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百三十八話 侍


 ――天空を覆う龍の群れを、その男は数十人の仲間と共に見上げている。


 防衛。

 それが、彼に課せられた命令であるのならば。

 反撃。

 それが、彼が取るべき行動だった。


 侍の名を冠し、数多のダンジョンを潜り抜けた一人の老骨。

 かの剣士は、天を埋め尽くす飛竜の群れに、死期を感じ取っていた。


(見えるだけで、敵の数は数千。対して儂が連れて来た者達は百にも届かない。それに、問題は一際大きな飛竜の背に乗った二人の人型モンスターじゃな。片方は大した事は無いが……もう片方、骨の身体を持ったモンスターから発せられる魔力は、今までに見た事も無い程に多い……)


 嫌な役回りじゃ。

 そう考えた玲十郎は、それでも腰の刀へ手をかける。


「逃げたい者は逃げろ。それが生存する方法じゃ」


 侍というクラスは、特殊な力を有しているとは言えない。

 『神獣召喚士』の様な規格外の力がある訳では無いし、『鑑定士』や『詐欺師』の様にテクニカルな戦いが可能という訳でもない。

 一般的な戦闘職という他に、玲十郎のクラスは形容し難い。


 玲十郎がそう言っても、周りの探索者が逃げる様子は見て取れなかった。

 彼らは、Sランクダンジョンという強さの極致が眠る場所へ一足でも早く侵入し、斬り合いたいと願った者達だ。

 今更、規格外の強さを見たからと言って精神的な恐怖は大きくは無い。


 しかし、感じる魔力と視覚情報から来る迫力から彼らの身体は若干の震えを帯びていた。

 それを見て、玲十郎は少しだけ笑う。


(儂も人の事は言えんが、こやつらも大概じゃな)


 年齢も性別もバラバラの寄せ集めの探索者たち。

 しかし、アナライズアーツに入りSランクダンジョンへ挑みたいという志で、彼らは同様の感覚を持っている。


「ならば、満足行くまで戦うか……」


 小さくそう呟くと、玲十郎は抜刀する。

 それを見て、他の探索者たちも各々の武器を構え始めた。


 玲十郎の長い人生の中にも、戦いに身を投じる事を覚悟した探索者を止める言葉は存在しなかった。


 飛行能力を持つ探索者というのは希少な部類だ。

 それも、他者に飛行能力を付与できるとなれば相当な高位探索者の中にも多くは無い。

 更に、飛行中は踏ん張りが利かなく事もあって、近接戦闘系クラスの空中戦闘は中々起きない。


 だが、それは対空手段を持っていない事と同義にはならず。


「【飛剣】」


 短く、それでいて力強く。

 歴戦の侍は、言葉を紡ぐ。


「……【滝落リュウラク】!」


 水属性の魔力が刀身を覆う。

 刀に対して莫大な圧力がかかり、圧縮された水の魔力が切っ先から一気に噴出する。


 切り上げられた剣閃の先、飛来する竜の一体が縦に切り裂かれた。


 探索者における基本的な対空手段は二種類。

 自分も飛行するか、飛行している相手に届きうる射程レンジの攻撃方法を所持する事。


 迷宮都市を攻め滅ぼすべく、聖名守凛佳の結界を破って侵入して来た魔王の軍勢。

 その最前線にいた飛竜を切って捨てて、玲十郎はすぐさま二刀目を放つ。


 アナライズアーツに所属する探索者は全部で、百三名。

 その内、形式的に玲十郎の部下となっている探索者は九十五名。

 最強を求めたアナライズアーツ二番隊の面子は、リオン・エヴァではなく松玲十郎を頭に据える事を選んだ。

 それは、年齢も関係あるが、それよりも何より松玲十郎こそが自分たちの到達点である事を認めたからだ。


 玲十郎は、アナライズアーツ内でリオン・エヴァの次に高い戦闘能力を保有する探索者である。


「行くぞ」


 レベルはAランク。

 しかし、その技術は天空秀の目を持ってして『最強』と言わしめる剣術である。


「【飛剣】」


 次弾装填。

 魔力が刀へ集約し、その攻撃に指向性が込められる。

 一人の剣士が思い描いた光景を体現する為だけに、その刀は今自分の存在理由を定義する。


「【抜刀】」


 それはスキルでは無い。

 スキルの効果によって強化されてはいるが、その身体操作は紛れもなく彼が体得した技能。


 至高の剣術とスキルが融合した時、クラスに依存した力だった筈のその力は名を変えた。


「【瀧薙ソウテイ】!」


 滝落の縦の切り上げではなく、それは抜刀による横の斬り払い。

 水系統の魔力によって強化された高速の伸びる斬撃は、天空を覆う翼を払いのけ、揺蕩う雲を一閃した。


 剣技とスキルの合作。

 そのスキルで再現可能な極限値を体現した、一つのスキルに対する熟練度の極み。

 一刀の刃を生涯を賭けて磨き続けた男の最強。


 確かにそれは、今や才能の前に崩れ落ちる残骸でしか無いのかもしれない。

 神気を始めとした様々な先進技術。

 最近になって大幅に更新され始めたレベルレコードを見れば、たったひとりのたった一つの攻撃スキルが極まったからと言って、だからなんだと言うだろう。


「じゃがそれでも、――儂にはこれしかできない」


 それは諦めでは無い。

 究極の剣技は、未だ限界を迎えていないという意思の表れだ。


「行けるぞ!」


 探索者の一人がそう言った。

 たった一刀の剣技で、百に昇ろうかという数の龍の死骸が完成した。

 それは玲十郎の示した希望。

 詐欺師の様な言葉を持ち合わせず、鑑定士の様な分析も提示できない男が考えた、語り方。

 強さを以て、勝機を感じさせる方法。


「――それがどうした」


 悪寒を感じさせる声が、小さく、けれどその場の全ての人間に伝う様に呟かれる。

 それは人間とは言い難い存在の。

 骸骨の身体を持った、人型モンスター。

 最弱に分類されるスケルトンも人型ではあるが、その存在は通常のスケルトンとは余りにも異質だった。


「【魑魅魍魎リザレクション】」


 魔力を用いて空間に声を乗せ喋る骸骨は、一言そう言った。

 それが、魔法の詠唱である事は勘の良い探索者は瞬時に理解する。


「「「グルゥゥゥァアアアア!!」」」


 瞬間、撃ち落とされた筈の龍が再び立ち上がる。

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