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三歩目.牢にて、少女は悲壮する



 ……きっと、きっと、と思ってしまう。

 私が私として生きるには、今、彼女の手を取る以外に選択肢はないのだと。

 任務で訪れる外の景色は、閉じられた王宮内のどんな絢爛さよりも美しく、気高く、そして心を掴んでは離さぬ、頭の芯がぴりりと痺れるような佇まいを見せていた。


 今ここで彼女の手を取れば、私は私が在りたいと望む景色を、こころゆくまで堪能できるのだ。

 違うことなく、そう、言い切れる。


 瞼を閉ざし、息を吸い込んだ。

 王宮地下の牢屋の、突き刺さる冷淡さに、じんわりとした湿っぽさが混じっている。

 魔法の才があると判明して以来、私は王国で、何も知らな民たちからの歓声を浴びつつも、キツい首輪を嵌められ続けてきた。


 だってほら、辞めたいと声高に叫んだ私の手首には、依然として枷が付けられている。



「………………ごめんな、二の」



 たとえここで外へ行こうとも、いつの日かにまた捕らえられてしまうという疑念を、どうにも拭いきれないのだ。


「やはり私は逃げられないよ。今の私は、オマエの手を、己の力で握り返すことができないから」


 少し身動きをしたところで、魔封じの枷の揺れる音は鳴らない。絶対に逃さないと、限界まで密着して嵌められている証だった。

 もし、もしも枷のされていない状態で誘われたら、幻想の魅惑に惹かれて手を伸ばしてしまっていたのかもしれぬが、私の手首は王宮からの束縛の厳しかった当たり前の現実を想起させるもので縛られている。


「二の、オマエ一人で行ってくれ。オマエが逃げたとは王国のヤツらには洩らさない。いずれはバレるだろうが、どうせ二ののことだ。すぐに見つからないよう、なんらかの処置はしているのだろう?」

「……そうね。ワタクシ、この国では二番目に強い魔法師ですもの。出奔が露見したら直ちに捕縛隊が組まれることくらい、容易に想像できますわ」


 鉄格子の間から牢屋内に入れていた手を引き抜くと、二のは膝を軽く払いながら立ち上がった。

「貴女が行かないと仰るのなら、これ以上留まるのはあまり効率的とは言えないわね。魔封じの枷を解く鍵を持っていると伝えたところで、貴女は意見を変えないでしょうし」


 いつもより少しだけ短い裾も、いつもより厚底でしっかりとしていそうなブーツも、いつもとは違う場所へ旅に出れるように準備したものなのだろう。

 一の魔法師、二の魔法師として相当な時間を共に行動していた私にでさえ隠し通して、彼女は事を進めてきたのだ。

 ならば恐らく、私抜きの計画も立てているはず。

 というか、現実思考の二のが、王宮を抜けて外へ行くためのプランをいくらか持っていないワケがない。


「達者でな、二の」

 冷えた壁にもたれかかる。

 私が着ている――着させられている服は、罪人用かは知らないが、薄く擦り切れたボロ布のようなもの。二のが纏っているものとは、比べようもない程の格差があった。


 牢屋に沈黙が降りる。

 別れの言葉が返ってくるものかと思ったが、二のは何も言わずに鉄格子の前に佇み続けていた。

 一つ呼吸をし、二つ呼吸で肺が冷気に震え、三つ呼吸で手先がジワリ寒さに縮こまる。

 四つ、五つ、呼吸を繰り返し、十になっても、依然、靴が地を叩く音は響き渡らなかった。



「…………なぁ、二の。行かないのか?」


 さすがに訝しく感じ視線を上げると、二ののそれとパッチリ重なった。


「違うわ」


 二のの声が冷徹な石壁を叩く。


「ワタクシの名前はリーア・エレウテレス。好きなように呼んでもらって構いませんけれど、『二の』の呼称は辞めてくださいまし」


 凛と透き通った声音は、どこか白銀のベルを彷彿とさせる気高さを伴っていた。


「す、すまない。二のの、あっいや、リーア? の名を、これまで知らなかったものだから」

「そうでしょうね。なんたって、ワタクシも貴女の名前を知りませんもの。数字を冠する国直属の魔法師として、名乗ることは禁じられておりましたから」


 ねぇ、貴女の名前も教えてくださらない?

 そう問われ、だが決まりではと逡巡するも、ああけれど、と考え直す。

 二の――リーアはもう、二の魔法師ではないのだ。

 しからば、規則をどうこうと気にする立場ではなくなる。

 どうせ今日限りで顔を合わせるのは最後になるのだろうし、旅立つ同期に名を伝えるくらいなら、きっと、赦される。


 しかし、この名は久しく口にしていなかったな。

 いつの間に私は、己を一の魔法師と称することに慣れてしまったのだろうか。


「私の名はレヴィーディスだ。その、一応はファミリーネームもあるのだが、国直属の魔法師となる際に養子縁組みさせられた家のものでな。リーアとの最後の邂逅でわざわざ名乗りたくない。すまんな」

「養子縁組みをする前のファミリーネームは何でしたの?」

「ん? あぁ、昔は単なる庶民だったからな。ファミリーネーム自体、持つことを赦されていなかったよ」

「そう」


 ちなみにワタクシは、生まれも育ちも貴族ですから、とリーアは目元を細める。

 なるほど、道理で所作が一々洗練されていたわけか。



「まぁ、元気でやれよ、リー……お前、何やってんだ?」

 再び別れの言葉を告げようとした私の目の前で、リーアは唐突に膝を曲げた。

 二の魔法師としては目にしたこともない、あの妖艶な笑みを浮かべる。


 意味もわからぬまま当惑していた私に、利き手の右を差し出した。




「ワタクシ、リーア・エレウテレスに隷属なさい、レヴィーディス」


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