百三十五話 詐偽
勇者なんて、自分がそんな器ではない事は私が一番理解している。
きっと、力強くて、根気強くて、諦めを知らない人間の手にこそ、この称号は相応しいのだろう。
だが、それは自分が弱い理由にはならないし強く在れない理由にもならない。
「何故、勇者の力を使わない?」
私の短剣と相手の大剣が撃ち合えば、一撃で吹き飛ばされるのは目に見ている。
私にできるのは、ロイドに教わった短剣術の受け流しで衝撃をずらす事。
けれど、やはり身体能力では負けている。
「クッ……!」
大剣を振り回せない様に接近しようとしてるのに、それを許してくれるような相手でも無いらしい。
「それはこっちの台詞です。悪魔が何故、魔法を使わないのですか?」
「我は元来魔法は苦手でな」
全く、悪魔の台詞とは思えない。
悪魔なんて種族は残忍で冷酷で、もっと気持ちの悪い笑みを浮かべながら楽しむ様に人間を弄る種族だ。
なのに、貴方はどうしてそんなに真面目そうなんだろうか。
「そうですか。他の悪魔とは折り合いが悪そうですねッ!」
短剣で大剣をガードしながら、自ら後ろに飛ぶことで力を受け流す。
余り長続きする戦法では無いが、それでも短剣術だけでこの悪魔を相手しようと思うと、こんな戦い方がやっとだ。
「我は自分の腕のために生きている。他の悪魔が何をしようと、知った事では無いな。それに、我は魔王様の僕。他の悪魔とてそれは同じだ。なれば、あのお方の意思と我の趣向のどちらを優先させるかなど考えるまでもない事だ」
武人。真面目。戦闘狂。下僕。騎士。
性格に関する要素を補完していく。
武術の達人であるという点では、アナライズアーツの松玲十郎に近いか。
主従関係から感じ取れる忠誠心はロランスに似ている。
バトルスタイルもロランスよりだな。
技術で絶つというよりは、パワーで押し切るのがこの悪魔だ。
それに、感じさせる余裕はまだまだ本気では無いのだという事が伺える。
観察しろ。
私は見方を知っている。
敗北や失敗に意味を見出す事。それが、私がギルドマスターに成れた秘訣だ。
天空秀に負けたのは、観察眼や注目すべきポイントを理解し、今この悪魔に勝つため。
「私の勇者としての力は、言語に神気を宿す事にあります」
「……何故、自分の力を敵に語る?」
「神言。これによって発せられた言葉は、絶対に順守される。効果範囲は声の届く場所まで」
「だから、何だと言うのだ」
嘘を信じさせる方法。
それは、何かを信じたくなる程に追い詰めることだ。
「私の念話をずっとジャックしてる奴が居るな?」
「は……!? させん!」
掛かった。
そうだ。貴方たちは海から現れた。
ワダツミの入り口がある迷宮都市の中心ではなく、外側から現れた。
ワダツミ以外のSランクダンジョンが存在しない以上、貴方たちの出所は確実にワダツミである。
この矛盾の解決方法は単純。
倉持秋渡の証言。
ロランスが何者かに身体を乗っ取られた様になった。その時、身体を乗っ取った者は魔王軍第三席次と名乗ったらしい。
この悪魔が二席。あの骸骨が一席。だとしたら念話のジャックをしている奴が三席だ。
天空秀の鑑定によって、剣を媒体として何者かがロランスの身体を乗っ取った事は分かっている。
軍艦の移動経路は確実に意図的だった。
モンスターの進行方向を逆算すれば、軍艦の密集地点からこのモンスターたちが発生した事は容易に想像できる。
貴方たちは転移の手段によって現れた。
軍艦がその発生地点であり、その守りを任せられている者が居るとしたら、残っているのは第三席次だけだ。
そいつが私の神言を受ければ、貴方達に逃げ道は無くなる。
「貴様を殺せば、関係のない事だ!」
そうだ。
偽りかもしれないと考えたとしても、阻止しなければならない事態だ。
だが、偽りに行動を起こした事で、貴方の思考は本当だと認識しかけている。
大剣を振り上げた突進が目前に迫って来る。
「フンッ!」
大剣が私の脳天から振り下ろされる。
その瞬間、私の姿が掻き消えた。
【幻影】。それが私が持つ唯一の戦闘スキルだ。
「何!?」
