8 悪魔憑き
「悪魔、邪悪な性質をもつ霊的存在、魔物の一種とみなされており、存在が確認されれば討伐対象となる。特に神聖と対極に位置する概念の存在であるため、教会にとっては絶対的な敵性存在とされている。」
レイが本の一つを取り、悪魔に関する説明をする。
「悪魔が現世に顕現する形態はさまざまであるが、人間に憑依することで肉体を得て現世に干渉することもある。この状態の人間を一般に悪魔憑きと呼ぶ。」
どうやらこの世界には実際に悪魔の存在が認められているようだ。
「魔物の一種っていうことは、この世界には魔物っていう生き物のくくりがあるってこと?」
「そうだな。」
そういってユウは別の本を取り出してぱらぱらとめくる。
「魔物と一般的な生物の違いは、生命維持にエーテルを利用しているか否からしい。だから、魔物は俺たちから見るとやや超常的な性質をもつ傾向があるな。ただし、動物と区別がつかないような魔物もいるらしい。」
「お姉ちゃんたちは魔物を見たことないの?」
幼女が不思議そうに質問してくる。
「そうね。私たちは見たことないのだけれど….あなたはあるの?」
レイがそういうと幼女は何かに気づいたように慌て出した。
「あ、すみません。わたし、名前も名乗ってなくて…。私はクララっていいます!」
「クララちゃんね。私はレイ、この男の人はユウっていうの。よろしくね!…それで魔物のことなんだけど。」
「あ、私は見たことあります。下水道からスライムなんかがたまに上がってきたりするので。人が近づいてくるとまとわりつこうとしてくるので、見つけたら衛兵さんがやっつけてくれるんです。」
「へー…」
適当な相槌を打ちつつも、レイはスライムという単語に一種の感動を覚えていた。
(スライムかー。いかにも異世界というかRPGっぽい魔物がでてきたな。ちょっとわくわくしてしまうのはゲーム脳だからかしら。)
ろくにゲームをやったことがないのに、レイはそんな思考をする。すると、ユウがクララに疑問を投げかける。
「人にまとわりつくというのは、一種の攻撃的行動なのかな?」
「そうだと思います。スライムは色んな物を溶かしたりできるみたいなので…。ただ、それも強いわけではないので、すぐに物が解けたりはしないんですけど、人が触れると肌が赤くなってひりひりしたり、ひどいと火傷みたいになっちゃうみたいです。
魔物は人を襲ったりするのが多いから気をつけなさい、ってお母さんが言ってました。」
やはり、魔物と聞いた時の恐ろしい印象に違わず、魔物は危険なものとして認識されているようだ。
「ありがとう。魔物についてはよく分かったよ。それでは、君の悩みについて詳しく教えてくれるかな。」
「うん…。」
そう言うと、クララは話を始めた。
クララの友達のテレサは、近所に住む女の子の幼馴染で、歳も同じ9歳だそうだ。二人は家の手伝いをしながら、空いた時間には近所のほかの子供も交えて、一緒に遊んでいるらしい。
そんなテレサの様子がおかしくなったのは、数週間前のことだったという。
クララは、いつも時間になると集合している空き地に現れないテレサを心配に思い、テレサの家まで迎えにいった。すると、テレサの家にはちょっとした人だかりができていた。
そこには大声でわめき散らし暴れながら、大人たちに何とか取り押さえているテレサが居た。叫んでいる内容は意味不明で、その形相は人と思えぬほど恐ろしいものだった。
その日クララは家にそのまま帰ったのであるが、その日以降テレサに会うことができず、ただテレサを心配する日々を過ごしていた。
「…たぶん、テレサちゃんは大人たちがいう悪魔憑きっていうのになったんだと思います。ある日、別人みたいに凶暴になって、なんにもお話ができない状態になっちゃうんだって。
そういう悪魔憑きになった人は教会の人が捕まえて殺しちゃうって聞いたことがあるんです。
だから、教会の人が来る前に、テレサちゃんを悪魔憑きから助けて欲しいんです!」
そう言って、クララは話を締め括った。
(悪魔憑きねぇ…)
レイとユウは黙ってクララの話を聞いていたが、レイは“悪魔憑き”というワードから想像する禍々しさや超常性と比べて、クララの今の話は若干インパクトに欠けるような気がしていた。
