五十二話 情報による被害
特別、そのコメントは目立った物では無かったし、数も多い訳じゃ無かった。
けれど、俺にはその一件のコメントが異様に心に残った。
『とあるギルドが鍛冶師を育成しようとして事故ったらしい』
鑑定士は他に全く類を見ないクラスだったが、鍛冶師はそうじゃない。
限りなく少数だが紅蓮以外にも何人か日本に居る。
海外を合わせればもっと大人数要る筈だ。
その事件は想定できる事件だった筈だった。
鍛冶師を含めた生産職の有用性を世間に示せば、その二番煎じ三番煎じになろうと生産職を育てるギルドが現れても可笑しくない。
普通の探索者にとって、レベルアップとはその本人がモンスターを討伐する事だ。
だが、生産職を入れるとなれば戦闘職でクリアできていたモンスター相手にも手こずる事になる。止めはその生産職が刺さなければならないしな。
いつもの様に楓の見舞いに行った日の事だった。
病院はいつもより少し慌ただしく、救急搬送された人間が何人かいたらしい。
その一人が担架に乗せられ、俺の前を通り過ぎていく光景を目にして、俺はついその人物を鑑定してしまった。
クラス『木工師』
レベル『3』
それがその人物の鑑定結果だった。
頭から血を流しながら運ばれていったその男性は、幸いな事に命に別状は無かったらしい。
生産職は危険など冒さずとも経験値を獲得できると言うのに、俺がその情報を秘蔵しているから、こうやって戦う力の無い筈の彼らがダンジョンへ赴かされる。
その状況は到底静観できる物では無かった。
俺は、レベルアップに関する秘密をギルドメンバーに話し、それを動画で配信すると宣言した。
すると、意外な事に皆はそれを反対しなかった。
「正直、我が社の利益を考えるなら反対ですが、我が社には既に世間の評価を優先するだけの業績があります。なので、社長のお好きになさればよろしいと思いますよ」
と、清水さん。
「そうですね。社長にそんな秘密があった事は驚きましたが、それを使えば僕の様な外れクラスでも強くなれるって事ですよね。それじゃあ大賛成ですよ!」
と、斉藤さん。
「俺は正直ちょっと良く分かんないっすから、社長に任せるっす!」
秋渡。
「私も、社長にお任せします」
耶散。
「俺のせいで一般の人が怪我するのは俺も嫌ですから。それに多分、石の武器で戦ってた映像があるから気が付いてる人もいると思いますよ」
紅蓮。
「私、秀君が隠し事してたのが気に食わないですけど、まぁマスターは秀君ですからね」
リオン。
「よし決定だ。早速動画を作ろう」
~~
「こんにちは」
動画は、そんな簡素な挨拶から始まった。
「本日は、俺たちが見つけたレベルアップに関する秘密についてお話します。それと、生産職をダンジョンへ連れて行こうとしているギルドの方々、それは無駄なので止めてください。説明の前に例を幾つかピックアップしたのでそれを見てください」
動画内の天空秀がそう言うと、編集によって文字が画面に表示される。
それを読んでいく形だ。
「まず鑑定士、これは鑑定で得た情報を動画配信したら、それを見た人が倒した魔物の経験値が分配されるという法則を持っています」
そう読み終わると次のスライドが表示される。
「鍛冶師は、制作した武器を他者が使う事で、その武器を使用して倒したモンスターの経験値が分配されます」
その後も、炎剣士と治癒士に関して分かっている事を羅列していく。
「以上の事から分かる通り、ある条件を満たす事で戦わなくてもレベルアップする事が可能なクラスが幾つか存在します。簡単に言えば、生産職はモンスターを倒しに行く必要が無いという事です。それでは失礼します」
三分ほどで終了したその動画を見た世界中の人間は、それを見終わってから数秒間、時が止まったかのように口が開いて止まっていた。
その硬直が解けたその瞬間、一気に情報の意味を全世界が理解する。
そして、生産職が世界中で最も必要とされる時代が訪れた。




