百三十六話 増援
「さて、何がどうなってる事やら……」
ロイド・B・マルクスは青空を仰ぎながら吐き捨てる。
軍艦の一つの指揮権を任され、ユースの指示に従っていたまでは良かった。
問題は、ユースの最期の命令。軍艦を集結させた後だ。
ロイドは戦いが始まってからは、ユースとの通信を一方的に聞くばかりでその指示を聞く事が無かったため召喚魔法の代償とされる事は無かったが、ユースの考えは一向に分からなかった。
それから数十分後、己のギルドマスターとの連絡がつかなくなった。
「こっちから何度も呼びかけてるってのに返事は無し。何かあった時用の念話で何かあったらしい」
全く状況を掴めていない。というのが現状である。
それから、特に誰から指示が飛んでくる事も無く、海面を眺めながら軍艦の中で暇を持て余していた。
甲板に出て空を眺めてみるが、特別変わった事は……
「ねぇよな。あるのはあのジジイが指示した場所に巨大な魔法陣が敷かれてるくらいか……」
魔法陣から視界を外し……
「はぁぁあ!?」
その方向を二度見する。
「何だよありゃ……!?」
望遠鏡で覗いて見ると、そこに大量の軍艦が集まっている様子も見えた。
「訳分からんが、取り合えず行ってみっか……暇だし」
元来、彼は考える事は嫌いだ。
どんな巨大な力もぶん殴れば潰せると思っていたし、考える担当は別に居た。
ロイドの乗った軍艦は、彼の指示によって魔法陣の方へ舵を切った。
――
「分かった?」
龍人、いや龍王がそう呟く。
その身体に龍の鱗を纏い、高密度の魔力によって強化された爪、魔力を発するジェットパックの様な翼、何より圧倒的な規模の魔法力。
それらを見せつけた小さな少女の形をした龍が問いかける。
「クッ……」
四つの神器、それは彼女にとって正真正銘の本気だった。
倉持秋渡が使った、『神刀・紅姫〆』の様な神気を内包する武具を纏っての肉弾戦。
それが、彼女が持つ最大限の力の纏め方、つまり最大戦力だった。
しかし、その鎧は砕け、武器は折れる。
そして何よりも、迷宮都市一の探索者の脳内では既に決着は済んでいる。
(どうやっても、勝てない)
それが、リオン・エヴァが下した結論だった。
召喚獣による包囲。
本体であるリオンにまで到達する速度を相手は持っている。
神気を攻撃力に変換し、一刀に全てを込める。
相手はまだ全く本気じゃない。
防御は不可能でも、回避できない規模の攻撃は放てない。
四体の召喚獣の力全てを近接戦闘能力に振って尚、リオンの力と速さと硬さはどれもマリアを勝っては居なかった。
パラメータ的に勝てる要素が存在しない。それは天空秀の測定を同様の結果だった。
(せっかく信じてくれたのに。せっかく頼ってくれたのに……)
勝てる自信はあった。
迷宮都市で最も強い自負もあった。
もう、スカイフォートレスを攻略した時の自分とは違うと思っていた。
けれど、変わったのはレベルという数値だけだった。
「聞こえてる? 私は、貴方に私と貴方の実力差は『分かった』かと聞いて居るのよ?」
マリアが、鋭利な爪をリオンに向けてそう問いかける。
神気はモンスターに対して特攻を持った力の筈だった。
神気で倒せないモンスターは存在しない筈だった。
しかしそれは、攻撃を相手に当てる事が前提だ。
マリアの戦闘速度はリオンの二倍はありそうな程速かった。
「分からない。……私はまだ負けてない」
頭の理解を心が否定する。
負けてはならぬと理性を押し込む。
半ばから折れた武器を握り、刀身を拡張するように神気の刃を発する。
結論は最初から決まっている。
「私は勝つ!」
それだけが、リオン・エヴァの仕事だった。
「そうね、謝るわ。最初から殺さないなんて選択肢は無いのだから、貴方の理解を確認する必要な無かった」
翼が羽ばたく。
高出力の魔力圧、それを噴射する事で戦闘機の様な飛行速度を実現している。
更に問題は鱗だ。空中分解するような速度に至っても、あの鱗の強度はそれを拒む。
実質、物理限界までマリアに速度の限界点は存在しない。
今まで対応できていないのは、神気を展開し防御を張っていたからだ。
鎧が魔力を吸収して居たからだ。
しかし、鎧は半壊、受ける剣も折れた。
リオンの反応速度を越えた一撃を防御する手立ては既に、存在しない。
「クソ……」
生まれて初めて、リオンはそんな言葉を口にした。
――秀君、ごめんなさい。
そう考えた瞬間、瞼が勝手に降りて身体が死への恐怖を見る事を否定した。
「莫迦かテメェ、戦場で目を瞑る奴があるかよ!」
リオンの身体が押され、それによってマリアの攻撃の線上から逸れた。
「え?」
リオンが目を開くと、そこには二本の剣を持った探索者が居た。
いや、飛行能力を持っていない様な彼は跳躍でリオンの元までやって来た。
まずい、とリオンの思考が舞い戻る。
空中での姿勢制御ができていない。上昇し落下するという決まった動作しかできないその男に、マリアの攻撃を回避する手立てはない。
「まっ……!」
そう思えて、手を伸ばしかけた。
「面白れぇ」
しかし、男は笑った。
それは、回転だった。
凡そ視認できる速度ではないマリアの突撃に対して、剣を宛がい身体を回転させ突進を逸らしたのだ。
「凄い……」
リオンの目には、その剣術を行った者が千宮司剣に見えた。
彼女に剣術を教えた師匠でもある彼に、勝るとも劣らない剣士に見えたのだ。
しかし、千宮司は一刀流だ。二刀の剣を扱うこの男は彼ではない。
二本の半月刀を携えた彼の名は……
「ロイドさん……」
「よぉ、迷宮都市最強。俺のが最強だって教えに来てやったぜ」
ロイド・B・マルクスは、強者を前に笑う様な男である。




