七十二話 結果
結果的に見れば作戦は成功した。
当初の目的である橘修柵を打倒し、Sランクダンジョンでのレベリングを防ぐという物は全く問題なく成功したのだ。
ただ、それは言外に橘修柵を殺せという命令だったという事は俺以外の全員が理解していた。
玲十郎や紅蓮、リオンさんまでもだ。
ただ、橘さんが知り合いで尊敬する人物だった俺だけがそうじゃないと思い込んでいた。
何が俺の眼は嘘を吐かないだ。
何も見ようとしていない俺なんかには全く相応しくない能力だよ。
俺は迷宮都市から帰った後、蘇衣然さんに言われた事を思い出す。
内容はなんてことは無い、ただの説教だ。
「説得なんて言葉が君から出た時点で、私は君の事を察したけれど、君の力は思ったよりもずっと規格外だった。説得なんてさせずに、接敵した瞬間に攻撃する予定だったのに、君は転移なんて力を使ってたった二人で行ってしまった。精霊が私たちの歩みを拒み、君の望みは私たちを圧倒し達成された。君はきっと英雄になるのかもしれない。けれど、私は英雄でも何でもないただの大人なのよ」
「大人って言うのは卑怯で子供にとっては気持ち悪く写るようなそんな存在かもしれない。でもそれが子供たちのためだと信じ、私たちはそれがどれだけ卑怯な事でも成し遂げる事ができる」
「探索者の相手はモンスターだけじゃない、何度も仲間が死んで行った光景を私は死んでも忘れない。多分、ここに居るギルドマスターは全員そうよ」
「だから、その光景を二度と見たくないために私たちは敵を殺す。それがモンスターだろうが人だろうが関係ないわ。私とその仲間を害する存在を駆逐していくの、それが君のやっている職業の業務、『ギルドマスター』自覚しなさい」
そして、最後に彼女は俺にこう言った。
「それとね、確かに君が見た私の力じゃ心臓を治すなんて事は無理だったけれど、それは道具を使わなければ無理だという意味よ。君がもっと頭の回転の速い人間だったら、あんなアドリブな嘘は通らなかったでしょうね」
蘇衣然のクラスは『鳳凰』。
あらゆる傷を神秘の炎によって癒す能力を持っている。
けれど、その力を最大限発揮しても心臓を再生させる力は無い。
けれど、彼女が持つ魔石武器のサブスキル欄には無数のスキルの中に混ざった『フェニックスヒール』というスキルがあった。
あの場には紅蓮も居たし、直ぐに魔石武器のスキルを入れ替え鳳凰のクラス能力とフェニックスヒールの武器能力を同時に仕えば相乗効果によって橘さんを救えた可能性は高いと本人が言った。
そして、やはり俺の鑑定によって治癒は可能であったと結論付けられた。
俺はそれを聞いても尚、彼女の意見に噛みつく事はできなかった。
あの人は、ギルドマスターという自負を持って最善だと信じる方策を取っている。
俺なんかよりよっぽど立派な人だと思った。俺に恨まれるよりも、探索者の平和を願った行動を選択した。
それを、俺が間違いなどと言える筈も無かった。
やるせなさ、喪失感、愚かしさ、頭の中でネガティブな感情が渦を巻いた。
諸々の報告を終え、日本へ戻って来た俺たちはその次の日から早速ダンジョン探索を予定していた。
俺はリオンさんと二人でダンジョンへ来ていた。秋渡と耶散は二人の探索方法を確立したらしく、少しの間俺とリオンさんというAランク探索者の力無しで訓練したいとの事だったからだ。
「秀君、なんであの時私にエリクサーを使ったんですか? 使わずに持ち帰っていたら、探索者としての秀君の目的は達成されていたのに」
「説教はもうこりごりだよ」
「そんなんじゃ無いですよ。ただ、気になったんです」
少しだけ悩んで、俺はそれに答える。
「失うのが怖かった。楓を失った時を思い出したんだ」
「そうですか。でも、それなら尚更頑張らないとですね」
「え?」
「だって、私に使ったから無理でしたじゃ楓さん怒りますよ。私だって私のせいで秀君の目的が叶わないのは嫌です。――だから、まさか諦めたわけじゃないですよね?」
あぁ……また君はそうやって俺の心を見透かしたような事を言う。
俺を鑑定できるのなんて、多分世界中で君だけだよ。
「あぁ、エリクサーまで使ったんだから働いてもらうよリオンさん」
「それ、呼び捨てにして下さい。私だってただのギルドメンバーの一人でしか無いんですから。私も秀君の事は『マスター』と呼ぶことにします」
「そんな事……いや、そうした方が良いかもな」
今回の件で俺は理解した。
Sランクダンジョン『ワダツミ』は大規模レイドが想定されるダンジョンだ。
まず広さ、そしてモンスターの数。どれも一個のパーティー規模では対処しきれない。
あのダンジョンは、探索者に戦争を強いるダンジョンだ。
そこに挑むのに、今までの様な個の能力を上昇させるだけでは不十分だ。
一人の力など所詮知れている。
ならば、これからはギルドとして強くなっていかなければならない。
立場を明確化させるのに呼び方というのは重要という事だろう。
「なんか凄い深読みしてる顔してます。ただ、世界に名を轟かせるギルドのマスターをメンバーの一人が名前呼びしてるのはどうなんだろうなぁって思っただけなんですけど」
「そ、そういう事か……」
なんか恥ずかしい感じになった。
そんな会話をしながら、その日はダンジョン探索を行った。
探索自体は単調な物だったが、それ以上に色々な事を年下の女の子から教えられた日だった。
橘さんとの約束もある。
エリクサーを手に入れる必要もある。
頑張らないとな。
――
そして二年と半年の月日が経ち、迷宮都市が完成した。
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