百十七話 勇者の初戦
四方をまるで結界の如く囲む4体の神獣が、その包囲網から脱しようとするモンスターの大群を屠り散らして行っている。
丘の上からその光景を眺めるのは、この戦争の指揮を執る2人の女性探索者だった。
「本当に規格外の力だわ。貴方の能力を正しく把握して居れば、疑徒様ももっと違った作戦を立てたでしょうね」
メイ・ハーティアはその光景を見ながら、隣に佇むリオン・エヴァにそう声を掛ける。
「殲滅力なら私が行くより神獣に任せた方が早いですから」
一息置いて、リオンは更に言葉を続けた。
「それと良かったです、こういう結末になって。これで貴方の居場所を奪わなくて済みますから」
「あれはただの時間稼ぎのつもりだったんだけどね。でも確かに嬉しい結末だわ、貴方の所のギルドマスターには感謝しないと」
2人して笑顔を見せる。
その戦いを知っているのはお互いだけだ。
しかしお互いに死力を尽くして戦い、それを経て尚も仲が良くなれるのならば、それはきっと相性が良いという事なのだろう。
「あの、メイさんと呼んでもいいでしょうか?」
「勿論、じゃあ私はリオンちゃんって呼んでもいい?」
「はい、嬉しいです!」
メイ・ハーティアのクラス『ピオス』は薬と毒を司る。
そして、リオン・エヴァの最初の神獣である蛇神オロチは牙に猛毒を持つ神獣である。
しかして、薬と毒は紙一重とも言うのであれば、その相性が良いのは必然なのかもしれない。
「降霊召喚・蛇神オロチ」
召喚された蛇の神が、吸い込まれる様にメイ・ハーティアの体内に溶け込んでいく。
溢れ出す神気と、神の気を纏った毒の操作能力が彼女に備わる。
「アンデッド系には生半可な毒は効かないけど、メイさんの毒と合わせれば……」
「まぁ、神気を宿した水ってだけでも効果ありそうだけど……でも確かにこの力は私と相性が良いわね」
アンデッドに毒は効果が無い。
けれど、それが物理的な殺傷能力を持たない毒であればの話だ。
メイ・ハーティアにオロチが宿った今の彼女の使う毒には、酸に似た物理的な融解能力を持つ。
更にそれを回復へ転じる。
毒も薬も結局は同じ。
用法用量を守らねば毒になるし、しっかり守れば薬にもなるのなら。
だったら、対象を絞る毒や薬の開発も可能だろう。
2人の探索者はそう結論を付け、それを今実行に移していた。
神気は魔力によって構築された物全てを問答無用で消滅させる。
それは、アンデッドとそれを成している死霊術師とのパスであっても例外ではない。
「強酸性毒液抽出、神気注入、毒薬転換、回復魔法・術式構築……【命雫不毒】」
煙が上がる。
メイ・ハーティアの腕から、まるで溶けているかの如く勢いで煙が天空へ上がって行く。
その煙は雲を形成し、雲から雨が降り始める。
命を癒し、不死を犯す。
「何だ?」
戦場に居る探索者たちから声が上がる。
その雨の正体を、いやその雨の効能を理解した事への戸惑いの声。
命無き者の魔力パスを溶かす様に切断し、命在る者の傷を自動的に治癒する大規模魔法。
一滴一滴はそこまで強い効果は無い。
けれど、その雨を浴び続けたアンデッドはその操縦者による術式を破壊され事切れる。
彼女の一撃を決める為だけの、言わば他の探索者は時間稼ぎでしか無かった。
この魔法が完成し、発動した瞬間、この場に存在する全てのアンデッドが無力化される。
「ふっ……」
メイ・ハーティアが魔法の完成を目撃し膝を折る。
「大丈夫ですか?」
いち早くリオンが駆け寄るが、かなり衰弱している様子であった。
しかし、それを押してメイ・ハーティアは答える。
「大丈夫、この規模の魔法は初めて使うから少し疲れただけ」
魔力枯渇一歩手前。
それが今の彼女の体調である。
しかし、魔法の維持や操作を行わなければならない以上、ここで糸を切らす訳にも行かない。
(魔法は既に完成してる。ここからはただ雲の流れを操るだけだもの。それくらいの事、やって上げるわよ)
結果的に、その雨はこの戦争が終わるまで探索者を癒し続け、アンデッドを土に返し続けた。
―――
雨が降り始めた。
俺の眼は、その雨の効果を正確に把握する。
リオンの神獣と誰かの回復魔法の合作だろうか。
蘇衣然? いやこの雨はただの回復魔法じゃ無くて、毒としての効果も持っている。あの人じゃない。
って事は、これが新藤が言っていたメイ・ハーティアって探索者の能力なんだろうか。だとしたら中々いい人材を揃えている。
「さぁ、この雨で勝敗はほぼ決した。まだ戦うのか?」
観念しろと、俺は刀の切っ先をそいつに向ける。
「勇者の力を持つ者がこれだけの数居るのか……」
戦場の四方を囲む神獣。
俺と新藤。
そして、この雨を降らせた術師。
アンデッドクイーン、いや今は種族を昇華した骸死姫からしてみれば確かにこの戦場に神気を扱える探索者が7人居る事になる。
