九十九話 教皇と聖女
「ロランスが戻って来てくれて一番嬉しいのは、ロイドと警護役を変わってくれた事だね」
「あの男は貴方に対する敬意が足りていない。俺は貴方を裏切らないと誓いましょう」
「あぁ、それは君を見れば分かるよ。助かるね」
聖リント教会、迷宮都市支部。
そのマスタールームに、朔間疑徒とその警護と秘書を務める男の姿があった。
と言っても、朔間疑徒は仕事の管理をほぼ全て自分で行ってしまうが故に、秘書としての役割をロランスが求められる事は極めて稀だ。
「勿体なきお言葉です」
書類仕事を片付けながら、そんな会話をしながら朔間疑徒が置かれた紅茶に手を付けた。
トントン。
それと同時に扉がノックされた。
「来たみたいだね、入りなさい」
そこに現れた聖リント教会の事務担当が、マスターへ報告する。
「昨日、我が探索隊と遭遇した時、アナライズアーツギルドマスター天空秀と共にいた探索者が来ております」
「何だと? それを通したのか!?」
ロランスが、睨みつける様に事務員へ視線を向ける。
Sランク探索者の圧力を一身に浴びた事務員はすくみ上り、自らのマスターへ縋るような視線を向ける。
「ロランス、それは私が命じた事です。止めてください」
「はっ! 失礼致しました。お前も悪かった」
「い、いえ…… それで現在ロビーでお待ちいただいていますが如何致しましょうか?」
「ここへ連れてきてください」
「よろしいのでしょうか?」
ロランスに恐る恐る目くばせしながら事務員はそう問う。
「マスターの命令だ。聞くのが仕事だろ」
「畏まりました。直ぐにお連れ致します!」
それから、数分ほどして『聖女』聖名守凛佳が社長室へ入室する。
すらすらとした白髪を靡かせて、神々しいまでの美貌と魔力を放ち、彼女は現れた。
「探索者をしている、聖名守凛佳といいます。今日は話をする機会を頂けてありがとうございます」
奇麗にお辞儀をした後、彼女は目の前の人物をじっと見つめた。
「ここへ来たという事は、私が名乗る必要は無いでしょう。それで、私に資格はありますか?」
「はい。間違いなく、最初の条件は達成しています」
「それは良かった。それでは、一応用件を聞いておきましょうか」
不敵な笑みを浮かべ、教皇は聖女へ問う。
ここへ来た目的はなんだ、と。
「天空さんは、勇者になる事を拒みました。なので、次点で可能性が高い貴方を勇者にします」
(天空秀がダンジョンに居る時点で、勇者の称号を拒んだという事は容易に想像できた。勇者の覚醒には一月掛かるのだから、その間は安全な場所で待機して置く筈だ。ダンジョンに居た時点で『クラスの消失』が起こっていないという事になる。ならば、その状態で俺という天空秀以外のレベル300オーバーの存在を目にすれば、聖女は天空秀を絆す以外の可能性に気が付くと思った)
「思い通り、と言う表情ですね」
「えぇ、上手くいってほっとしています。それで、私の所に来たという事は天空秀を殺す事を『容認』してくれるという事ですね」
「いいえ、『協力』を惜しみません」
「そうですか……」
少し、悲しそうな表情で朔間疑徒は呟いた。
「なっ…… そんな言葉信用できるはずが……!」
ロランスが聖女に向けてそう怒鳴るが、その彼が信仰すらするギルドマスターが手を上げその言葉を制する。
「ロランス、少し静かにしていて下さい。今、私は彼女と話している」
「しかし…… この女はアナライズアーツのスパイの可能性があります」
そんな言葉は信用できないと、それが主であっても危惧のために大声を出す。
それがロランス・モローという男の騎士道だ。
けれど、それは朔間疑徒にとって煩わしい物だったようだ。
「ロランス…… 黙れと言っている」
睨みつけ、魔力すら放ち、教皇は己の率いる最上位の部下を睨みつける。
「申し訳ございません」
そこまで言われてしまえば、ただの護衛でしかない彼は押し黙るほかない。
「天空秀の事は私も調べました。自分の眼を他の何よりも信じている。それを対価に差し出せと言われれば、断るのは確かに自然な流れですね」
一人、納得するように朔間疑徒はそう呟く。
その姿に聖女は一つ疑問を思い出し、それを問う。
「あの、何故そこまで勇者や私に役割に関して詳しいのですか?」
まさか、自分の様な存在が別に存在するのだろうか。
そんな考えが頭に浮かび、そして称号の獲得条件からそれを否定する。
称号は条件的に、同じ称号を同時に一人の人物しか獲得する事ができない。ならば、それを与える存在が何人も必要とは思えなかった。
それに、聖女の知識の中に他の聖女の存在など記載されていなかった。称号は同じ物を同時に一つしか与えられない、聖女にもそれは共通する条件の様に思える。
「それは、私が勇者になった後でお教えしますよ」
はぐらかす様に、朔間疑徒は話題を変える。
「それで、勇者になった後の話ですが、貴方は私に勇者の称号を授けた後はどうするんですか?」
「勇者のサポートをするのが私の存在理由です。貴方と共にダンジョンを進みながら、賢者や剣聖の称号候補を探す事になるでしょうね」
「では、全ての称号を与え終わった後は?」
「それは勿論、その方々とダンジョン攻略を始めます」
同質の質問を繰り返された事に違和感を覚えながら、それでも自分の目的を聖女は話していく。
「では、勇者がダンジョンには行かないと言ったら?」
「……どういう意味ですか?」
「他意はありませんよ。ちゃんと私はダンジョンに行きます、けれどそういう可能性の場合はどうするつもりなのだろうと、単純に気になっただけです」
「勇者無しで、ダンジョンを攻略できるとは思っていません。だからダンジョンに一人で行こうとは思いません」
「そうですか。理解しました」
背中を椅子に預けた後、何か達成感のある表情で、教皇は天を仰ぐ。
「ロランス、彼女のギルド所属の手続きを任せます」
「はっ。仰せの通りに」
ロランスが聖女を連れて部屋から出ていく。
朔間疑徒は自室で一人、――笑っていた。
「ついにここまで来た。これでやっと呪いを解けるんだ……」
「面白そう!」
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