九十二話 新たな力
朝8時、俺はギルド事務所の客間に腰を下ろしていた。
なんとあの時の白髪の女性、聖名守凛佳は朝6時30分にギルドを訪れたという。
清水さんの出勤が朝7時30分。その間1時間、彼女はギルド事務所の前で待っていた。
それに気が付いた清水さんから俺は連絡を受け、急いでギルドまでやって来たという訳だ。
「時間は確かに指定してなかったけど、大分急ぎなんだな」
「はい、それは勿論。私が抱く最大級の事柄ですから」
芯の籠る表情で、彼女は対面に座る俺を見据える。
俺と彼女以外に人は居ない。
それは彼女が望んだ事であり、人払いを頼まれたのでそうしたまでだ。
彼女のクラス情報や戦闘技能は既に鑑定済み、支援回復系のクラスな様で戦闘になっても恐らく俺に軍配の上がる相手。
油断している訳では無いが、俺自身が彼女が何にこうも執着しているのかを知りたいと思っていた。
「それでは早速ですが、私が貴方に協力して欲しい事についてお話させて下さい」
「あぁ、話してくれ」
「――まずは私は生粋の人類ではありません」
そう、彼女は言葉を切り出した。
「私に生物学上の『親』という物は存在しません。母体から生れ落ちた生命体ではないという事です」
「全く意味が分からない。ゴーレムとかホムンクルスとかそういうモンスターだとでも?」
「さぁ、それは私にも分かりません」
「どういう意味だ?」
「私には生まれた時から、記憶がありました。その記憶によれば私には私にのみ許された特別な力であり、それはクラスとは別種の異能でした」
私にのみ許された力。
つまり、誰でも扱えるアイテムの類では無く、クラスとは別種の力という事はスキルやレベルに由来する能力ではない。
それは確かに、もしも存在するのなら人類が未発見か巧妙に隠された何かという事になる。
彼女は話を続けた。
「ネットで、貴方の事を調べました。なんでも鑑定士だとか、では私のクラスも既にお見通しで?」
「『聖女』」
「はい。間違いございません。しかし訂正が一つ、私は職業本を取り込んではいないのです」
クラスの力は職業本というダンジョンから産出される最も基本で最も安価な道具を使用した瞬間に芽生える。
今の人類は、ある程度の年齢になれば大抵は親の判断によって職業本を使用する。その方が肉体の強度が高まり、労働に関する難易度が下がるからだ。
将来選べる選択肢を増やすと言う意味でも、クラスの力は大いに役立つ。
しかし、職業本を使用せずにクラスを獲得するというのは前例の無い話でもある。
まるで、処女のまま子供を産むような、そんな矛盾。
まさしく聖女の名に相応しいのかもしれないが、それをおいそれと信じれる程俺は彼女を信用していない。
俺の眼を騙せると思うなよ。
透視と観察による魔力感知を全力で起動する。
職業本は通常であれば魔力化され体内に保管され、キーワードによって召喚が可能だ。
そして、俺の透視と観察が有ればその魔力化された体内の職業本を探る事も可能。
「本当に使ってない、みたいだな」
職業本は所持者から一定の範囲外にでると強制的に体内に保管される。
つまり、どこかで召喚して置いてくるというのは不可能だ。
透視で見てみたが物質化させ、懐にしまっているという事もない。
「ご理解いただけて何よりです。私の『聖女』としての力は生まれつきの物で、職業本によって後天的に獲得した物では無いのです」
「あぁ」
前例よりも、俺は俺の眼を信じる。
少なくとも、この女性は職業本を未所持のままクラスの力を持ちえている。
「そして、もう一つ不可解な点を――鑑定されたのではございませんか?」
俺は俺の眼を信じている。
けれど、ここまで疑いたくなったのは今日が初めてだ。
―――
聖名守凛佳 21歳 女
―――『聖女』
レベル『168』
―――
こいつのステータスには鑑定できない情報が混在している。
例えば、俺自身を鑑定した場合、
天空秀 21歳 男
クラス『鑑定士』
レベル『431』
と鑑定される。
違和感の正体は明解で明確だ。
クラスと書かれるべき部分が、伏字で隠されている。
そして、最初からこの女には1つの力を感じ取っていた。
「神気を扱える探索者、という訳か……」
神気は全ての魔法を無効化する。
俺の鑑定も魔力を使って相手の情報にアクセスしている性質上、神気の壁だけはどう足掻こうが突破できない。
しかし問題はそこではない。
神気を扱えるのは分かったが、何故クラスと表示されるべき点が伏字となるのか。それは神気の発生元に関する情報だから。
それが彼女が俺に会いに来た理由なのだろう。
「答えは単純」
「「私の『聖女』の力はクラスの力では無いからです」」
「面白そう!」
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