9 訪問
この王都は王城を中心として街が展開している、いわゆる城下街であった。
王城の周りには、行政の中枢機関が位置するとともに、貴族の屋敷がとりまく、高級住宅街のゾーンとなっている。
その高級住宅街の周りに、いわゆる庶民の住宅や、商店が並んでいる一般住宅街のゾーンがあった。
地価は王城から離れて外側へ行くほど低くなり、自然と外側ほど住宅や店、身分のグレードが低くなる構造である。
また、王城を中心として放射状に大きな通りが何本か伸びており、この通りが大通りだとか表通りだとか呼ばれている。この通りを、不規則な路地が結んでいる形状となっている。
レイたちの事務所は、一般住宅街のゾーンに入るものの、高級住宅街に近い場所に位置し、さらに大通りの一本に面しているため、かなり優良な立地条件となっている。
対してクララやテレサが住まいとしているのは、もう少し外側のエリアであった。
「あいかわらず通りは活気があるな。」
ユウがつぶやくが、レイもその通りだと思っていた。通りは通行に困るほどの人であふれているわけではないが、常に人や馬車が行きかっている状態である。人口密度の日本でも、これほど活気があるのは政令指定都市の中心部くらいではないかと思う。
「経済レベルは結構高そうだよね。行政はどうなんだろう。」
「新聞や書籍も販売されているようだし、活版印刷技術なども既にありそうだな。ここまで大きく清潔な都市だからな。行政やインフラも整えられているだろう。」
ユウと話していると、この世界にさらに興味がわいてくる。
(まだまだこの世界に来たばかりで、王都の散策すらろくにしていない状態だったから、今度暇なときにでもユウと王都を見て回ろう。どうせ、暇なのだから。)
そう思って、ユウのほうを見ると、ふと厚みが5~10cmほどもある分厚い本を小脇に抱えているのが見える。タイトルはなく、厳かな装丁で、外国の古書のようなイメージだ。
「ちょっと。まさか、仕事で外出中も隙あらば読書するつもりじゃないでしょうね。」
「別に悪いことではないだろう。学校でも二宮金次郎の像を置いて、ながら読書を推奨しているだろう。」
「そういう意図じゃない!勤勉の象徴として置いてあるだけで、決して歩き読書や歩きスマホを肯定するものではないはずだけど…。」
言っていて自信がなくなってしまった。当時では褒められこそすれ、現代では褒められるものではないのではないだろうか。
そんなことを考えながらしばらく歩いていると、香ばしいパンの香りが漂ってきた。
「うーん、良いにおいがする!」
「もうすぐ、テレサちゃんのお家だからね!テレサちゃんのお家はパン屋さんなんだよ!」
すると通りに面したこじんまりとしたパン屋が見えてくる。小さいながらもそれなりにお客さんは入っているように見える。
「おじさん!」
クララが声をかけると、テレサの父親と思われる中年の男性がカウンターの向こうで振り向く。調理服を着ており普段はパンを焼いているようだが、たまたまカウンターに出ていたようだ。
「…クララちゃんかい。こんにちは。今日はどうしたんだい。」
テレサの父親は、ぎこちない笑顔を浮かべて、クララに話しかける。顔色が良くないようにも見える。
「あの…。テレサちゃんに会わせてもらいたいんですけど。ダメですか…?」
クララがそういうと、テレサの父親は苦々しい顔をする。
「ごめんね。テレサは今日も体調が良くないみたいで。風邪かもしれないし、クララちゃんに移してしまったら大変だからね。….ところでそちらの方々は?」
どうやらこちらが気になっていたようで、話を向けてくる。
面会を断られて不安そうにするクララに代わってユウが答えた。
「お仕事中にお邪魔しまして申し訳ございません。私たち、王都探偵事務所のものでございます。この度は、こちらのクララさんに依頼を受けまして、テレサさんの体調不良に関してご協力差し上げたいと考えているところです。」
ユウがそういうと、テレサの父親は顔を青くする。
「探偵事務所って、最近、王家公認で設立された…。ご協力の申し出はありがたいですが、必要ありません。ちょっとした体調不良ですので。」
「クララさんにお聞きしたところ、突然錯乱されたとか。重篤な中毒症状の可能性もあります。どうか、少し容体を確認させて頂くだけでもできないでしょうか。」
「…お引き取り下さい。」
