八十七話 魔道具
「ちょっといいかな紅蓮」
迷宮都市は中心物に近くなるほど地価が高くなる。
第二円周部に位置するアナライズアーツのギルド事務所は総合ギルドから徒歩30分程の位置に存在している。
事務所には幾つか部屋があるが、人が常駐しているのは二部屋、事務室と鍛冶工房しかない。
ダンジョンに行く必要が無い峰岸紅蓮は、日夜そこで販売用の武器や防具を作成している。
「久しぶりですねマスター、ってその顔どうしたんですか……!?」
工房に現れた天空秀は充血させた目と濃ゆい隈が合わさってまるでゾンビの様な顔をしていた。
「もしかしてダンジョンで変な病気にかかったとか」
「いや違う。これは単に寝不足だ」
「って、変な病原菌じゃ無くて良かったですけどそれはそれで寝た方がいいんじゃ……」
「そうなんだけど、ちょっとやる事があってさ」
覚束ない足取りで工房にやって来たギルドマスターは、そのまま峰岸紅蓮の横へ座る。
「今は何してたんだ?」
「新しい道具の開発です。魔石武器の原理は刀身自体に空白の魔力回路を作り、そこに魔石を取り込む事でモンスターが固有で持っている魔力回路を刻む、という物でした。そうしたのは俺自身に武器に魔力回路を直接刻む技術と知識が無かったからです。素材や技能は揃ってる筈なんですけどね」
少しばかり早口で話す紅蓮の言葉を秀は笑みを浮かべて聞いている。
今のところアナライズアーツで発売している武器は魔石で作成された武具だが、その最大の弱点として耐久性能が余り高くないというのがある。
ダンジョン産の魔法武具を見てみると、素材自体は鉄やミスリルが使われている事が多く、そこに魔石を加工して描かれた回路、刻印、魔法陣、のような模様が描かれている。
この模様が魔法武器の効果を発揮する肝になっているのだが、今まで魔石を加工する技術が存在しなかったためその刻印の意味が解析されなかったのだ。
翻訳用の魔道具を使っても魔法陣を読み解く事は出来なかったし、勿論日本語や英語で魔法陣を書いてみても起動はしなかった。
つまり、この刻印の解読こそが真なるダンジョン産の武具を模倣する為に必要不可欠な工程なのだ。
そう説明すると、秀は神妙な表情で紅蓮の手元にあった見本となる短剣の刻印部分を凝視する。
「俺、これ読めるぞ」
「えっ?」
秀にはエリクサーの調合方法の解読という実績もあり、そこに書かれた文字とこの刻印の文字は一致する。
読めない道理はない。
「こっちがメインの効果を示していて、後の文字はその補助だ。形状とか威力、速度とかのパラメータを決めてる。でも刻印全体の配列も関係してるみたいだな」
「あの、色々と魔道具があるんで文字を日本語に翻訳して貰っていいですか?」
「あぁ、勿論だ」
それから、二人は幾つかの魔道具に刻まれた刻印の解析翻訳の作業に入る。
秀が翻訳した文字を紅蓮がメモしていく。
数十本の魔道具全ての翻訳作業を終えると紅蓮は、その内容をメモした用紙と睨めっこを始めてしまった紅蓮を後目に限界を迎えた秀は眠りに落ちた。
それから数時間程、眠りから目覚めた秀の前には一本の短剣をガッツポーズと一緒に握っている紅蓮の姿があった。
「よし!」
「完成したか?」
「マスターのお陰ですよ。まさか魔力回路まで解読できるなんて」
「それは良かった。なら、俺のここへ来た目的にも力を貸してくれると嬉しいんだけど」
「あ、そう言えばなんでここに入らしたんです?」
工房に秀がやって来て十時間以上経ってやっと、彼はここへ来た目的を話した。
「少し『商人』と取引したいから、紅蓮にも同席して欲しかったんだよ」
商人と少し現代的ではない表現を使う自身のギルドのマスターに違和感を覚えつつも、紅蓮は同意する。
「分かりました。準備してきますね」
「あぁ、アポ取ってる訳じゃ無いから急がなくていいよ」
「了解です」
紅蓮は着替えのため隣のロッカールームに移動する。
「うちのメンバーに手を出しておいて、何も無しで済ませる気はしないな」
「面白そう!」
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