アンデッドという神気に特別相性の悪い力を扱うこいつにとって、この状況は絶望的だろう。
「聖名守、足りてるか?」
「はい。まだ貯蔵は残ってます」
『聖女』の本来の性能、それは勇者と神気を共有しそれを運用する事。
神気生成のスキルを持つ存在が居るからこそ、聖女は本来の性能を発揮する。
それは強化魔法に籠り、それは結界魔法に籠り、それは回復魔法に籠る。
故に、その支援を受けた玲十郎とロイドの斬撃はアンデッドにとって特攻を持つ一太刀になっている。
「はっ、一撫でで終わるんじゃ面白くもねぇぜ」
「まぁそう言うな。そういう修行じゃと思えば楽しめると言う物じゃ」
早速、階層主が新に召喚するアンデッドの処理を任せている玲十郎とロイドにとっては遊びの範疇を出ない戦いになっている。
「もう、私に勝機は無いみたいね……」
「あぁ、少なくとも俺の眼にはそう見える」
「まぁ良いわ。だって次の階層を貴方達が越える事は無いのだから」
「そうかよ。……お前等喋れるモンスターに聞きたい事があったんだよ。お前等は、一体何処から来た?」
ダンジョン、モンスター、魔道具、クラス。
人類には未解決の謎が多すぎる。
もしも、その真実を知っている存在が居るとするならそれはモンスターだろう。
「何処から? これは異なことを言う。お前たちは知らないのか? あぁ、そう言えばあいつが言っていたな、お前たちはずっと昔に見放されたのだと。都合の良い話だ、こんな時だけ顔を覗かせてお前たちに加護を与えるのだから」
「どういう意味の話だ?」
「教える理由、無いと思うがな!」
階層主、骸死姫がその形状をまるで剣の様に変形させた骨を振り上げ、俺に向けて突き出してくる。
「天空さん!」
新藤が咄嗟に声を上げた。
「心配するな……見切ってる」
俺はその刺突を身体を捻って回避し、そのまま刀で彼女の首を斬り飛ばす。
その瞬間、女の顔が三日月の様な笑みを浮かべていた。
ッチ、忘れてた。
狙いは誰だ。
いや、今の俺ならそれも見透かせる。
「新藤! 避けろ!」
そう叫ぶ。
しかし、叫んだあとで言う必要は無かったと思い至った。
アンデッドクイーンの時から、この女は仮死状態になるスキルと対象の身体を乗っ取るスキルを持っていた。
幽体離脱した後、相手の身体に入り込むスキルだ。本来なら死体にしか使えない筈スキルではあるが、進化した事で生きている人間の身体も乗っ取れるようになっている。
その状態で、こいつは新藤を狙った。
しかし新藤真は詐欺師だ。
「なんで!」
俺の眼が捕えた幽体離脱した骸死姫は、まるで空中を泳ぐように新藤の身体に手を伸ばし、そしてすり抜けた。
それもその筈。そこに立っていた新藤の身体は、詐欺師のスキルである【幻影】によって作り出された幻でしか無いのだから。
「私を騙すのは悪手でしょう」
朔間疑徒の姿に化けた状態で、笑いながら詐欺師は姿を現した。
そのまま朔間疑徒が、階層主の背中に神気の宿った短剣を突き刺した。
「クソだわ……」
恨めし気な表情を浮かべて、二年半に渡って人類の進歩を妨げてきた階層主が消滅した。
「よく透明化してる階層主の位置が分かったな」
「天空さんの視線から逆算しました」
「なるほど……」
アンデッドクイーンが座っていた気色の悪い骨の椅子に近づく。
その隣で、奇麗に人一人分の全ての骨が揃った奇麗な死体が有った。
それこそが、橘さんの奥さんの死体だ。橘さんがもしも裏切った時のために傍に置いていたのだろう。
「橘さん、心配しないで下さい。俺があるべき場所に届けますから」
収納に骨を入れ、他にも鑑定で人間の物とされた骨は出来る限り収納した。
「まさか、これから第四階層に行ってみようとか言いませんよね?」
困り顔をしながら、新藤がそう言ってきた。
「言わないって、俺を何だと思ってるんだよ」
「それなりに変な人だとは思ってますよ」
「そうかよ」
「でも、良い人なのは何となく分かります」
「そうかよ……」
いい笑顔を浮かべた新藤は、まるで本当に感謝しているとでも言わんばかりにそう言った。
こいつは詐欺師だ。騙されるな俺。全然性格が詐欺師っぽくないが、それでも詐欺師だ。
不憫な奴を誘ってギルドに入れて、居場所を提供したり力を付けさせたり色々と支援してるが、こいつの本質は詐欺師だ。その筈だ。
いや、色々と言い訳するのは辞めよう。
俺は、いや俺の眼は、こいつが迷宮攻略に参加しない事を『勿体ない』と思っている。
頭も切れる、仕事も何でも卒なく熟す、勇者なんて称号を持ってるから戦闘力も申し分ない。
というか、詐欺師のスキルも今から言語を介するモンスターが多く出て来るかもしれないと考えればかなり有用だ。
何より、善悪鑑定がこいつの潔白を証明している。
はぁ、面倒だ。
明日考えよう。やらないといけない事も沢山ある。