もはや、テレサの父親の声は震えていた。どうやら、悪魔憑きであることを確認しに来たのではないかと、警戒されてしまっているようだ。
どうやら説得は難しいそうだ。とりあえず、今は出直した方が良いかもしれない。ユウがそう考えていたところ、踵をかえしたテレサの父親に声をかける者がいた。
「すみません。」
「おお、商人さん。いかがされました。」
「定期的に購入いただいている麦の、卸値と数量でご相談があるのですが。お取込み中でしたか?」
「いえ、もう済みましたので。こちらへどうぞ。」
そうして、商人と思しき男が店に入っていく。年齢は20~30歳ほどと若いが、服装の質はよく、商売はうまくいっていそうだ。
「仕方ない。今日は出直そう。もう夕方になるしな。」
「…はい」
意気消沈したクララが頷く。
「明日また、事務所に来れるかい?今後の予定を詰めたいと思うが。」
「ごめんなさい。明日は一日中お家のお手伝いをしなくちゃいけなくて。明後日なら大丈夫です。」
「わかった。では、明後日に。」
そうしてクララと別れて、事務所へと戻った。事務所に戻ったころには、ちょうど日が暮れる時間となっていた。
「それでどうするの?取りつく島もない、って感じだったけど。」
「まあ、部外者の俺たちが行っても警戒されるのは目に見えていたからな。更に俺たちの事務所は王家公認らしいから、逆に恐れさせてしまったかもしれないな。現状ではテレサの状態を確認するのは難しいかもしれないな。まあ、最悪虎の威を借るか…。」
「それって…。」
また、不遜なことを考えていそうな予感がする。
「まあ、どのみち明日はクララがいないから、そっちのほうはどうともならん。明日は悪魔に関する調査でもするとしよう。」
こうして、初以来の初日の調査は終了した。先行きも見えないまま。本当に探偵としてやっていけるのだろうかと不安になってしまう。
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翌日の朝、朝食をとり、事務所で今後の相談をユウとしていると、来客があった。
「おはようございます、ユウさん、レイさん!探偵のお仕事は順調ですか?」
「リーリア様!」
いきなり、王女様が訪問するなんてこっちの常識的にはありなのだろうか。今日は護衛を2人連れてきているようだ。
「あんまり順調ではないですけど。昨日初依頼をいただいたんですよ!」
「まあ!おめでとうございます!」
リーリアを席に促し、レイとリーリアが楽しそうにおしゃべりを始める。この2人はテンションが近いためか、とても仲が良かった。
それをうんざりしたようにユウが見てくる。
「それで、今日はどんな御用でいらしたんですか?私たちの様子を見に来てくれただけってことはないと思いますが。」
一通りレイが近況を報告したところで、リーリアに要件を聞く。
「もちろんそれも目的の一つですよ。もう一つは、先の事件の顛末についてお二人にお話ししておこうと思いまして。」
先の事件というのは、リーリア誘拐事件のことだろう。実際に私たちは、その事件に関して直接関わった部分以外は良く知らされていなかった。
「あの日、私はお姉さまへの贈り物を探して市井に出ておりました。外出は控えるように言われておりましたが、どうしても自分の目で見てみたくて…。こっそり抜け出してしまったのです。」
どうやらリーリアは意外とお転婆なところがあるようだ。
「それを第二王子派閥のだれかに気づかれていたようで。非合法な人身売買を行っていた奴隷商人に私の誘拐を依頼したようです。彼らはいわば誘拐のプロみたいなものですから。
私を人質に第一王子派閥に何らかの要求をのませるのが目的だったと思われます。
誰が奴隷商人に誘拐の依頼したかまで突き止めることはできませんでした。」
「奴隷商人が口を割らなかったということでしょうか?」
気になったのかユウが口を挟む。
「いえ。奴隷商人は殺害されてしまいました。口封じと思われます。末端の実行部隊は、依頼者について、一切知らされていなかったようです。」
「..なるほど。」
どうやらばりばりの政争真っ最中みたいだ。ただ、そんなことがあったのに、リーリアはこんなところにのんきに顔を出して良いのだろうか。
レイの疑問をくみ取ったのか、リーリアがほほ笑みながら答える。
