページをめくると、また山田兄弟がいた。次のページにも、その次のページにもいた。私は211ページ全てを確認した。その結果彼らが199回登場していることが分かった。本当に大物になったんだなぁ。私はその狂気の教科書を何百回も繰り返し読んだ。999回読んだ頃、私は全知全能になっていた。
ちょうど出所した私は空を飛んでピラミッドを見に行った。サウザーの真似をして少し遊んだ後、世界中を破壊して回った。もはや誰も私を止めることは出来ない。私は暴虐の限りを尽くした。世界の半分が滅んだ頃、私はまた日本に戻っていた。
「あんたあの時の⋯⋯」
山田兄弟が私に話しかけてきた。
「これ以上世界を壊させるわけにはいかない!」
俺たちの戦いはこれから始まるんだ!
☆ご愛読ありがとうございました。猫大長老七宝先生の次回作にご期待ください。
「いやいや終わんねぇよ。お前ら2人のせいで私はこうなったんだからな。なんでお前らに止められなきゃいけないのさ」
山田兄弟さえいなければ私は今も普通に過ごせていたことだろう。こいつらが私を万引き犯にでっち上げなければ私はこうはならなかった。
「確かに、僕たちのせいです。僕たちには何も言う資格はありません⋯⋯」
納得してくれたので私は世界壊しを続行した。6年後、世界は平らになった。元から何も無かったかのような静かさだ。その静かな世界の中に、私の背中の海賊の声だけがいつまでも響いていた。
僕の地域ではカートを「引く」って言う人がけっこういるんですけど、みなさんはカートを「押す」ですか? 僕は引く派です。方言なんですかね?
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