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七十五話 最強剣師(外)


「それで、俺に一体何の用だよ嬢ちゃん」


 千宮司剣は、虚空へ向けてそう呟いた。

 しかし、その後方から声が掛かる。


「貴方がこんな場所にいるとは思いませんでした」


 千宮司剣には目にせずとも分かっていた。

 それは、魔力か、オーラか、気か定かでは無い。

 けれど、卓越された感知能力により音も無く入室した何者かを、誰であるか判別できる程確実に千宮司剣は見抜いていた。


「俺だって修練位するさ。ま、やりたくてやってる訳じゃねぇけどな」


 そう言って、男は振り向いた。


 この場所は『千剣の盃』のギルド本部に作られた、彼専用の修練部屋、所謂道場だった。

 そこで、彼は剣を振るっていた。

 特別とは言えない剣だが、道場で振るう剣が真剣というのは少し違和感がある。


「やっぱり、その剣に秘密があるんですね。私と同じ力を発現した(つるぎ)


 部屋には二人、この施設の主である千宮司剣とその彼に用事を持って来た一人の女性。

 リオン・エヴァの姿だけがあった。


「へぇ、同じ力ね。あいつが言ってた、神気って奴か?」


 あいつとは間違いなく鑑定を保有する唯一の存在である天空秀の事だった。

 それを正確に理解した彼女は、小さく頷く。


「そうです。秀君から私以外でこの力を使える人がいると聞いて来ました」


「何をしに?」


「貴方にその力の事を習いにです」


 千宮司は悩む素振りを見せ、ニヤリと笑う。


「鑑定なんて力を持ってるあいつに聞けばいいだろ?」


「それだけじゃ足りません。実感し体感している貴方以外に、私にこの力の本質を教えられる人は居ないと思ってきました」


「はぁ、面倒なのは嫌いなんだ。そもそも俺がお前にそんな事をしてやる理由がねぇな」


 肩をすくめ、背中を向けてまた素振りを始めてしまう。

 その筋は剣術に関して殆ど素人であるリオンの目からしても、凄いと思えるほど洗練されている物だった。

 単純な力量が違い過ぎる。それでも同じ力を持つ者同士、リオンがこれ以上に強くなるためには彼に教えを乞うのが最も手っ取り早い。


 思い出す。『俺が探索者になったのは、3年前にスタンピードに巻き込まれて意識を失ったこいつを、助ける為なんだ』天空秀がリオンに言ったそんな言葉を。


 もしも、誰かに叶えて欲しい願いがあったとして、けれどその誰かは全く別の願いを持っていて、その願いが叶うと自分の願いが絶対に叶わぬ物になるとして。


 ――それでも私は、その願いを応援してあげられるだろうか。


「するに決まってる」


「はぁ?」


「じゃあ、こうしましょう。【降霊召喚・カヅチ】」


「何やってんだよお前……」


「戦って、勝った方の言う事を聞くという事で」


「それなんも交換条件になってねぇってか普通に犯罪ってか、少年漫画の読み過ぎだろうよ」


 神の力を宿した少女の剣が、同じく神の力を纏った青年の刀へ吸い込まれる様に激突した。


 リオンは笑う。


 彼女は誰よりも常識人で理解している。こんな方法が真面では無い事を。けれど、方法は思いつかず、なにより絶対に諦めたくはないと思ってしまった事だから。


 鍔迫り合う中で、焦りを搔き消すかの様に彼女は笑っていた。


「面白いじゃないですか、少年漫画」


「そういう話してんじゃねぇんだよ……」


 千宮司剣は落ち着きを取り戻しつつあるのか、焦りの表情を好戦的な笑みに変化させる。


「――けどまぁ、趣味は似てそうだ」


 若くしてギルドマスターの称号を得た生粋の剣師は、言葉を続ける。


「けど、そういう雑誌には大体ちょっとエロい漫画が乗ってるもんだが、本当に負けた方は勝った方の言う事聞くとか言っちまっていいのかよ? お前の彼氏に怒られちまうぞ」


「なっ、彼氏じゃ……」


 顔を赤く染めたリオンは声を上擦らせて言葉を否定する。

 その瞬間、腕に入る力が力み過ぎた。


「はい、隙あり」


 千宮司の剣の力が抜け、リオンの剣が空に振らされる。


 その状態を利用し、青年の剣が少女の首へ宛がわれた。


「俺の勝ちだ小娘」


「卑怯……なのは私ですよね……」


 先に卑劣な理屈で戦いを挑んだのはリオンだ。

 それを無視し、彼の言葉を卑怯などとは、リオンにはとても言えなかった。


「その、約束は守ります」


 これで、約束も無かったことにして逃げるというのは彼女のプライドが許さなかった。

 だから、諦めた表情でリオンは剣を落とした。


「じゃあ、お前明日も来い」


「分かりました」


 猶予が一日伸びた。リオンはそう思った。


 けれど、次の日道場には昨日と同じ格好をし素振りをする千宮司の姿があった。


「なんだよその恰好は……」


 リオンの私服を見た千宮司は溜息を一つ吐いた。


「はぁ、修行するんじゃねぇのか?」


「え、でも……」


「俺はガキには興味ねぇんだよ」


「でも、私は負けましたよ」


「だからこれは俺の命令だ。俺が弟子に成れっつてんだよ」


 神気を扱えるというたった一つの共通点の元、全く立場の違う二人は同じ場所で師弟という関係になっていた。


「言ったろ? 少年漫画は嫌いじゃねぇんだ」


 そう言って笑う千宮司の姿は、実年齢よりかなり若く見えた。

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