九十八話 勇者候補
「それで、何で聖リント教会のマスターがお前の秘密を知っているんだ?」
俺は聖名守凛佳に問う。
朔間疑徒は彼女の存在を知っていて、勇者なんて単語を用いていた。
それは、朔間疑徒が聖名守凛佳という聖女の存在を認知し、その特殊な出自や存在に関しての情報を持っているという事だ。
「まさかとは思うが……」
聖リント教会から、送られて来たスパイ?
そんな怪訝な推測を抱いてしまう。
「私はあの人に『初めて』出会い対話しました。もしも、その人と私が繋がっているとお考えなら、それは否定します」
まぁ、そうなんだろうな。
もし、諜報員の様な事をやっているなら、あの時朔間疑徒は他人の様な素振りをした筈だ。
勇者だのなんだのを、『知っている』と俺にアピールする意味は何もない。
それに口ぶりからすれば、朔間疑徒の目的は勇者の称号なのだろう。
デメリットの事をあの男が認識しているのか分からないが、それを押してでも手に入れたいと考えているのか、それともデメリットを打ち消す方法を持っているのか。
しかし、勇者になる為の必要条件は、『レベル300以上』と『人類最高レベル』の二つ。
聖名守凛佳の口ぶりから俺が人類最高レベル保持者なのだろうし、俺を殺せば第二位の人間に勇者の称号の獲得権限が移るというのも筋の通った話の様に思える。
けれど、おかしい点が一つある。
「あっちのマスターは誰に勇者の称号を与えるつもりなんだ?」
「どういう事ですか? 本人がそのまま所得するのでは?」
「嫌、それは無い。あいつのレベルは200にすら到達していなかった」
あの男のクラスレベルが180。
レベル300には圧倒的に不足している。
そんな状態で俺を殺して、意味があるとは思えない。
「いいえ? あの人はレベル300を越えていますよ?」
「は? 俺の鑑定じゃレベル180だったぞ」
「私は、相手を見ればその人が称号の所得条件を満たしているかどうかを確認する能力があります。それによれば、あの人は第一条件である『レベル300以上』を既に達成しています」
どういうことだ。
俺の鑑定が間違える筈がない。
けれど、聖女は確かに俺のレベルを一目で見抜いていた。
いや、そうか。
「レベルブースト、『階位昇華』の状態変化だ」
「どういう事です?」
「あの場に居た聖リント教会の探索者は、ギルドマスターである朔間疑徒を除いて全員が『階位昇華』の状態にあった。これはレベルを強制的に上昇させる補助魔法を受けた様な状態だった」
強化の幅はあれ、少なくとも30パーセント以上のレベル上昇を全ての探索者が持っていた。
最大はロランス・モローの100パーセント上昇。朔間疑徒のレベルが180なら、100パーセントの上昇効果を受ければ360になる計算だ。
それなら、確かに勇者の称号の獲得条件であるレベル300を突破している。
ただ、違和感はある。
あの場面では、俺の鑑定を用いた限り朔間疑徒の状態は『階位昇華』の状態には無かった。
それを聖名守凛佳が見て、勇者の称号の獲得条件を達成していると感じるのは不自然に思える気もする。
しかし、それ以外に思いつく可能性が無い以上、今はそう考えるのが自然だろう。
「それを使って勇者になる権利を獲得し、貴方を殺す事で二つ目の条件も達成すると……」
「まぁ、恐らくだがそういう事なんだろうな」
「なるほど……」
聖名守凛佳は、思案するように頭を捻る。
俺は彼女が何を考えているのか、そして今から何を言おうとしているのか、何となく理解できてしまった。
「天空さん、デメリットは『既存のクラス能力の消失』です。如何でしょうか、勇者になってはくれませんか?」
予感はあった。
聖女の称号を持つ彼女は、クラスを持っていなかった。
称号に関してのレベルシステムがどういう物なのかは定かでは無いが、それでも150を越えるレベルを持つ彼女にとってはクラスの力は得にこそなれ損にはならない筈だ。
けれど、彼女はクラスの力を持っていない。
それは確かに、クラスと称号が同居できないという話と合致する。
「なるほどな。だったら……」
失う物は鑑定士の力及びレベル。
手に入る物は『勇者』という未知の称号の力。
「改めて断るよ。俺が勇者になる事は絶対にない」
俺は、俺の眼を信じている。
それを裏切る選択を取るつもりはない。
「そうですか……。であれば、私がここに来る理由はもうありませんね」
「あぁ、まだ仮入社だったから手続きは必要ないよ」
「感謝します天空さん。そして、ごめんなさい」
「謝る事は無い。勝つのはお前でも、朔間疑徒でもないのだから」
「貴方が勝者になると?」
笑みが零れる。
俺は探索者になって失敗ばかりやって来た。
そんな俺がここに来て勝てるなんて考える程愚かじゃない。
俺は今まで、一人で勝利を手に入れた事なんて一度も無い。
いつも誰かに助けられてきた。
だから、勝つのは俺じゃない。
「俺たちだよ」
そして、聖名守凛佳はギルドを後にした。
次の日、彼女の姿があったのは聖リント教会のギルドの中だった。
「面白そう!」
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