九十六話 動画配信者と聖女
聖名守凛佳が事務所にやって来た翌日。
俺は、聖女のクラスを持つ彼女とダンジョンにやって来ていた。
「ギルドに入れてくれて、本当にありがとうございます」
「あぁ、戦力的には申し分ないしな。けど勇者だとかの話は……」
「はい! 私を信用して貰って、絶対に貴方に頷かせて見せます!」
と、彼女がうちのギルドに所属を希望した理由はこういう物だった。
けど、全然分かってない。俺は勇者なんて物になる気は無い。何度そう説明しても彼女は折れる事は無かった。
何を意固地になっているのか、確かに勇者という称号の力に興味は湧くが、デメリットがある以上簡単に決定できる事ではない。
それを知らずに受け入れるつもりがない。
「分かったよ。まぁ、多分頷かないと思うけど俺のギルドに入って働いてくれている分には構わない。でも……もし不利益が被るような事があればすぐ解雇するから」
彼女は俺の意向で入れたのだ、もしも彼女が何かしでかした場合を考え俺が彼女と探索を共にする事にした。
他のメンバーじゃもし何かあった時に対応に困るかもしれないからな。
少なくとも信用できるまでは、2人かそこに何人か加えての探索となる。
ワダツミは広く、世界中に存在するダンジョンモンスターが網羅できそうなほど多彩なモンスターが出現する。
動画の候補には困らない。動画も再開したいし、丁度いいと言えばいいタイミングだ。
「動画への顔出しはオッケーなんだよな?」
「はい。問題ありません」
チョーカー型の小型カメラのスイッチを入れる。
これで戦闘は全て録画され、それを斉藤さんに送る事で編集して投稿までして貰える。
これ以上レベルアップを加速させたいという欲は、レベルアップによる強化に限界を感じて来たのでそこまで強くは無いが、それでもレベルが高いに越した事はない。
それに、斉藤さんが初めに言っていたように初心者用のモンスターの講座としての役割もあるから、迷宮都市に来たばかりの探索者にとって一助となる事を願っている。
俺がやっていたようなモンスターの討伐講座の様な動画ジャンルも成長している様で、様々な探索者が動画投稿者と兼任というのも珍しくなくなって来た。
けれどやはり、見るだけで鑑定できるという鑑定士のアドバンテージが無い分、再生回数で俺の動画を越える様な人は現れていないらしい。
未だ動画の再生回数が伸びて居るのが、恒久的に需要がある事を証明しているしな。
「そう言えば、何故動画を2年もお休みして、今回それを再開しようと?」
「休んだのは、それより優先しないといけない事があったから」
まぁ、剣の修行だ。
玲十郎との修練は、とてもでは無いが動画をやりながら耐えられる物じゃなかった。
それに、剣の腕でモンスターを倒す練習ばっかりだったからあまり動画として参考になる物を作れなかったというのも理由の一つだ。
「再開しようと思ったのは、迷宮都市の探索者の死亡率があんまりいい数字とは言えないらしいんだよ」
Sランクダンジョン『ワダツミ』の影響によって迷宮都市へやって来る探索者の数は凄まじいほど多い。
まだ未探索領域の多いこのダンジョンには、一攫千金の可能性が多分に眠っているからだ。
けれど、そんな彼らの生還率は余り高いとは言えない。
Bランクモンスターが跋扈しているのだから、安全にとはいかないのは分かるが、それでも俺が動画としてモンスター毎の弱点や注意するべき点についての動画を出せば、多少なりともマシになるんじゃないかと思っている。
そんな説明をすると、彼女は目を輝かせた。
「素晴らしいです。やはり勇者の器と言った所なのでしょうか」
「いいや、Sランクダンジョン攻略に向けてより多くの探索者が必要でより早くレベルアップして欲しいと思ってるだけだよ」
ワダツミの攻略は殆ど戦争だった。
橘さんと第三階層のボスモンスターの戦いを見た者はみんなそう言うだろう。
だから、頭数は少しでも多い方がいい。そう思ってるだけだ。
「攻略に向けて、探索者は多い方が良いとも思ってるしな」
「ですが、それでも優しさに満ち溢れている事に違いは無いと思いますよ」
「煽てても勇者なんて怪しい者にはならないからな」
「そんなつもりじゃないですよ。それに怪しくもないですから」
奇麗に彼女は笑みを浮かべる。
まるで、後ろめたい気持ちなど一切ないかの如く。
けれどやはり、善悪鑑定は彼女がデメリットを与えようとしていると言ってくる。
俺が信じるのは俺の眼だが、彼女を見ているとそれを疑いそうになってしまう。
「モンスターを探しに行こうか」
「はい。お供しますよ、マスター」
「面白そう!」
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