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八十八話 商人


 アナライズアーツの事務所から出て来た俺たちは目的の場所へ移動する。

 ビルが立ち並ぶ区画の中央部分、そこにはダンジョン産の資源を取り扱う会社の中でも一際有名な会社がある。


 元はヨーロッパにあった企業の一つだったが、迷宮都市ができて直ぐに本社毎迷宮都市に移動してきたのだ。

 この会社が名を馳せ始めたのは二年程前、今の社長が社長の座についてから。

 そして、その理由を俺は知っている。


「凄い大きなビルですね。俺たちの事務所の何倍でしょうか」


「俺たちのギルドにそんな大きな施設要らないだろ? 工房を大きくしてほしいなら、それくらいはできるけど」


「いえ、そういう意味じゃないんですけど、こんな所にどういう用件なのかなと」


 俺がここへ来た理由……

 端的に言えば、それは復讐という事になるのだろうか。


「いや……」


 最低限でも……後手でも……マスターなんて呼ばれてるのだからそれ相応の働きをするべきだと。


「マスター?」


「いや、俺の為だよ」


「そうですか。まぁ、俺はマスターのギルドの一員ですから協力しますよ」


「あぁ、助かるよ」


 ビルに入って正面の受付に名刺を出す。

 それはここの社長が俺にくれた名刺、好きな時に来いと渡して来た物だ。


「これは……! 失礼ですがお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」


「はい、天空秀です」


「待ち合わせでしょうか?」


「いや、飛び入りです。けど、それでいいってここの社長に言われたんですけど」


「畏まりました。少々お待ちください」


 それから、数分と経たずに連絡が来たようで俺たちは社長室へ通された。


「やぁ、会えて嬉しいよ。天空君。そっちの君は?」


「アナライズアーツで鍛冶師をしています。峰岸紅蓮です、よろしくお願いします!」


「あぁ、君が…… 確かに動画で見た事があるね。よろしくお願いするよ」


 現れたのは初老を少し越えた男性。

 白い髪と髭を携え、けれど生き生きと動く印象の良い男だった。


「えぇ、こちらこそ」


 この人と初めて会ったのは迷宮都市の完成セレモニーの時。

 その時は少し話をした程度だったが、名刺と共に『いつでも訪ねて来て欲しい』という言葉を貰った。

 けれど、この人が俺に言いたかったのはきっとそれだけではないのだろう。


 俺の目の力は今や世界中が知っている。

 それはこの人も例外では無く、この人本人が俺の目の前に姿を晒した時点で鑑定されているという前提で話していた。

 そして「いつでも訪ねてきて欲しい」とは未だ俺が持っていない力を提供できるという意味なのだろう。


「まさか、Sランクギルドに眼を付けられるとは災難だったね。して早速だが、用件があるのだろう?」


 高級感溢れる椅子に腰を下ろした俺と紅蓮を前に、この会社『アナザーノーツ』の現代表取締役ウィリアム・ブルームがそう問いかけて来る。

 俺たちが聖リント教会と一悶着あった事も知っている。流石の情報収集能力だ。


「えぇ、取引をしたいと思って」


「取引か……アナライズアーツもSランクギルドとして認可されたと聞いたが、そんな大手ギルドに我が社が協力できるだろうか?」


 この会社が行っている商売の大半は、ダンジョンから出土した素材の買取とそれの加工、そして消費者への販売だ。

 アナライズアーツは、素材の買取以外の業務全てを自分のギルドで行えているし、買い取りの窓口が不足しているという事もない。


「そっちじゃないです。俺が欲しいのは、貴方の会社の力では無く、貴方の独力だ」


「ふむ、私は社長という立場を度外視すれば、ただの老人だ。君の期待に応えられるだろうかね」


「俺のギルドは今回の件で一人の重傷者を出しました」


「それは大変だ。してポーションでも用立てればよろしいだろうか?」


「俺を試していますか?」


 俺はウィリアムを睨みつける。

 ウィリアムは笑みを絶やさず、俺と真正面から視線をぶつけた。


「はぁ……貴方の商人として力を貸して頂きたい」


「なるほどなるほど、それは高くつきますがよろしいでしょうか?」


「金なら何とでも……」


「いいえ、私が対価に求める物は金ではない」


 商売人というのは、こうもぬらりくらりとした物なのだろうか。

 情報のアドバンテージは圧倒的に俺が握っているにも関わらず、こうも強気に来られるとまるで掌の上で踊らされている様な気になって来る。


「何がお望みで?」


「それはこちらもお聞きしたい。私に何をお求めですか? それによって対価は変わりますのでね」


「確かに……」


 狸とか狐とか、そんな言葉が似合いそうな爺さんだ。


「ちょ、マスター……! 何の話してるか全然ついていけないんですけど」


 紅蓮がそう小声で声を掛けて来る。

 いや、傍から見たら確かに何の話をしてるのか分かりづらい会話だよな。


「簡単に言えば、この人のクラスは『商人』なんだよ。そのクラスは、この世界に存在しないダンジョン産の道具を購入という手続きを踏む事で召喚する事ができるって事だ」


「えっと、つまりダンジョンに行かなくてもダンジョン産のアイテムを入手できるって事ですか?」


「それは少し違うな紅蓮君、私のスキルは購入する際にこの世界の現金では無く別の通貨を使用する」


「うん?」


「つまり、ダンジョン産の道具をスキルに売却した金額で道具を購入する物だ。ダンジョンに入らずとも購入できる訳では無いよ。まぁ、入るのが必ずしも私ではなくても構わないと言うのが最大の利点なのだがね」


