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少年ブレンド  作者: けい
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7 新しい朝


 客室は今夜は使われている。

 母親、自分、客室と続く間取りを思い出し、グロッザは自分のなかの考えを掻き消すようにベッドに潜り込む。

 隣室からは音は聞こえない。本当に何も聞こえない。気持ちの悪いくらいの、作ったような無音だ。きっと戦場の猛者には、生活音を消すぐらい容易い。隙だらけになる睡眠時間はきっと短い。軍人には当然のことだろう。

 地面に押し付けられた時の、鍛えられた腕の感触を思い出して、変な声が出る。小さな呻きともとれるそれは、頼りなく部屋の天井に消えていく。

 ベッドと机があるだけの簡素な造りは変わらない。壁もカーテンも白で統一されており、家具の茶に合うのだが、いくら綺麗に修繕していると言っても老朽化には勝てない。どこか純白には欠けるその部屋も、今は夜の闇が支配している。

 明日のことを考えると早く寝るべきではあるが、今日のことを考えるとどうにもこうにも眠れなくなる。

「……あー」まさか初めてのキスが魔族の男になるなんて。

 自分がなんとなく思い描いていた初恋ストーリーとは全然違う。でも自分の心も身体も、その全然違うことを受け入れてしまっている。

「……」

 気持ち良かった。心地よかった。幸せだった。自分よりきっと、自分の全てをわかってくれる。そんな気がする。きっと――

「……」

 もっと自分の弱いところを――

 あの力強い手が、薄い唇が。もっと気持ちよくしてくれる。

「……っ」

 隣の静けさに涙が出た。

 自分はこんなに、こんなに――

 継ぎはぎだらけの薄い壁だ。いっそのこと聞かれた方が良いのかもしれない。そう思い至った時には、本当にそうな気がして羞恥心が一気に膨れ上がる。

「うぅ……」

 嗚咽混じりのその声は、静かな闇に溶けていく。










 翌日。

 なかなか寝付けなかったグロッザが目覚めて食堂に顔を出した時には、既にゼトアは朝食を食べ終わっていた。今度こそはと言わんばかりにルツィアの洗い物を手伝っている。

 仲睦まじいその光景に、声をかけることを躊躇してしまう。

 長身のゼトアに並ぶ母親の背中は普段よりも小さく感じ、そこに見たことのない色気を滲ませている、ような気がした。心のなかに何か黒いものがドロリと広がる感覚を覚えながら、グロッザはただ見詰める。

 昨日と同じ格好の――さすがに防具はつけていない――ゼトアに、深い緑色のワンピース姿の母。母のお気に入りの色合いで、身体のラインが出るデザインだ。鈴がなるような清らかな笑い声が聞こえ、同時に淡い碧を湛えた目が細められた。

 あれは母親なんかじゃない。女だ。母親の女の顔なんて見たくない。

 それに――その隣に、意識を向けたくない。 きっとそれに相応しい表情を返しているであろう彼の顔を見れない。

 朝食はもう構わないじゃないか。どうせ食欲はなくなったし、もう何も喉を通らない気がする。

 頭のなかでそう指令を出しているのに、身体の反応が著しく悪い。俯くことには成功したが、回れ右がまだだ。だが、そんなことをしていたらゼトアがこちらに振り返った。

「この息子はいつまで母親を待たせるんだ? 早く食べてやれ。そうしないとなかなか片付かないだろう」

 薄く笑いながら言っているので冗談のトーンだ。その証拠に隣でルツィアも微笑んでいる。

「準備するから早く食べなさい。食べたら早速向かうんだから」

 グツグツとスープの入った鍋を火にかけながら、ルツィアが盛り付ける準備を始めた。

 ゼトアがするりとこちらに近寄る。足音を殺しているのか、全く音がしない。ルツィアは鍋を見るために背中を向けている。

 とりあえずテーブルについたままの姿勢で止まってしまったグロッザの頭を、彼は優しく撫でてくれた。嬉しい。一気に体温が上がった気がする。

 母親がいつこちらを振り返らないか気になって、手の動きに集中できないでいると、「妬くなよ」と耳元で囁かれ思わず飛び上がりそうになった。

 スープがカップに注がれた。次はその隣の容器に入っていたハムと野菜を盛り付ける。

 まだ少しだけ――

 耳元にあった彼の口元に合わせるように顔を向け、そのままキスを受け入れる。昨夜より少し激しい。初めての、口の中をなぶられる感触。

 トレーの上に料理が揃った。

 本当に、本当に小さい水音を残して離れ、何事もなかったかのように彼は食堂を出て行く。

 でも、何事はあった。

 グロッザの心にはもう、あの黒いものはなくなっている。そこにあるのはジンジンとする胸の暖かさと、わけのわからない幸福感だ。

 まだボーッとする表情を母親に見つかり、「まだ寝ぼけてるの?」と笑われたが、そんなことはどうでも良かった。

 口のなかの感触を忘れたくなくて、食べ始めるのがもったいない。自分の耳にだけまだ反響する水音に、ずっと浸っていたかった。


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