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 私を見る度にこそこそと何か囁く人達。

 不躾に好奇な目で見てくる人達。

 友人だと思っていたのに私を避ける人達。


 何より、一向に婚約したという話を聞かない呑気な二人。


 まさか私に気遣っているのだろうかと思っていたけど、正にその通りだった。

 そのせいでこの一年本当に辛かった。


 両親は私が黙って婚約を解消し特に理由も言わないため、最初私の事を叱っていたけど、王室から発表された理由を聞いてとても責任を感じていた。

 本当は違うのだけれど、おかげで血眼になって結婚相手を探そうとする事はなかった。


 出来たら私がちゃんと見初めた人と将来を共にして欲しいと思ってくれている様だ。だけどしばらくそんなのはいい。何だか、疲れた。


 あの二人がようやく婚約を結んだ。

 国民の鋭い人達の間では、ケビン様とサルエラ様が影で懇意となってしまったために、私との婚約を破棄したのではとまことしやかに囁かれた。

 恐らく王室の耳にも届いているだろうけど、今の所動きはない。正直イメージは良くないが事実ではあるため否定も出来ず、このまま触れずにいくのだろう。


 そういう訳で、私に対する視線は同情のものに変わりつつある。余計なお世話よ、と思う。

 そのため、今も屋敷に引き篭もりがちだった。


 もうこれで何冊目だろうかという本のページを捲る。

 唯一赴く近くの図書館の本は大方読みきってしまった。

 そろそろどこかに足を向けようかしらと考えていた時、扉のノック音がした。


「お嬢様。デイジー様がいらっしゃいました」

「どうぞ、お通しして」


 私は本に栞を挟んで机に置く。

 それと同時にデイジーが入ってきた。


「ありがとう、デイジー。今日も来てくれたのね」


 デイジーはずっと私の傍にいてくれた。

 半年前に婚約が決まり、もうすぐ式も控えているというのにこうして足繁く通ってくれる。


「…あなた、私に嘘をついていたわね。

 王族になる事へのプレッシャーだなんて」


 どうやらデイジーも鋭い部類だったらしい。

 王室側から勝手に発表されたものだったから別に認めてもいないけれど、かといって真実も言えない。無言で彼女を見つめる。


「…ま、言える筈ないか。相手は王族だものね…」


 そう言いながら彼女が私をそっと抱きしめてくれた。

 そう、これだけで良い。言葉も同情もいらない。

 頑張ったね、と。その気持ちだけで嬉しい。


「結構残酷な人達ね。

 しおらしく日を空けちゃってさ。

 私だったら城に乗り込んで、ガツンと言ってしまいそう!」


 本当は面と向かってガツンと言ってやったんだけど、と思いつつ、重要機密事項なので黙って彼女の話を聞く。


「あなたもいつまでも出不精になってないで、どこか美味しい物でも食べに行きましょう、ね?」

「…そうね」


 私もあの二人に言いたい事は言ったのだし、いい加減前を向かなくては。

 そう考えていたら突然デイジーが私のクローゼットの方へ歩み始めた。


「え!?ちょっと!あなた何してるの!?」

「何って…思い立ったらすぐじゃないと。

 あなた最近同じ様なドレスばかり着ているから、わたしが選んであげようと思って」

「だ、だめ!!」


 慌ててクローゼットを背にし、デイジーの侵入を止める。


「何よ焦っちゃって。珍しい。

 見られたら嫌な物でもあるの?」


 ドキリ、と心臓が跳ねる。


「今クローゼットの中を整理していて足の踏み場もないくらい散らかってるの!

 だから最近同じ様な服なのかもしれないわ!」


 早口で捲し立てる私に、デイジーの目が細くなる。

 自分でもらしくない事をしていると思っているが、この中を見られる訳にはいかない。


「………あなたがここまで必死になるなんて」


 ドキン、ドキン。


「よっぽど汚いのね。

 相変わらず几帳面ね。私そういうの気にしないのに」


 ほっ、と胸を撫で下ろす。


「流石に急すぎたわね。また日にちを決めましょう」

「そうね…」


 そう言ってふふふ、と笑うデイジーに何だか申し訳ない気持ちになりつつも、心がほぐれていく感じがした。


「では、また来るわね」

「ええ、いつもありがとう。

 私ももうちょっと外に出てみる。今度遊びに行くわ」

「あら!それはいい事だわ。お待ちしてるわね」


 そう言ってお互い手を振り、扉がパタンと閉まった。


 私はエントランスから再び自室に戻り、例のクローゼットの前に立つ。

 徐にその扉を開いた。


 うちも一応有数な貴族なので、クローゼットというより小さな部屋で歩けるくらいの広さがある。

 そこに並ぶ色とりどりのドレス。


 別に散らかってなどいない。

 足の踏み場もないなんて事はない。

 ただ一つ、誰にも見られてはいけない物がそこにあるから、私はデイジーをここに入れる訳にはいかなかった。


 歩を進め、誰にも見られない様に部屋の隅に掛けられたその例の物を手でなぞる。

 上等な生地で作られたそれは、するりと私の手を攫った。


「…何がただの憧れだった、よ。

 ずっと未練がましくこれを捨てられないくせに」


 私はそう呟いて、小さく歯を食いしばる。


 正直言い足りないけど、彼らに文句を言えた。

 二人も無事、婚約した。

 それでも踏ん切りをつけられないのは、何故かしら。

 私は何に、執着しているのだろう。


「…何か気晴らしになる様な事はないかしら」


 その瞬間、あの騎士の言葉を思い出した。



 ──わ、私は…気分転換によく馬に乗って気に入ってる川のせせらぎを聞きに行くのです。

 その、もし、気分を変えられたい気持ちになられた時は、ぜひ私にお申し付けください──



 確か、名前はユイゲル・バーンズ。

 どこかで聞いた様な名前なんだけど、何だったかしら。


 いかにも騎士らしく、真面目な人だった。

 なのに最後に私に話しかけた時は顔を赤くして歳相応といった感じで、それにまさかの申し出に驚いた反面、笑ってしまった。


 ああやって思わず笑みが溢れたの、いつぶりかしら。


「乗馬か…」


 馬に乗って、川のせせらぎを聞きに行く。

 生まれてこの方馬車くらいにしか乗った事がないため、どんな感じなんだろう。

 近頃引きこもりがちだったし、そういった水辺もしばらく行っていない。


 行きたいな。そう思った瞬間、私はある事に気が付いた。


「…私、どうやって彼に行きたいと伝えればいいのかしら?」

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