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「え?あの人が…?」


 いつもの様に彼のお家が所有する牧草地に来ていた。

 二人で会う時はもっぱらここで乗馬だ。すっかり私は熱をあげてしまっている。


 そして彼の口から、私達の結婚の証人にケビン様が志願しているという事、更にミルドレイシアへ婿入りする事を告げられた。

 どちらも衝撃的すぎて、私はそう、とだけ返す事しか出来ない。


「証人と言っても、私達の婚姻を示す書類に名前を書いて下さるだけだそうです。

 さすがに出席は遠慮しておく、と」

「…そう」


 また同じ返事をする。正直、もう関わりたくないというのが本音だった。

 でもまた妙な噂を流されるのも嫌だ。しかも私以上に彼が的となるだろう。ケビン様の元婚約者に手を出した騎士だと。それはもっと嫌だった。


「分かりました。ぜひお願いしましょう」

「…本当に、大丈夫ですか」


 彼が心配そうに私を見つめる。

 こんなに私の心を大事にしてくれるんだと、頬がじんわりと熱くなる。それだけでも勇気が出てくるのだから不思議だ。


「正直また勝手に贖罪の材料にされている感は否めないけど、もう利用しちゃいましょう。実際助かるのだし」

「利用…そうですね」


 自分を優位な立場にして考えると、何だか心が軽くなった。彼もようやくにこりと笑ってくれて安心する。


「それにしても婿入りなんて、大きな決断をしたわね」

「そうですね…気丈なサルエラ姫を病ませたと、ミルドレイシアの民達からもあまり良く思われていない様です」

「どちらにいても祝福されないのね」

「中々言いますね、リリー様」


 少しだけ窘められた様な気がしてぺろと舌を出す。彼らの事に関して軽口を叩ける様になるなんて。前までは思い出すだけでしんどかったのに。

 そうさせてくれた彼が、困った様に笑いながら私を抱き締めた。


 恋人になって、婚約が決まって。徐々にだけど最近彼の態度が柔らかくなって来た。

 本当は丁寧な言葉遣いも敬称も外して欲しいとお願いしているのだけど、癖で抜けないそうだ。


「そうだ、リリー様。あなたにお見せしたい物があるのです」

「何かしら」

「それは見てからのお楽しみです」


 彼はいつも私をワクワクさせてくれる。

 逸る気持ちを抑えながら二人で馬に乗って、どこか森の中へ案内された。そして目を閉じる様言われて従う。


「少し動きますよ」


 彼が両手で私の肩を掴んで誘導し始めた。


「まだ開けちゃダメなの?」

「すみません、もう少しです」


 ややあってから、彼がいいですよ、と言った。

 私は恐る恐る目を開けた。


「…これって」

「私達の隠れ家です」


 そこには小さなログハウスがあった。

 しかも彼は隠れ家と言った。何と心が躍る言葉か。


「本当に良く分かってるわね、私の事」

「そう言って頂き光栄です。

 簡易的ではありますが小さな調理場と、本棚もたくさん用意しておきました。

 私の今の給料ではこんな小さな小屋になってしまいましたが」

「いえ、十分よ。私、こういう没頭出来る様な場所が欲しかったの」


 早く中が見たくて一歩踏み出すと、彼が慌てて私を止めた。


「まだ何かあるの?」

「しまった…」


 本当はもっとスマートにやりたかったのだろう。好奇心旺盛な自分を恨む。


「ごめんなさいね、あなたの段取りの邪魔をしちゃって」

「いいのです。それがリリー様ですから」


 そして彼にエスコートされ、扉の前に立つ。どうやら開けるのは私で良い様だ。

 恐る恐るドアノブを掴んで開いた。


「………っ」


 またもや言葉を失う。

 扉を開けて正面に置かれていたのは、見事なウェディングドレスだった。


「本当はリリー様に伺っての方がいいと思ったのですが、ミランダ様に相談した所、あの子は興味がないだろうから私が協力すると言って下さったのです」

「…お母様が」


 近付いてよく見てみる。

 確かに母好みのビジューがいっぱいついた可愛らしいドレスだ。

 でも派手すぎず、母も本当によくわかってくれている。何よりきっと色んな思いが詰まっている事に感無量である。


「…素敵だわ」

「良かったです、気に入って頂けて」

「ようやく着られるのね…私」


 ああだめだ。泣けてくる。

 彼がそっと私の横に付き、肩を抱く。

 そしてとめどなく流れる涙をそっと拭ってくれた。


「ユイゲル…愛してるわ。あなたに出会えて本当に良かった」

「リリーさ」


 彼がそう言いかけて一度咳払いをする。もしかして。


「リリー」


 耳がこそばゆい。この人と一緒にいたら、心臓がいくつあっても足りない気がする。


「俺も、君を愛してる。絶対に離さない」


 私は我慢出来なくて、性急に彼にキスをした。

 すぐに彼も応じてくれる。


 私は、世界一幸せな花嫁になるのだ。


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