「今は護衛をいるので問題ありません。こう見えても王女ですから、国内でもトップクラスの近衛をつけております。近衛の戦闘技能の水準の高さは有名ですので、護衛が居る限り手を出してくる人もいないと思います。」
思わず、二人の護衛にちらりと目をやってしまう。平然とたたずんでいるが、この人たちは、いわばこの国から選ばれた最強の人間に分類されるのだろう。魔法などというものがあるのだから、その戦闘力は私達からしたら、もはや超常的なレベルに達しているに違いない。リーリアの敵とみなされたら、一瞬で首を落とされてしまうだろう。何となく背筋が寒くなってしまった。
「黒幕を割り出せなかったことは残念です。周辺諸国のこともありますから、いつまでのこの国の内部で争っている場合ではないのですが…。」
(周辺諸国か。そういえば、この世界の地理については、私全く知らないな。いつも本ばかり読んでるユウは詳しいかもしれないけど。)
ついでだから、リーリアにそれとなく聞いてみることにした。
「周辺諸国のことっていうとなんですか?私あんまり地理に詳しくなくて…」
「このクイドクアム王国は内陸の国で、周りを4か国に囲まれています。基本的に周辺諸国とは良好な関係を築いていますが、この国の北側に接する二グラム王国とはここ数十年の間でも小規模な衝突が発生しており、現在は小康状態にあるものの、やや不安定な状況です。国内の情勢が乱れれば、二グラム王国が国境を侵攻する機会を与えかねません。ですので、王位継承問題で国内が分裂するような状況は避けねばなりません。」
当たり前かもしれないが、戦争のない平和な世界というわけではなさそうだ。日本ではなじみのない話題に加えて、ややスケールの大きい話に、なるほどー、という感想しか出てこない。
あまりこちらが実感を持てないことは感じ取ったのか、リーリアは話をそこで切った。
「…改めてお二人にはお礼を申し上げます。お二人があの場にいなければ、私はこうして談笑することも永遠にかなわなかったのですから。」
リーリアが改めてそんなことを言うが、お礼については散々言われており、挙句にお金までもらって、仕事の世話までしてもらっているのだから、逆にむずがゆくなってしまう。
「そして私を助けて頂いたように、どうか王都の皆様にもお手を差し伸べていただければ幸いです。」
「まあ、そうしたいのはやまやまなんですけどね。何せ依頼が…。」
依頼がなかなか入らないのはリーリアも知っていたので、なんだか微妙な空気になってしまう。
「…そ、そういえば、初依頼があったとうかがいましたが、いかがですか?」
慌ててリーリアが話題を振る。そこで、ユウは依頼内容についてリーリアに簡単に説明した。正直、依頼内容については流出させるべきではないとも思うが、相手は王女様なので、個人情報だけわからないようにして、かいつまんで説明した。
リーリアは話を聞いているうちに、目をきらきらさせて興味を示した。
「悪魔憑きを解決するという依頼ですか。お二人とも、さすがです!」
何が、さすがかはわからなかった。
「というわけで、本日は悪魔に関する調査をしようと考えていたのですが。リーリア様は悪魔に関しての情報に心当たりはありませんか。」
ユウが、リーリアに問いかけるが、リーリアは渋い顔をする。
「申し訳ありません。私は特段悪魔に関して詳しいというわけではありませんので。悪魔の専門家といえば教会の人間がそれにあたると思いますが、基本的に教会は悪魔憑きに関しては即討伐の姿勢を構えておりますので、安易に頼らない方が良いかもしれません。情報収集ということでは、王立図書館で文献調査をすることはできますよ。」
文献調査か。ユウは既に書物をすらすらと読める域に達しているようだが、レイはまだ文字の読み書きにかんしてはおぼつかなかった。目下勉強中である。
ただし、ユウは王立図書館に興味を示したようである。
「王立図書館は誰でも利用できるのですか。」
「誰でもというわけではありませんが、お二人には私が口添えをすれば利用可能になりますよ。よろしかったらご案内致しますが。」
「ぜひお願い致します。」
あれよ、あれよという間に本日の予定が決まってしまった。正直私は役に立てなさそうな気がするぞ。
それから、王女様がそんなにフットワークが軽くて良いのだろうか。
何か釈然としないまま、レイとユウは王立図書館へ向かう準備を始めた。