百話 三階層作戦会議
俺は総合ギルドの最上階にあるギルド長室へと脚を運んでいた。
そこには当然、ここの長である蘇衣然が椅子に座っている。
俺はそんな彼女と向かい合う様に反対の椅子に座り、紅茶を飲みながら一つのメモリーカードを差し出した。
「これは?」
「朔間疑徒の目的が入っている。これを見てからで良いから、俺に協力して欲しい」
「目的? それを何故私に見せるのかしら?」
「一探索者として報告しないといけないと思ったからっていうのと、これを見せれば貴方が俺に協力してくれると確信しているからです」
「そう、まぁ招待ギルドのマスターが持ち込んだ情報なのだから精査する必要はあるわね」
デスクにあったノートパソコンにそのメモリーを刺し込み、中に入った一つの動画が再生され始める。
その中に写っているのは、俺と聖名守凛佳が朔間疑徒と会話していた時の録画だ。
そこで、朔間疑徒は俺への殺意を明確に表している。
この都市の長を務める彼女がそれを見れば、秋渡の件と合わせて信憑性を確立できる。
その動画を見た後、蘇衣然は俺にこう言った。
「なるほど。けれど、彼らは海底神殿の攻略や他にも様々な面で迷宮都市に利益を齎してくれているわよ」
「それで、彼らは迷宮都市にとって利益があるから野放しにすると? 貴方はそんな人間じゃない筈だ」
「えぇ、私は探索者の生存率と都市の利益の両方を重んじる立場だもの。でも、そんな大層な事はできない。私に一体、何を協力しろと言うのかしら? この動画だけじゃ倉持秋渡の件は証明まで行かないわよ?」
「えぇ、確かに。けれど見ての通り、彼らの狙いは俺の命です。だから、聖リント教会とアナライズアーツは近いうちに戦争になる。その舞台を貴方に用意して欲しい」
別に聖リント教会とうちが戦争をしようがどうでもいい。
無策な訳では無いし、勝てる見込みも十分ある。
それに、それは俺と俺のギルドがどうにかする問題だ。
総合ギルドギルドマスターに相談するのは負けた後でいい。
だが、街の人や他ギルドの人間をその戦いに巻き込むなんてあり得ない。
けれど、恐らく聖リント教会はある程度強引な手段を用いる可能性も否定しきれない。
「具体的に言って欲しいわね」
「うちと聖リント教会を名指しで同じ依頼、そうですね『第三階層攻略』なんて名目でいいので合同クエストを発注して欲しい。そこで決着を付けます」
第三階層は現在総合ギルドの許可が無ければ如何なる探索者も立ち入り禁止となっている。
第二階層の転移門が総合ギルドによって監視、警護されているため無断での侵入は不可能だ。
つまり、第三階層には探索者は居ない。そこほど戦いの場に相応しい場所も無いだろう。
「……負けるかもしれない、とは考えないの?」
俺の目を正面から見つめ、探るような視線を蘇衣然は向ける。
俺はそれを跳ね除ける様に答える。
「一人じゃ負けるに決まってる…… けど、もう一人では無いので。それに、できる事は全てするべきなのだと貴方に学んだ。――誰かを守る為なら、卑怯も外法も無いのだと」
「そう…… 分かったわ、貴方には海底神殿調査の時の借りもあるものね」
クスリと笑みを浮かべて、蘇衣然は俺の提案を了承してくれた。
「ありがとうございます」
俺は、深々と頭を下げる。
この人には多分ずっと頭が上がらないな。
「二年半前の二の舞にならない様に、――頑張りなさい」
聖リント教会にとってもこの依頼はチャンスの筈だ。俺を殺す絶好のチャンス。
第三階層には一切監視の目は無く、死亡率は桁違いに高い。アナライズアーツの探索者だけが全滅したとしても、それを聖リント教会が行ったと言う証明は誰もする事ができない。
だから確実に乗って来る。
――――
「確実に罠だぜ」
ロイド・B・マルクスが朔間疑徒に対してそう発現する。
その手には総合ギルドから贈られて来た、合同クエストの指令書が握られている。
探索者ギルドは総合ギルドの命令を『ある程度』聞く義務がある。ある程度とは、ランクに対応するギルドポイントを稼ぐというシステムだ。
通常は総合ギルドに来た新人探索者の育成や、パーティーの斡旋等で稼ぐポイントだが、Sランクギルドともなると、その数値は馬鹿にできない。
ただ、その通知書にはこの作戦に参加するだけで、そのギルドポイントを3年分進呈すると書かれている。
「でしょうね」
けれど、そこに書かれた同行ギルド欄に記載された『アナライズアーツ』の文字を見てロイドはそう発言したのだ。
けれど、そんな忠告を受けても朔間疑徒の余裕の笑みを崩れる事は無い。
「ですが、相手が折角こんな都合の良い舞台を用意してくれたのです。乗るのも一興でしょう」
「えぇ、少しでも速く勇者を決めるべきでしょう」
「テメェは黙ってろや新参」
聖女の発した言葉に、嫌悪感を隠すことなくロイドは怒鳴る。
彼からしてみれば、昨日今日ギルドに入ったばかりの人間が自分と同じ立場で話している事が気に入らなかった。
「ロイド、やめなさい。彼女は最重要な役割を持つ客人だ」
「ッチ……」
最高位の立場にあるギルドマスターにそう言われてしまえば、部隊長レベルの地位でしかない彼は黙るしかない。
舌打ちを一つして、ロイドはそっぽを向いた。
「参加します。ロイドとロランスは準備を」
「ったく、分かったよ」
「畏まりました」
素直に返事をしたロランスだが、その形相はずっとロイドに向いている。
彼の態度が容認できないのだろう。まるで、自らが敬愛している神仏を汚す神敵を見るかの如き怒りの表情で、ロイドを睨みつけていた。
しかし、主から命令された仕事とあればそれを最優先する男だ。
素直にロイドと一緒に部屋を出て行った。
(ぜってぇこいつ部屋から出たら小言言ってくんだろうな……)
(部屋からでたら、あの方の目に入らぬ様に始末してくれる……)
部屋から二人が出ていくと、朔間疑徒は聖名守凛佳へ向き直る。
「それで、凛佳さん。もう一度確認しますが、天空秀を殺すという事でよろしいのですね」
何かを期待するように、朔間疑徒はそう問いかける。
それに対して、聖名守凛佳は本当に何も分からないと言うばかりの心からの疑問を提示する。
「――何か問題があるのですか?」
そう言いのけた彼女の、まるで未来に向けるような愉悦的な表情を見て朔間疑徒は戦慄を覚える。
そして同時に、少しだけ苦い顔をしていた。
「面白そう!」
と思って頂けましたらブックマークと【評価】の方よろしくお願いします。
評価は画面下の【★星マーク】から可能です!
1から5までもちろん正直な気持ちで構いませんので是非。