八十二話 騎士道の誉
ロランス・モローはフランスの片田舎で活動を始めた探索者だった。
活動開始は齢16歳。
貧乏だった両親の元に生まれた彼の取柄は腕っぷしだけだった。
学校へ通うよりも探索者としての道を選んだ。
彼には仲間が居た。同じように腕っぷしが強かったりクラスに恵まれた探索者向きの仲間達だ。
ナイト、セイバー、ソーサラー、プリースト。
そんな四人の探索の出だしは上々だった。
タンク、アタッカー、ヒーラーの三つが揃ったバランスの良いパーティーの完成。
ロランスの役割は『ナイト』、仲間を守護する事に向いたクラスだった。
守護者、そんな役割をロランスは喜んで受け入れた。相手の攻撃を盾で受け止め仲間を庇い、自らの肉体など犠牲にして誰よりも仲間の安全を願って戦った。
――けれど、そんな想いが仲間に伝わる事は無かった。
『今日だけで治癒を20回以上掛けた』
『あぁ、ポーションも5本使ってる』
『これじゃあ費用が掛かり過ぎてる』
それが仲間たちの意見だった。
ロランスは彼を除いた三人の会話を盗み聞き、そんな真実を知ってしまう。
「ポーションなんだけどさ、俺が使った分は俺の取り分で補填してくれ」
「良いのか?」
「あぁ、俺がポカした結果なんだからそれが当然だろ?」
ロランスは失いたくなかった。
仲間が居るからこそ彼は探索者として上手くいっているし、仲間が居るからこそ自分の置かれた状況が不幸では無いのだと思い込む事ができた。
無意識でロランスはそれを理解して、無くす事に恐怖していた。
「大丈夫?」
「あぁ、魔力にも限りがあるんだ。これ位の軽傷なら直さなくていい」
無理をしたロランスの体力は低下する。
無謀を通したロランスの動きは悪化する。
それでも、必死に走り攻撃を真正面から受け止める。
それを繰り返した。
けれど、思いは口にしなければ伝わらないのだと。
「ロランス、お前には感謝してる。けど、これ以上上に行くには……」
「チームから抜けて欲しい」
それが、彼の仲間たちが出した結論だった。
「……分かった」
ロランスは反論しなかった。
言いたい事は山ほどあったし、自分の価値はもっとあると叫びたかった。
けれど、期待に応えられなかった自分が間違っているのだと思う。
自分が間違っていたとも、仲間が間違っているとも思いたくなかったからだ。
ならば、自分の努力が足りて居なかったのだとそう思うしか無かったのだ。
個人での活動で生きていける程度の金は稼げた。
自分を捨てたチームは地元ではそこそこ有名なチームとなっていた。
ニュースなんて殆どない田舎では、彼らの活躍の声が大きく聞こえて来る。
結局、やはり自分の力が足りて居なかったのだとロランスは考える。
一瞬だったとしても、それでも彼らと居た時間は素晴らしい物だったのだとも。
ダンジョンでは簡単に倒せる下級のモンスターを狩って日銭を稼ぎ、家では酒を浴びる様に飲んだ。
それが、ロランスという男の人生だった。その筈だった。
――はははは! 全ては弱さが原因だ。弱者で弱虫でどうしようもなく雑魚だったから。だから貴様がそのまま無駄な人生を無益に生きて死んで行く。敗北しか知らず、勝利の美酒の味など知りもしない分際で、自らは幸せだったのだと妄想の海に沈み堕ち、そのまま溺死するのが貴様の人生か?
