五十六話 もしもの話
ジョン・エナルドから聞いた橘さんの話に、俺は自分を投影してしまった。
――
元々、タクシーの運転手をしていた僕はある日スタンピードに巻き込まれた。
まだダンジョンの管理が完全ではなかった時代で、軍が出て来るにはかなりの時間が必要だった。
運転手の仕事を放り出して、僕は急いで自分の家に向かった。
そこには妻がいたからだ。
――家は、倒壊していた。
その中に白い腕が伸びているのが見え、その薬指に僕が渡した指輪が見えた。
瓦礫をどかし、そして見つけた妻の顔には大きな傷ができていた。
病院へ彼女を運んでいる途中、探索者や軍人が見えその人たちに助けを求めたが他の怪我人も多いと、妻の治療は後へ回される事になる。
ようやく妻の番が来て、そして医者から言われたのは「意識を取り戻す事は無いでしょう」という言葉だった。
スタンピードが落ち着いて、大きな病院で見て貰ってもその結論は変わる事は無かったが、可能性が0では無いと言う事も聞けた。
海外にある大きな病院なら、妻を手術する方法があると聞いた。
調べた結果、その手術にはかなり高額な費用が必要だと分かった。
だから、僕は運転手を辞め探索者になった。
僕の力は僕の妻を寝たきりにしたスタンピードに対して高い防衛力を発揮し、金は順調に稼ぐ事ができた。
そこで出会い、探索者としての仕事を教えた天空秀という少年の事は記憶に残っている。自分と同じような境遇だったからだ。
彼の幼馴染はエリクサーという薬品以外に完治する事は無いという、僕の妻よりも酷い状態だった。
きっと、僕はそれでも頑張る彼を見て自信を貰っていたのだろう。
ようやく妻の手術に必要な費用が溜まり、僕はアメリカへ渡った。
そして、手術は――失敗した。
初めから必ずしも成功する手術では無い事も分かっていたし、失敗すれば妻が死んでしまうと言う事も分かっていた。
けれど、僕はそれに賭けるしか選択肢が無かった。
霊安室で僕は奇麗な彼女の寝顔を眺めていた。
もう目覚めないと分かって、理解して、涙は気が付かないうちに出ていた。
僕は、彼女の頬へ触れる。
「起きてくれよ。頼むよ……」
永眠していると分かっていても、そう願わずには居られなかった。
その瞬間だった。
「ウァァァァアァ……」
まるで、アンデット系モンスターが放つような声を放ちながら、彼女の上半身が持ち上がった。
「えっ……?」
その瞳に意識と呼べる物は無く、まるで僕の命令を待っているかのようにこちらを見て動かない。
「き、君なのか?」
「ウァ……」
「お願いだ。話してくれ」
「ウァ……」
ダメなのか。生き返った訳じゃないのか。
僕は、この現象に関して一つ答えを見つける。
それは職業本に書かれたスキルに関する物だ。
僕のクラスは操縦士、機械や兵器を意思の力で作動させ操作する力。
しかし、その能力には生物には発動しない。
けれど、僕の力は死者になら発動させられるのでは無いか。
それが、僕の出した結論だった。
僕は妻の死体を火葬はせずに冷凍保存した。
操っても、その死体は恐らく劣化していく。彼女の意識が戻った時、身体が崩壊していたじゃ意味がない。
僕は妻の意識を戻す方法を考えた。
結果、思いついたのは【操縦士】のレベルを上げるという単純な物だった。
しかし、ダンジョン内で僕の力はあまり優秀とは言えない。
さて、どうやって効率的にレベルアップさせればいいのか。
そんな風に考え始めた時だった。
僕の目に、一つの動画が目に留まった。
その動画は、アメリカに居る僕の端末でオススメに表示される程の再生回数を取っていた。
内容は『レベルアップの秘密』という事だった。
ただ、僕が一番驚いたのはそこでは無い。
そこに出ていた人物の顔を知っていた事にだ。
「天空君……頑張ってるみたいだね」
最初はそんな感想しか湧いてこなかった。
けれど、その動画を見終わった後の僕は、彼に最大限の感謝を送る事になる。
動画を見なくても何れ気が付いていただろうけど、それにいち早く気が付かせてくれた天空君には感謝しかない。
「そうか、アンデットを使ってレベルアップしたらいいのか……」
まずはアメリカの国防省が僕へつけている監視の者を呼び出した。
――そして、殺した。
彼らは国防省が使う優秀な監視官で、勿論探索者としての能力も備えている。
もう、なりふり構っていられない。
一秒でも早く彼女の声を聞かないと、僕はもうその声を二度と思い出せなくなってしまいそうな気がした。
「ダンジョンに行って、モンスターを狩って来い」
僕の予想は当たった。
『経験値を500獲得』
『経験値を800獲得』
『経験値を1200獲得』
…………
……
職業本から、経験値を獲得している事を確認した。
更にアンデットを増やし、モンスターの死体も操れる事に気が付いてからは効率は更に上がった。
毎日幾つもレベルが上がり、それが上がれば上がるほど操れる死体の量も増えて行った。
けれど、レベル100を越えても未だ彼女を元に戻す方法は手に入っていない。
そこからアメリカのダンジョンではレベルアップが滞り始めた事で、僕はアメリカから離れる事を決めた。
最も効率の良いダンジョンは幸いな事に分かっている。つい先日発生したSランクと呼ばれるダンジョンだ。目的地はそこに決めた。
飼っていたアンデットたちが要らなくなったので、優秀な数匹を残して街へ突撃させた。
探索者がいるから、直ぐに処分されるだろう。
客船をジャックし、僕は太平洋の真ん中にあるSランクダンジョンへ向かう事にした。
けれど、その前に日本に寄って天空君の顔が見たくなった。
ついでに、日本のダンジョンで様子を見たがやはりアメリカのダンジョンと同じで効率はそれほど良くは無かった。
――
ジョンさんに、アメリカでの橘さんの話を聞いて俺は思う。
もしも、楓が死んだのなら、そして操縦士というクラスが俺に芽生えていたのなら、俺は橘さんの様になっていただろうかと。
次の日のニュースでスタンピードは起きていないのに、街中にモンスターが出たという事件が日本で起こった事を知った。
俺が止めるよ。そうするべきだと思うから。
それに、あんたを止められるのはきっと俺だけだ。
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