「それって、凄い能力なんじゃ……」


 まぁ、そうなんだが……

 けど問題は購入できる道具のレパートリーは『なんでも』ではないという事だ。

 例えばエリクサーを購入し召喚したりは出来ない。それが購入可能項目の一覧にないからだ。

 スキルレベルが足りないのか、そのスキルでは不可能なのか、それとも別の条件があるのかは俺の鑑定でも分からなかった。


「そういう事なんだよ。私の能力は天空君のお眼鏡には敵わなかったようでね。だから今日訪ねてこられて少しびっくりしているんだよ」


「なるほど……。マスター、それで何か欲しい物でもできたんですか?」


「『帰還の指輪』が欲しい」


「ふむ、君は私のレベルとその交換可能一覧、そして交換可能上限も理解しているね」


 交換可能一覧には帰還の指輪以上に価値を持つ道具が幾つも存在する。

 そして、購入は1日に1つしかできないという欠点が存在する。これは商人のレベルが低く、魔力が少ない事が原因だ。魔力ポーションを使っても二度が限界、今回の取引はその権利を俺が買い取るという事だ。


「はい」


「それでも、欲しいと」


「はい」


「では、君はアナライズアーツギルドマスターとして何を渡してくれるのかね?」


「――紅蓮が開発した新技術の共同開発、それとゼニクルスの貸し出しの権利」


 俺が商人を相手に取れる最大のカード。

 それは、ゼニクルスの貸し出しだ。そして、お抱えの鍛冶師を何人も持つアナザーノーツに対して紅蓮という指導者を貸し出す事を予定していた。

 だが、紅蓮がここに来る前に完成させた魔道具の刻印の解明とそれを応用した新技術はこの取引を有利に進めるのに非常に優秀なカードとなってくれた。


「新技術とは?」


「紅蓮」


「はい、お……いや僕は魔道具に刻まれた刻印の解析をマスターの鑑定を用いて完了しました。これを応用する事でダンジョンからの出土に頼るしか無かった魔道具を鍛冶師の技能で作成可能となりました」


「それは確かに素晴らしい。しかし天空君、君は帰還の指輪を幾つ求めているのだろうか?」


「最低でもギルドメンバー全員分は欲しいです。できればスペアも、数字で言えば50~100個ほどでしょうか」


「ポーションを使ったとしても二ヵ月分か。いや、ゼニクルスと言ったがそれは何かね?」


「俺のスキルで召喚可能な精霊です。転移の魔法を習得しているので、交通の不備が完全に解消されます」


 この迷宮都市から他の国へ移動しようと思うと、移動手段は航路か海路に限られる。

 しかし、飛行機でもかなりの日数が必要になってしまう。ゼニクルスが居ればその交通の便を解消する事ができる。

 これは、商人にとって嬉しい力なんじゃないかと思った。


「なるほど……」


 考え込む様にウィリアムは顎に手を当てた。

 何を計算しているのかは知らないが、これでダメなら出せる手札は限られる。


「お付き合いも兼ねてですね。分かりました帰還の指輪を100個用立て致しましょう。二ヵ月ほどお時間を頂きますがよろしいですか?」


「分かりました。ありがとうございます」


 商談は纏まった。



 その後、大まかな打ち合わせをし俺と紅蓮は自分たちのギルドへ帰って来た。


「それにしても俺やマスターみたいな方法でレベル上げしたらいいんじゃないですか?」


「あぁ、あの人はもうしてるよ」


「え、でもそれじゃあ魔力も増えるんじゃ……」


「増えてあれなんだよ。ウィリアムさんのレベルはさっきの時点で77だったけど、それでも1.3回分くらいの魔力にしかならないんだよ」


「それは、鍛冶師より酷いクラスですね……」


「だな。けど、多分あの人なら商才だけで今と似たような地位につけたと思うけどな」


 商人のクラスの能力は基本的に『購入』だけだ。

 後は『道具鑑定』とかの補助スキルが殆ど。戦闘系は皆無だし、人心掌握のスキルがある訳でもない。

 けれど、俺みたいな小僧位なら簡単に手玉に取ってしまいそうな圧力が感じられた。

 思ったより、大物だったな。


 それに1日に1つの道具を購入可能になるまでは、自力でレベルアップしてたって事なんだから行動力も人並を外れている。

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