百四十三話 魔物の勇者
貴方は私にとって紛れもない英雄だった。
眼下に見える貴方の顔を眺めながら、私はそう思う。
誰からも認められないなんて、そんな事は当たり前だ。
だって、貴方の力は他者の意思を否定し、自分の意のままに魔物を操る力。
そんな力が嫌われない訳も無い。
魔物たちは貴方を恐れた。
魔物たちは貴方を怖れた。
ずっと一人、罪人として王宮の別塔に隔離された貴方は孤独に耐えて来た。
そんな貴方にお父様は、前龍王は言った。
『力を貸せ』
と。
どの口が、今まで貴方に不遇を強いて来たお前が、何を偉そうな事をと。
貴方でもない私がそう思った。
なのに、貴方は。
『分かった』
そう答えた。
貴方は聡明だった。
貴方は誰より理解していた。
そして、貴方には責任感があった。
貴方には勇気があった。
あぁ、紛れもなく、少なくとも私にとっては貴方はずっと勇者だわ。
憧れる対象で、力に成りたいと願わずには居られない、本物の英雄。
(だから、私は貴方に着いて来た。だから、私は貴方に恋をした。愛しているわ、マビト)
(マリア命令だ、俺の為に今ここで死ね)
彼の力が。
他の魔物を意思に反して操る彼の力が、私の心を染めていく。
でもそれは、私にとっては勇気をくれる力だった。
(悲しまないでね。貴方のしている事は正しいのだから)
(悲しまないさ。俺は何をしてでも世界を救う)
敗者は戦場を後にする。
けれど、敗者の意地を甘く見ないで欲しいものだわ。
――
致命傷だ。
確かにあれは龍王マリアと呼ばれる単独能力で見れば最強の魔物だ。けれど、その胴には鑑定など無くても一目瞭然な程巨大な穴が空いている。
その魔力の名残を視れば、それが神気によって、つまりリオンの力によって付けられた者である事も把握できる。
そんな身体で一体何ができる。俺の眼にはお前の命は後数分も無いと映っているぞ。
あっちの、悪魔ヴァルキリアに関しても新藤の力によって殆ど瀕死に近い体力しか残っていない。
状態が悪化し続けている。新藤の『詐欺』の効果による即死は耐えきったのか知らないが、それでも死ぬ直前である事に変わりない。
ここまで来れた事自体が異常だが、それでもこれ以上何かができるとは思えない。
そして何より、既にゼニクルスが再召喚可能となっている。
『精霊』のスキルを拡張するための力。
『堕天使』。
それは、ゼニクルスの更なる力を解放するためのスキル。
正し、代償として俺は『堕天使』を使用した時間の5倍の時間の睡眠を必要とする。
睡眠という代償は次の睡眠時に纏めて清算される。
今まで金銭を対価としていたゼニクルスの更なる対価は『時間』だった。
「よろしいのですね、主?」
「あぁ、お前の力が必要だ」
召喚に応えたゼニクルスが、魔力に包まれる。
獣の姿を翼の生えた人型に変え、更に今、こいつは姿を変える。
全身にあった装飾品が消えていく。
それは封印が解かれた証。
金に縛られ、時間を奪われ、姿を変えられた、そんなゼニクルスの全ての柵を俺が引き受けると言う契約。
それが『精霊』と『堕天使』というスキルの効果だった。
「感謝致します。そして、必ずや貴方のお役に立ってご覧にいれましょう」
「あぁ、早速で悪いが命令だ」
俺の言葉とあいつの言葉は同時だった。
「マリア、あの城を破壊しろ」
「ゼニクルス、ギルド本部を日本に飛ばせ」
俺の観察は対象の魔力の流れを視る。
その龍が最後の力を振り絞り、口に極大の魔力を充填している事も視えているぞ。
幸いな事にまだ、この都市は出来てから日が浅く人口じたいはそこまで多くない。
ギルド本部のだけで避難所は事足りていた。
だからこそ、ここを破壊されれば迷宮都市は全ての人口を失う事になる。
それだけは絶対に避けなければならず、同時にだからこそ相手の狙いを予測できる。
「GGGGRRRRRRRRAAAAAAAAAAAAAA」
声にならない咆哮を上げ、同時に巨龍の口から極大の魔力が放たれる。
あれが直撃すれば、ギルド本部が跡形もなく消滅する。そんなパワーを秘めている。
「だが……」
転移には追いつけない。
そして、迷宮都市中央にある総合ギルド本部はその日、完全に姿を消した。




