百三十九話 剣師
私が扉をノックしようと拳を作ると同時に、部屋の中から声が聞こえた。
「あぁ、そうだな。うっせぇって、あぁ感謝してる。分かったから、てか、今手入れしてんだろうが。文句ばっか言いやがって全く……」
迷宮都市中央部に存在する総合ギルド管理の高層ビル、その一室で彼は『一人』で部屋の中に居る。
彼以外に部屋の中に入る者は居ないし、彼の言葉が通信機や念話の類ではない事も私は知っている。
意を決し、私は扉を叩く。
「誰だ?」
『千剣の盃』マスター、千宮司剣が扉の中から私にそう言った。
「聖名守凛佳です」
「なんだ? 結界を維持してなくていいのか?」
「結界は既に破壊されました」
「は? ……入っていいぞ」
私が部屋に入ると、彼は武器の手入れをしていた。
奇麗な波紋の入った刀、その手入れをしながら一体誰と話していたと言うのか。
「失礼します」
「あぁ、それで破られたってのはどういう事だ?」
「件のテロリストが大量のモンスターを召喚したようです」
「なんでそんな事が、そいつにできる?」
「分かりません」
「意味が分からねぇな。まぁいい、それで俺はあんたの護衛でもやればいいのかい?」
「いいえ。モンスターを倒して下さい」
私の頭に声がした。
それは、この人を始めて見た時からずっと聞こえている。
勇者の一件の後、ある程度この声に逆らえる様になったが、それでも声が聞こえなくなった訳ではない。
そして、この声は称号を得るに相応しい人物を前にした時、より大きな声で叫び始める。
「俺はただのAランク探索者だ。Aランクなんてこの街には百人以上居るはずだ。俺一人が加わったところで戦況が変わるとは思えねぇな。まぁ、戦わないつもりじゃねぇがあんたが態々俺にそれを伝えに来る理由が分からない。守護の要である筈のあんたが態々やる仕事じゃないだろ」
最もな疑問だ。
けれど、貴方は選ばれた。
今のところ、『神』か『悪魔』とそう形容するしかない何かに。
貴方の腕が選ばれたのだ。
そして、私はその選定をする為にここに居る。
「最強の剣士とは、どういう物だと思いますか?」
「何の話だ……?」
私が答えを待っていると、彼は諦めたように話始める。
「そりゃ色々あるだろ。今の時代、スキルやクラスだって重要だ。勿論レベルだってある程度なきゃ強さは得られない。加えて剣士には近接戦闘の技術も求められる。歩法や型、咄嗟の判断や反射神経その物だって必要だろ」
「いいえ、違います。いや、違う『らしい』です」
「さっきから、意図が読めねぇな」
「剣士に必要なのは、自らが振るうと決めたその刃の力をどれほど引き出せるか。貴方はその、最たる者に選ばれた」
彼のクラスの力は『剣師』。
剣を育てるクラス。
彼はしかし、たった一本以外の武装を何一つ持たなかった。
故に、その一刀はこの世で最も強い一振りに成った。
「【剣聖】の称号を受け取って下さいますか? 受け入れてくれるのならば、空を埋め尽くす飛竜の悉くを屠れる力を貴方にお渡ししましょう」
「一応聞いとくが、冗談って訳じゃねぇんだな?」
「――はい」
私には分かる。
感じる。
Sランクダンジョンに眠る不滅存在がこの街に来ている。
それを倒せるのは勇者が扱う神気だけ。
しかし、神気に独力で到達した彼ならば、その一助となるかもしれない。
何より、剣聖は全クラス中最強の近接戦闘能力を持つ。
その力に彼が作り上げた最強の一振りが加われば、飛竜など相手に成らない。
「強化スキルみたいなもんか?」
「その認識でも間違いありませんが、効果は永続です」
「デメリットは?」
「今持っているクラスの力が全て消滅します。ですが、貴方が作り上げたその一振りの力は健在です」
――
頭の可笑しな話だと思った。
だが、どう見てもこの女はガチな顔をして話てやがる。
虚言の類ではないって事だ。
それに、窓から外を見れば街の住民がこのビルに避難してくる光景が見えた。
(悪いな。もうこれ以上、お前を強くすることはできないらしい)
(大丈夫じゃよ。お前さんのお陰で、儂は最初の頃よりもずっと強くなれた)
(今日はやけに上機嫌じゃねぇかよ)
(こうやってお前さんと話せておるのもお前さんのスキルの力じゃ。最後になるかもしれぬし、喧嘩別れは嫌じゃよ)
俺が天から授かったクラスの名は『剣師』。
既存の武器を使って魔物を倒す事で、その武器の性能が上がるという力を持ったクラスだった。
耐久力、切味、魔力の許容限界、武器に依存した攻撃スキルの解放、そして【付喪刀】と名前を変えたこいつは天空秀が『神気』と呼んだ力を生成するに至った。
【付喪刀・小織】
それがこいつの名前だ。
少しでも汚れが付くと直ぐに手入れを要求してくる厄介な刀だが、それでも俺が新人の時から一緒に戦ったギルドメンバー以上の仲間だ。
(儂とて消える訳ではないさ。だが、口が聞けなくなるとは言っても、ちゃんと手入れはするのだぞ)
(何でお前は受ける気満々なんだよ、お前が嫌って言うなら俺はなぁ……)
(断る理由など無いではないか。探索者になりたての頃、お前さんはずっと『強くなりたい』と言っていたではないか。今までは儂がお前さんの強さだった。けれど、その剣聖とやらの力を受け取れば、儂の強さに強いクラスのスキルが加わる。より強くなるために、他の何よりも求めるべき物の筈じゃろう)
そうだ。
最初の俺は雑魚だった。
同期の奴らが派手なスキルで魔物をなぎ倒す姿を、羨ましく思っていた。
そうなりたいと思って、それを越えたいと思った、ただそれだけを考えてダンジョンに潜った。
少しずつ小織が強くなって、その力を使って俺はついにAランク探索者になって、Aランクギルドのマスターなんて立場も手に入れた。
だが、だからってもっと強くなりたいかと問われれば俺は頷く筈だ。当たり前だと。
Aランク探索者とは言え、並ぶ実力者は何人も居て、最近はSランク探索者なんて規格外の枠組みの奴らも居る。
俺の力は、ずっと小織の力で、俺の力と呼ぶには少し弱い物だった。
無双を願い、最強に焦がれ、剣が強かっただけの俺は誰よりも『剣士』に憧れた。
今手を伸ばせば、その力が手に入るのかもしれない。
「お前、新藤真と一緒に探索してたよな。新藤の力もお前が与えた物なのか?」
「そうですね。真君の神気の力は私が与えた【勇者】の力です」
勇者ね……
それで俺には剣聖になれってか……
(小織、俺は……)
(心配するな我が主よ。お前さんを強くすることは儂の願いでもあるのだから)
(そうか……)
話を終えて。
俺は聖女へ向けて言ってやる。
「悪いが、俺は今のクラスが気に入ってる。それに俺は俺より強い剣士を知っている。だからその力を渡すべき相手の所に俺が今から案内してるよ」
――悪いが、俺はやりたくねぇ事はやらねぇ主義だ。
そう言って聖名守凛佳の手首を掴み、ビルの屋上まで引っ張った。