――違うだろう? 私がお前に力をくれてやる。その先にある血飛沫だけが、勝者だけが飲み干す事を許される美酒である。どうせ死ぬなら、味わってから死ねばいい。
突然現れたその男は、ロランスに一切の魔力も必要としない『魔法』を掛けた。
強く在れる魔法の言葉を。
「お前は強いさロランス」
魔法など幻想の産物だ。
けれど、その幻想を信じる力が何の影響も世界に与えないなどと一体誰が定められる。
言葉一つで人間は変われるか。
答えは否だ。言葉一つで人間は変わらない。けれど、言葉一つあれば再起くらいは叶う物だ。
「だから、やってみろ」
耳元で囁くその声は、魔法の様にロランスの頭に刻み込まれる。
俺は、俺は、間違えてなど……不足などしていない。
ロランスは立ち上がり、ギルドへ走った。
どんな辺境の街でも総合ギルドは存在し、小さな街なら探索者はそこに集まる。
ロランスは探索者たちを掻き分け、探した。自らを捨て、英雄と呼ばれる探索者を。
「ロランスじゃ無いか……元気にやってるのか……?」
リーダーの男が気さくに話しかけたが、ロランスはそれを無視しロランスの代わりにチームに入った『ファイター』の男の肩を持った。
「何だよ」
「――俺と戦え」
その男はロランスと違い傷つかないタンクだった。
回避性能と攻撃能力に優れ、ダメージやヘイトを分散させる事でロランスのように一人が負担を受けるという事は起こらなかったし、結果的にチーム内の不満は無くなった。
決して、ロランスが入っていた時に比べ総合的な能力が向上された訳では無い。無くなったのは金銭的なチームの不和と不満だ。
けれど、ただロランスは証明したかった。
自分の方が良かったと。基準も何もあった物では無いが、それでも彼にとっては何よりも大切な事だった。
「いいよ、でも逆恨みもそこそこにしといた方がいいと思うけどね」
そして、ロランスは『ナイト』でありながら『ファイター』相手に素手で完勝した。
「ロランス、お前そんなに強かったのか……」
セイバーの男もその姿は予想外だった。
そして、またロランスをたきつけた男が姿を現す。
――お前は誰よりも強くなれる。強者こそが支配者で、不敵なのだ。だから、私と一緒に来い。そうすれば、お前はもっと強くなれる。そこにはお前に理不尽を強いる人間など一人も居ない。
背中を押す声が、本当に彼の幸せを願っているのか。
それを知るのは声の主だけだった。
――――
――だが、それでも俺の居場所はここだった。
「負けたらまた逆戻りだ!」
収納の指輪。
ある程度のサイズまでの物質を一つだけ収納し、好きなタイミングで出現させる事ができる。
彼が出現させたのはロングソードと盾。魔石武器ではない、モンスター素材の武装だ。
「お前に俺の何が分かる。不要な人間の何が!」
「知らない、なんて口が裂けても言えやしない位知ってるさ。だが、お前は間違えた」
「俺は間違ってねぇ!」
オーラを宿し、眼の色を変え、凄まじい剣気が宿る。
「いいや、間違えている。お前の本職は誰かを守る為の物だった筈だ」
騎士の装甲を身体強化が少ない鑑定士の能力値で突破する事は難しい。
だから、充填していた。
魔石武器に込められたスキルの一つ。
【充填】。このスキルの最大の弱点は、チャージ中に剣を振るう事ができないという点だ。
だが、鑑定士の目の能力を剣術によって戦闘能力として十全に扱えるようになった天空秀なら剣を使わずに相手の攻撃を回避する事すら可能だった。
――充填完了。
「――お前は仕える相手を間違えた」
刀と剣が交差する。
本来威力は剣の方が強いはずだ。けれど込められた魔力量が違い過ぎる。
剣は砕け、そのままロランスの身体が吹き飛ばされる。
発動された力は充填だけでは無く【風刃】という、吹き飛ばす魔石能力も発動されていた。
後方へ跳ね飛ばされながら、ロランスの頭の中に四人で探索者をしていた時の記憶が蘇った。
「うっ……。クソが、階位の呪縛……」
混濁する意識の中、最後の力を振り絞りロランスは最後の抵抗にスキルを起動する。
「その力は俺には効果はない」
「お前の何処が不要なんだよ……」
そのまま、ロランスは意識を手放した。
「面白そう!」
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