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短編:一万五千文字以下の作品

この町の風景の一部となり、生きていく

 この仕事を楽しいと思えたのは、いつからだろう。この仕事を始めた頃は、ただ時間に追われるだけで、数をこなさなければと単調に行っていただけだったように思う。


 出勤をしてバタバタとタイムカード押し、荷物を確認して積み込む。

 ただそれだけの作業で、いろんな人と巡り合ったような気になり、

『可愛い犬がいるあの家だ』

 とか、

『いつも気にかけてくれるおばあさんのいる家だ』

 とか、配送前からその家の家主に会った気分になってしまう。


 アルコール検査を行い、点呼を受け、軽い朝礼が始まる。

 この仕事は、時間に厳しい。けれど、それは私がすでに会った気分になった家主たちが、大切な荷物を今か今かと待っているからだ。


「今日も安全運転でスピーディーに! お客様には笑顔ときちんとした挨拶を!」

 スローガンを全員で高々に言い、朝礼が終了。こうして気合を入れれば、いよいよ一日が始まる。



 荷物を積むときに配送ルートを考えながら入れたけれども、もう一度出発前に配送ルートを確認。

 時間は気になるけれど、安全運転が第一だ。事故を起こしてしまっては会社にもお客様にも多大な迷惑がかかる。


 今日の一番目の配送先は大型マンション。配達ボックスが設置されていて時間をかけずに多くの荷物を運べるから時短になる。


 安全運転で到着した後、荷物を抱え込んで住民に邪魔にならぬよう、けれど駆け足で入っていく。

 次々に宅配ボックスに入れていく単純作業になるが、ここは仕方ない。どんな人たちだろうと思ってみても、ここの住人には会ったことがない私に、思い浮かぶ顔はないのだ。

 但し、ここも大切なお届け先には変わらない。それに、不在にならない確実なお届け先だ。それには感謝しかない。再配達にならないでいいのはすごく助かる。



 次は時間指定のない、お宅に向かう。時間が合えばあそこの旦那さんが出勤前に荷物を受け取ってくれるのだ。ちょうどお隣さんが午前中の配達指定だから、うまくいけば二軒とも受け取ってもらえる。


 到着すると、ご主人の車があった。どうやら、運よく出勤前に間に合ったようだ。


 ピンポン


 インターホンを鳴らしたが反応がない。

 おかしいなと思うけれど、不在なら仕方がない。もしかしたら今日は車での出勤ではないのかもしれない。


 半分お隣のついでに来たようなものだ。不在届けを入れてお隣へと急ぐ。


 ピンポン


「はーい」

 返事があり、安心する。

「取りに行くので置いといてください」

「わかりました。玄関のところに置いておきます」

 置配は時短で助かるが 後ろ髪引かれるような気持にもなる。荷物をちゃんと取ってくれるかな? と気にしてしまうのだ。


「あ! まだいてくれたんだ。間に合った!」

 聞こえてきたら声は、先ほど不在通知を入れたお宅の旦那さん。

「ごめんごめんトイレに入ってたんだ」

「いいえ、とんでもないです! お会いできてよかったです」

「こっちこそ、よかったよ」

 受け取り票にさっと印鑑を押し、さわやかに旦那さんは家の中に入っていく。

「いつも、ありがとうね!」

 あ、このありがとうと笑顔に私はいつも励まされているんだな、と実感する。


「こちらこそ、ありがとうございます」

『お気をつけて。今日もお仕事頑張ってください』 なんて、心の中で思いながら車に乗り込む。そうして、ちらりとお隣の玄関を覗けば、荷物がなくなっている。すぐに受け取ってくれたらしい。ふうと安心のため息がもれれ、次のお宅へと出発する。



 次のお宅は 可愛い犬がいるお宅だ。


 車を停めるといつも車の音に反応して、リビングの窓からキャンキャンと鳴き声が聞こえて来た。

 防犯なのだろうが、飛び跳ねる仕草がとても可愛く、思い浮かべてつい、顔が緩んでしまう。


 車から降りて扉を閉めれば、また一段と大きくキャンキャンと可愛らしい鳴き声が聞こえてくる。

 荷物を取り、歩きながらリビングの方に視線を向けると、やっぱりあの可愛い犬が私を見て吠えていた。


 ピンポン


「今、行きます」

「かしこまりました」

 受け取り票をはがしながら待っていると、パタパタと奥さんが出てきた。 奥さんのうしろでは、あの犬が私を見てピョンピョン跳ねながらキャンキャンと鳴いている。

「もう~、うるさくてごめんなさいね」

「とっても可愛らしいです」

『そう? ありがとう』と言いながら、奥さんは荷物を受け取る。

 奥さんに一礼をして、『じゃあまたね』と私は犬に手をこっそりと振らせてもらい、また次のお宅へと配送に向かう。


 ああ、次はいつも私のことを気にかけてくれる、あのおばあさんのいるお宅だなと、朗らかな顔を思い浮かべ、頬がゆるみ幸せな気持ちでいっぱいになる。


 ピンポン


 車を停め、おばあさんのお宅へ向かう。トントンと戸を叩けば、ガラガラと引き戸が開けられた。

「おや、まぁ、ありがとうね」

「こちらこそありがとうございます。こちらにサインか印鑑をお願いします」

『ああ、そうねぇ』とおばさんはニコニコとサインをしてくれる。

「こちらに置いてよろしいですか?」

『はいお願いします』と言われ、置いたあと、

「暑い日も寒い日も雨の日にも大変よねぇ。でも、いつも来てくれるのがあなただから、私は安心なんだよ。これからも頑張ってね」

「ありがとうございます。これからも元気でいてください」

 一礼をし、私はおばあさんのお宅を出て行く。


 おばあさんの言葉は社交辞令かもしれないし、私の言葉も社交辞令に聞こえたのかもしれない。だけど、私の返した言葉は本音だ。


 私は車に乗り、また次のお宅へと向かって行く。




 これが私の仕事であり、私の日常だ。


 私の日常の中にはたくさんの『君』がいる。

 その一人一人と直接会わなくても、会話を交わさなくても、私の日常の中の大勢もの『君』はきちんと存在している。


 その中には不在を繰り返す人も、クレームを言ってくる人も、色々な人たちがいるのだ。


『君』たちは私の日常の中の一部であり、物語だけれど、私は『君』たちの日常であり、物語の一部でなくていい。

 それが『サービス』だと、私は思っているから。



 もし、私が『君』の日常の一部であり、物語の一部になり、この街の風景になれた時には、それは『サービス』を上回れたということなのだろうか。




 私の夢は、この街の風景の一部になることだ。


 一人でも多くの笑顔を見ていくことだ。


 それがあるから私は、この仕事がとても楽しい。

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