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四歩目.牢にて、少女は前を向く



 ――ぞわり、背筋に気持ち悪いものが駆け上がる。


「…………ッ、ぁ――――――」


 コイツは、今。


 何をした?


「レヴィーディス、ワタクシの手が貴女の手に付けられた枷に届くまで、近くに寄りなさい。そう、そしたら手首をワタクシに見えるよう、ちょっとだけ持ち上げるの」


 体が勝手に動く。


 理解が追いつかないわけではない。

 何をされたかは、すぐにわかった。


 ただ一つ、コイツがそうした理由を除いて。


「もう少しだけ、上に……えぇ、ここで大丈夫。大きく動かないよう、じっとしていてちょうだいな」


 なぜだ。


 コイツは、二の、違う、リーアは、理に沿わない行動はしないはずで。


 だけれど。


 私を隷属させるメリットなど、どこにある……?


「えっと、鍵は……あ、ありましたわ。魔法で干渉されないようにと、魔力を用いない施錠方法で助かりましたね。

 魔法での鍵開けは得意じゃありませんもの。他人の魔力に偽装するっていうの、なんだか難しくて」


 私を無理矢理従わせることには、そりゃあもちろん強大な魔法の力を手にすることと同意なワケで、以前王国の輩も試そうとしたことはあった。


 それが叶わなかったのは、私の魔力の最大時が、この国の数多る存在よりも上だったから。


 普段の私の魔力量は常人に毛が生えた程度ではあるし、リーアがやったように従わせようと思えばできなくもない。

 だが王国による私の主たる運用目的は膨大な魔力をもって行使する人技を離れた魔法にあり、その魔法を使うときには毎回、私の意思に関係なく隷属が解けてしまう。

 王国からすれば、下手に縛って恨みを強めるくらいなら、多少は自由な状態を持たせることで、僅かなりとも反感の意を抑えたほうが良いという決断に至ったのだろう。


「はい、開きましたわ。これで貴女も魔法を使えるようになりましたわね」


 ともすれば過去最高に楽しそうな声音で話すリーアのことを横目でちらりと見つつ、私は問いかける。


「な、なぁ、リーア。オマエはなぜ、私を隷属させた?」

「嫌ならばさっさと解いていただいても構いませんよ? もっとも、痛みを嫌う貴女が、私の魔力量を超えるだけの魔力を作り出せるとは思いませんけれど」


 懐から小振りのナイフを取り出し、柄を私に向けてくる。

 確かにリーアの言う通り、解こうと思えば解ける。

 だが私の魔力量を増大させるには、今回の量的に、このナイフを足の付根にザックリと差し込まねば足りないだろう。



 私が人智を超えた力を操るためには、私が痛みを覚えねばならない。


 国直属の研究者曰く、私の防衛反応が他よりも過剰だとか。

 故にこそ、外的な痛みによって突発的に多大なる魔力量を生成し、かつ瞬間的な魔力の操作能力も向上するらしい。


 結果のみを見れば、私は痛みを力に変えることができる、ということだ。

 己の辿るであろう人生に絶望したのは、この能力に大きく起因する。



 が、今論点としているのは、そこじゃない。


「嫌とは言っていない。

 隷属させられることにプラスの感情を催すワケではないが、リーアか必要であると考えて行ったのならば、否定はしない。王宮のヤツらにされるよりかは、幾分もマシだ」

「……レヴィーディスはワタクシのこと、買い被り過ぎですわ」


 ちょっとだけムクれた表情のまま、リーアは続けた。


「貴女を隷属させた理由は、ワタクシの旅に着いてきていただくため。

 貴女だけが、ワタクシのことをわかってくださるから、きっと貴女となら、これから先、楽しく、自分らしく、生きていけると思いますの。

 貴女が考えてらっしゃるような崇高な理由など、ありませんわ。単なる私利私欲で、貴女を、レヴィーディスを隷属したのです」

「そう、か。……オマエも、辛かったんだな」

「貴族の子女として産まれた以上、ワタクシの自由が完全にワタクシのものにならないことは幼き頃より理解していたつもりでしたけれど。

 まぁ……さすがに数字を冠する魔法師として、ワタクシの心がないものとされるとまでは、心構えていなかったものでして」


 自分らしく生きていくために、リーアは私を隷属したと言った。


 無論、国直属の魔法師としては赦される行為ではない。

 もし王国に属する誰かにこの場を見られたら、即刑罰を言い渡されるくらいには、違反として非常に重いだろう。

 その刑罰も、私の受けたもの――右足を付け根から斬り落とされる以上の、それこそ両足を奪われてもおかしくはない程度となるだろう。

 私は、左の足にナイフを突き立てられて、リーアからの隷属を無理矢理解かされるだろう。


 このことを、リーア自身もわかっていて、なお、行動を起こした。

 今後を追われの身としてあらねばならない現実を背負って。


 なら私は、どうすればいい?



「…………リーアは、強いな。たったの一人で、王宮を抜け出す覚悟を決めきれるなんて」

「一人ではありませんわ。そもそも、貴女がワタクシたち数字を冠する魔法師の立場に遺憾の意を常日頃から主張なさっていたから、ワタクシも気付けたんですの。

 ワタクシにも、自由になる権利があるのだと」

「私、が……」

「ええ、レヴィーディスが」


 右足を斬られるとなったとき、あるいはこうして牢屋に繋がれた状態で目を覚ましたとき、私は思った。

 結局、私の行動なぞ、全くの意味を持たなかったのだと。


 どれほど声高に己の主張を発し続けたとて、未来は変えられない、と。



 ……だが、そうか。


 少なくともリーアの未来は、変えられたのか。


 巡り巡ってそれは、私の未来を変える切符にも繋がっていた。


「私が断罪された理由、リーアは知っているよな?」

「もちろんですわ。あまりに貴女が自由になりたいと叫び続けるものだから、王国側が痺れを切らして、適当な罪を被せ断罪することで、これ以上歯向かわないようにせんとしたのでしょう?」


「ああ、その通りだ」

 冷えた鉄格子を頼りに、片足でどうにか立ち上がる。


「私という人格は、ないものとされている。たかが天才だからという理由のみで、な」


 断罪のとき、天井に下げられたシャンデリアを見て、どうにも相応しくないと感じた。

 それはまるで、世間からした私らの姿のようであったから。

 一の魔法師として、国の最前線で活躍しているというたったの一面だけで判じている、ハリボテの私にしか思えなかったから。


 こんなきらびやかな存在、私ではない。



「すまんな、リーア」



 息を吐き出す。


「ふふっ、ようやく覚悟をお決めになられた、といったところかしら」


 リーアも立ち上がると、私と向き合い獰猛に笑う。

 いつの間にかナイフは、懐にしまわれていたようだった。


「オマエも大概、私のことをわかっているじゃないか」

「だってレヴィーディスはいつも、思っていることが表情に書かれているんですもの」

「おや? そうだったか?」


 肩で体を支えつつ空いた片手で頬を触ってみると、確かに口角が上がっているような気がした。


「さて、最初のお望みは転移の魔法か?」



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