「ねえ、ユウはどう思う?本当に悪魔憑きなのかな。」
「実際に悪魔というものが関わっているかどうかは調べてみないとわからない。ただし、今聞いた話に理由をつけるだけなら、悪魔以外でも理屈が立ちそうだな。
考えられるとしたら、この世界特有の悪魔だとか魔法とかの俺たちにとって超常現象に端を発するもの、精神障害や脳機能障害などの病やけがによるもの、薬物や毒物もしくはそれらを含む食べ物などによるもの、のうちのいずれかになるだろうな。」
「確かに、私たちの世界でもありえそうな話ではあるよね。変なきのこ食べて中毒症状が出る、みたいな事件もあるし」
「ああ。ただ、重要なのは理由がいずれかであるとして、俺たちに解決可能かどうかだろうな。調査によって原因を絞ることは可能と考えるが、理由が悪魔だとか病などだった場合に対処法が存在するかかが分からない。
ひとつ聞きたいのだが、テレサは頭を強く打つようなけがを最近したか?」
「ううん。私たちは男の子たちみたいに危ない遊びはあんまりしないから遊びでけがをすることなんてほとんどないよ。最後にテレサちゃんを見たときもけがなんかはしてないように見えたけど。」
「そうか。であれば、精神障害や脳機能障害などの病やけがによるものというのはないかもしれないな。先天的な障害ということであれば、ある日突然というのも考えづらいからな。」
「てことは、ほんとに悪魔みたいな魔物とか魔法によるものか、もしくは毒物を摂取したからってことかな。」
「ああ。ただ、毒物の方はあまり問題なさそうだな。即死級のものならともかく、錯乱する程度であれば、継続的に摂取でもしない限り、症状は落ち着くだろうからな。問題は、悪魔や魔物、魔法による場合だな。この場合、元凶を排除する必要があるが、討伐が可能な相手かどうか…。」
クララをちらと見ると、私たちの話の内容が分からずに不思議そうではあるが、それでも私たちが難しい顔をして話しているのを見てなんとなく不安そうにしている。
とりあえず、クララを安心させてやるのが先だろうな。
そう思って、ユウをみるとこくりと頷く。ユウを同じことを思っていたようだ。そこで、笑顔を作ってクララに向き直った。
「それじゃあ、クララちゃんの依頼、私たちが責任をもって引き受けるわ!」
そういうと、クララがぱあっ、と笑顔になる。
「ありがとうございます!」
そこでユウが口を挟む。
「ただし、俺たちが依頼を受ける内容は、君の友人が豹変したことに関する原因調査とさせてもらう。今の俺たちには、悪魔が関与していた場合に、解決できる保証がないからな。しかし、解決するための協力は全力でさせてもらう。」
「はい!それで大丈夫です!ありがとうございます!」
クララは若干潤んだ瞳で、喜んでくれる。
(うん、うん。人に感謝されるって、気持ちが良いなぁ。…ってまだ、何もしてないんだから、油断しちゃだめよ私。)
そんな風に自分を戒めているとふと、ユウの視線が目に入る。何か残念なものを見るような眼でこちらを見ている。この男は人の思考が読めるのだろうか、とあり得ないことを考えてしまう。
ユウは視線を外して、クララに向き直る。
「そうと決まれば情報収集だな。何はともあれ、まずはテレサの容体を見ないことには始まらない。テレサに会えるようにしてもらうことは可能か?」
「…難しいかもしれません。私も何回かテレサちゃんに会いに行ったんですけど…体調が悪いから誰にも会わせられない言われちゃって…」
「なるほど。さっき悪魔憑きは教会が討伐すると言っていたな。おそらく悪魔憑きが出たという噂を立てたくないんだろうな。それだと、俺たちが訪ねてもテレサに会わせてもらうのは難しいかもしれないな。」
「まあ、取り敢えず行ってみましょ。まだお昼だから時間はあるし。門前払いされたらされたでその時考えたら良いじゃない!」
雰囲気が暗くなりかけたので、ユウが楽天的な意見でまとめる。
「…そうだな。とりあえずは行ってみないと始まらないか。案内を頼めるか?」
「はい!」
こうして、取り敢えずテレサの家に向かうこととなった。