六十二話 第一階層
そこは草原だった。
普通に見ればただの草原だ。
緑が生い茂り、日差しが差し込む。
多少ぬかるんでいるのは雨でも降ったのだろうか。
けれど、見る人が見ればこの光景の異常性が理解できる。
例えば、植物学者や鉱物学者が見ればこの見た事も無い様な資源に対して息を呑むだろう。
「なんですかこれ……」
「分からない」
俺と紅蓮は今まさにそうなっている。
鉱物を鑑定するスキルを会得した紅蓮にも、この光景の不可解さが理解できたのだろう。
「どうかしましたか秀君?」
リオンさんが立ち尽くす俺を心配そうに見つめた。
「いや、今は関係ない」
後で報告書にでも書けばいい事だ。
今は何よりも前へ進む事が重要である。
俺は頭を切り替える。
「紅蓮、今は置いておこう」
「そうですね、はい」
各ギルド毎に10の小隊を作り扇状に展開して進んでいく。
補給と伝令が数時間毎にダンジョンの外と中を行き来しているが、それ以外は普通に歩行しているだけだ。
この人数で走って移動は身体能力にバラツキのある探索者には現実的じゃない。
展開したギルドが各方向のマッピングを行いそれを中央に居る俺たちが重ね合わせ第一階層の全体像を把握していく。
陣形の中心部には、俺と護衛のリオンさんそして紅蓮の三名と、何人かのAランク探索者がいる。
中央部分には各国の代表ギルドのマスターが集まっている。
日本は俺、アメリカはセブン・レッド、中国は蘇衣然。
韓国とインドからもAランク探索者であり、ギルドマスターの二人が集まっている。
日本から黒峰さんや千宮司さんを差し置いて俺が選ばれたのは、その二人が俺を推薦したからだ。
橘さんには個人的な思い入れがあるから、引き受ける事とした。黒峰さんが昨日言ってたのはこういう事だったらしい。
この五人で作戦を立案し臨機応変に対応していこうという事だ。
「魔物の死体が大量にあったらしいわよ。この辺りに次の階層への階段があるのかしら?」
蘇衣然に入った情報で、形成されたマップに新たに魔物の死体が大量にある場所が追加される。
「あぁ、だったら進路をこっちへ変更するか?」
セブンさんがそう聞いてくるが、俺は首を横に振る。
「いいえ、進路はこのままで大丈夫です」
「何を言っているのかね。魔物の死体があったという事はそこで戦闘が行われたという事だ。ならば、そこを通過したと考えるのが妥当だと思うがね?」
「私もそう思います。そうでなくとも、魔物の死体から何かヒントを得る事ができるかもしれません」
韓国の男性マスターとインド女性マスターがそう進言した。
「ヒントは土です」
「土……かしら?」
全員が訝しげな表情を浮かべる。
「はい。この土の泥濘は俺たちが進めば進むほど酷くなっています。そして、草木についていた水滴を鑑定した結果、それが魔力で形成された物質である事が分かりました」
神気が微量に混じってるのか完全に鑑定は出来なかったが、魔法で生成された水だって事は鑑定できた。
「そして、それが強まっているという事は魔法の使用者がこの方向に居る。もしくは居たという事です。恐らく戦闘があったのはこの先でしょう。そして、皆さん忘れていないでしょう。このダンジョンが発生した際のスタンピードで起こった大津波を」
それが、一体のモンスターによって起こされた現象だという事はここに居る誰もが周知している。
「そいつが第一階層のボスモンスターと考えれば、橘さんのゾンビを戦闘領域から排除するために使ったと考えて間違いないでしょう」
このダンジョンに入って来た時、地面はそこまでぬかるんでは居なかった。
しかし、この辺りはかなり水を吸った地面になっている。
ここから津波を発生地点を逆算するのは難しい事じゃない。
細かくは分からないが、大体の方向はぬかるみがより強い方への移動で間違い無いだろう。
それを説明した。
「なるほど、ただの雨では無かったのね」
「流石、鑑定士といった所か」
「そういう事なら、私も今のままで大丈夫です」
全てのギルドの代表がそう決めた事で、このまま進む事に決定された。
ただ、怪しいのはモンスターの量だ。
広大なスペースがあるのに、襲ってくるモンスターの出現頻度が思ったよりも少ない。
まるで、残り者を合わせたかのような。全て津波に流されたと考える事もできるが、それだけなのだろうか。
あの人型モンスターを橘さんが倒した。
そんな可能性が頭をよぎる。
もし、スタンピードの時に出て来た奴とここで津波を使った奴が同一人物なら橘さんの戦力はあいつ以上って事になる。
あの人型の魔力量は溢れている量だけでダークエルフのそれと同等だった。
橘さんの単独での性能がそれを越えているなんて、考えたくない想定だ。
「面白そう!」
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