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七十四話 最強剣士(定)


 『侍』なんて言葉は数百年の昔に滅びた死語だ。

 でも、そんな言葉にロマンを見出す人間もいる。

 今、ダンジョンや探索者なんて存在が顔を覗かせる今だからこそ、強さへの憧れは一段階上の物へ至る。


 それが、この男の起源だった。


「頼もう」


 最初は、探索者では無かった。

 なんせ、この男が生まれた時にはダンジョンなど存在しなかったのだから。

 探索者が一般化され、ただの市民が探索者という権利を貰える様になるまではかなりの時間が必要だった。


 男が入ったのは剣術の道場だった。

 それは勿論、剣道というスポーツを行う為の場所だったが、しかし男の目的は競技としての強さでは無く、生物としての強さを磨く事だった。


 剣を振るった。


 否、振るったのは剣だけでは無かった。


 腕を、足を、槍を、棒を、あらゆる武器を身体の一部とし振り続けた。


 喧嘩自慢でも、武術の達人でも、男の前に無傷で立てる者は誰も居なくなった頃。

 日本国でも探索者制度が導入された。

 軍人の中にはその時既に職業本を獲得し、レベルアップを果たしている人間は多く居たから、男はそんな軍人にも勝負を挑んだ。


「儂が負けた……」


 天を仰ぎ、自分のボロボロの身体と比べて全く奇麗な装いの軍人を前に『松玲十郎』は感動を覚えていた。

 そこから、彼がダンジョンという物に強い興味を抱くのは当然の帰結だった。


 直ぐに探索者資格を獲得し、男はダンジョンへ歩み入れる。

 ギルドには入らなかった。まだその時には企業団体としてのギルドは存在しなかったからだ。


 最初は容易かった。

 【侍】という恵まれた戦闘系クラスの恩恵もあり、剣を振るえば弱いモンスターは容易く切裂けた。

 けれどそれは、ダンジョンを進めば進むほど難易度は上がって行く。

 最初に敗北をきっしたダンジョンモンスターはDランクモンスターだった。

 探索者になったその日に挑み、レベル10にすらなっていなかった玲十郎はボロボロとなって逃げかえった。


 玲十郎にも損得の感情はあったのだ。


「ここで死ねば、もう戦えぬ」


 そんな損得勘定が。


 負けると悟る度に、玲十郎は逃げた。

 基本的にソロで活動していたこの男に、逃げてはならぬ理由は無かった。


「儂は最後に最強であれば、それでよい」


 負けた経験など人生で何度もあった。

 街のごろつき数十人と喧嘩した時は流石に負けたし、師範と戦って負けた事も何度もある。

 けれど、その度に命は助かって来た。平和な日本であったというのも理由の一つだが、何より誰よりも彼には生存本能が備わっていたからだ。


 玲十郎はついに宿敵を見つける。

 オーストラリアにあるとある大迷宮で発見されたAランクの迷宮主。

 ギガジャイアントだ。


 彼はそこに住まいを持ち、数年間同じダンジョンに潜り続けた。

 何度も挑み、何度も敗北し、何度も逃げ帰った。

 その度に腕や足を失い、高額な薬品や探索者の能力によって治癒され、そしてもう一度身体を壊しにダンジョンへ向かう。


 その光景を現地の探索者は『リアルオーガ』と言い放つ。リアルオーガvsギガジャイアント、面白うそうなマッチアップだったが、リアルオーガの勝率は0%なのだから結果を期待する声は少なかった。


 最初は嘲笑の意味での言葉だったが、何年も何度も挑み続ける彼を見て、探索者たちが付けたその異名は尊敬される称号となっていた。

 三年の時間を経て、ついに玲十郎がギガジャイアントを倒したのはつい最近の事だ。


 誰も倒せないと言われた、人間の数十倍のサイズを持つ超巨大な人型モンスター。

 それを一人で倒したその男は、オーストラリア大陸全土に名を響かせる英傑となった。


 しかし、そんな周りの反応とは裏腹に当の本人は絶望していた。


 玲十郎はギガジャイアントを倒した瞬間に、自らの望みを理解した。

 ずっと、最強という言葉に見合う人間になる為に修練を絶やさなかったのだと思っていた。

 けれど、それは大きな間違いだった。


「儂はただ、強い相手と死闘を繰り広げたかっただけなのだな……」


 そんな彼の元に、Sランクダンジョン出現というニュースが届いたのだ。


 日本へ帰国した玲十郎は、Sランクダンジョンの動画を配信していた探索者がいるギルドのビルへ向かい、そのギルドへ所属する運びとなった。

 一匹狼だった彼が、何か団体に所属するというのは初めての事ではあった。


 玲十郎はその大将となった人物を影から見ていた。

 単純に気になったからだ。

 肉体は脆弱で、精神は幼い。

 そんな印象の人物に思えたが、しかし信念だけは自分と同じ強度かそれ以上の物を持っているように感じた。


 それほど、ダンジョンに執着心を持っていたからだ。

 それに目利きの能力も役に立ったし、武器を何本折っても問題ないのは楽だった。

 生憎、金のためにダンジョンに潜った事など無い男だ。


 それから、数か月してSランクダンジョンへ入るチャンスに見舞われた。

 こんなにも早く事が進むとは思っても居らず、玲十郎の心中は歓喜していた。


 しかし、中へ入り、目的の人物を発見した時。

 松玲十郎という男の本能は叫んだのだ。


 ――何をしても勝てない。


 ――今すぐ逃げろ。


 と。


 橘修柵と松玲十郎との間に空いたレベルは、見ただけで身体が竦み上がる程に圧倒的な物だった。

 そして、何より気持ちで敗北した男は更にもう一度敗北を知る。


 自分が弱者であると思っていた男が、信頼に足る人間とたった二人でその男の目の前に立って居たのだから。

 玲十郎は橘修柵の操るモンスターたちを蹴散らす部隊の最前線に配置されていたからこそ、進むべき道の先で天空秀が橘修柵と睨み合っている姿が見えたのだ。

 自分が戦いもせず逃げようと思ってしまったような相手に、ちっぽけな力で乗り込む。


 その姿に、


「儂の負けじゃ小僧。信念だけはな」


 松玲十郎は二度目の敗北をした。

 何度挑もうが絶対に勝てない。


 そんな敗北を二度味わった男は、自分の幸運に歓喜していた。


 大将と仰ぎたい人間を見つけたのだから。


「なぁ玲十郎、頼みがあるんだ」


 Sランクダンジョンから帰還し、その男から玲十郎は頼み事を受ける。


「セブンさんや千宮司に比べれば、お前の能力値は大したことは無い。だが、お前の戦闘能力はその二人に並ぶ。それがお前が最強の剣士である証明だ」


 主が家臣へ頭を下げる。

 自分が最も欲する物のために、プライドをかなぐり捨てる。

 玲十郎はその姿勢が、自分の原動力と同じ物の様に思えた。


「俺のレベルは勝手に上がる。だからそれ以外で、俺を強くしてほしい」


「承知した」


 松玲十郎はそれを快諾した。

「面白そう!」

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