「確かに最初の神言は貴方達人型には効果が無かった。けれどそれは、対象が数百体も居たからだ。一人に集中すれば、人型でも問題なく機能する」
嘘だ。人型相手では、今の私の神気の操作性では動きを止める程度がやっと。
「発動されている魔法陣を破壊しろ」なんて細かい命令は通らない。
――だがヴァルキリア、貴方は『魔王様』の安全を何よりも考えている守護者だ。
「後一言か二言が限界でしょうが、それでも使えない事は無い」
さて、ここが正念場だ。
姿を消した私は、幻影のスキルを全力で発動する。
天に昇る光の柱、その魔法陣はここからでは視認が難しい程遠くにある。
だが、恐らくそれがこのモンスターたちの出現地点なのだろう。
幻影は、視覚情報を偽るスキル。
私の想像する物を相手に見せるスキルだ。
けれど、規模が大きくなればなるほど大量の魔力を消費し、集中力も要求される。
だが、生物の視界は遠くにある者ほど小さく見えるようになっている。
光の柱、そして魔法陣にかぶさる様に幻影を展開。
見せる景色は、青空でいい。
「さぁ、貴方の帰り道は無くなった」
原理自体は私の身体を隠すのと同じだ。
私の身体の前に、私の後ろの風景を透写する事で消えたように見せかける。
その方法で、天に昇る光の柱と魔法陣を消す。
「なんだと!?」
振り返った悪魔の目には、私が用意した偽物が映っている。
「何と言う事だ…… 悪いが、勝負は一度預けさせて貰おう!」
そうだ。
貴方は私の狙いが貴方を引かせる事だと誤解する。
「魔鎧全装」
そう言った瞬間、悪魔の身体に魔力で形成されたプロテクターが出現した。
身体強化魔法の一種か。しかし効果量は次元が違うな。
その強化された速力を持って、軍艦の魔法陣にまで戻るつもりだろう。
貴方は今、私の嘘を三つ信じている。
一つ。神言が念話等の遠隔でも発動できる事。
二つ。神言が人型に対しても有効である事。
三つ。私がまだ神言を使えるという事。
これらは、詐欺の効果によって貴方にとって現実になる。
悪魔が飛び去ると同時に、収納から拡声器を取り出す。
『詐欺』
これで、終わりだ。
【死ね】
そう私が呟くと同時に、ヴァルキリアは海面に落下した。
私が使ったスキルは詐欺だが、あの悪魔は神言だと思い込んだ。
そして、三つの嘘が効果を発揮し、詐欺の強制力を上げる。
詐欺。
私が吐いた嘘を対象が本当だと思い込んだ場合、その嘘は対象の内部で本物になる。
「もしも、貴方が念話を使えたら。もしくは貴方が最初から本気で私に挑んできていたら、私は負けていたかもしれない」
勇者として戦うと私は言った。
けれど、私は詐欺師として戦った。
嘘吐きが詐欺師の本懐だ。
詐欺の基本的な効果の一つ。嘘を吐く行動に対する補正、嘘を信じやすくする。
体内で信じた嘘を本当にするという事は、細かい嘘を幾つも信じさせることで、嘘がバレる確率を下げる事も可能という事だ。
「新藤!」
天空さんが空中から現れた。
どうやら今の戦いを見ていたようだ。
「戦況はどんな感じですか?」
「それは俺が知りたいところだ。相手の最高戦力はリオンが抑えてる。俺はモンスター討伐に加わるから、お前も少し休憩したら戻って来い」
「休憩なんて要りませんよ……」
「嘘を吐くな。最後の一撃は詐欺だけの効果じゃない。神気も少量だが宿っていた筈だ」
無意識だった。
しかし、数十分の戦闘の後にも関わらず神気が一切回復していない。
という事は、天空さんの言葉は正しいのだろう。
「分かりました。ある程度神気が溜まれば私も向かいます」
「あぁ」
そう言って、天空さんはまた空中を歩き始める。
「それと新藤」
「はい?」
「よくやった……お前を信じて良かった」
気恥ずかしそうに、彼は私にそう言った。
そのまま彼は、街の方へ走り去っていく。
「フッ……詐欺師を相手に信頼とか馬鹿じゃ無いんですかね……」
変装のスキルを解除し、俺は新藤真に戻る。
天一面に青空が広がっていた。
勘違いしていますが、
第一席マリア
第二席ヴァルキリア
第三席リッケンメイカ
第四席骸骨
です。
朔間はマリアを見ていないので、第一席に骸骨を当て嵌めて考えています。




