6 救出
「何とか対象は確保したな。」
「はい、途中で妨害が入りましたが確保しました。先方も早急に取引にいらっしゃるとのことです。」
「そうだな。さっさと引き取ってもらわないとこちらも困るからな。ここに置いておくのはリスクが大き過ぎる。」
「はい。ただ痕跡は残しておりませんので、ここにたどり着くことはあり得ないかと。」
「それもそうだ。この手のことに関して我々はプロだからな。」
二人は誰かの耳があっても良いように固有名詞や重要な情報につながる単語を出すことなく、仕事の話しをしていた。
そこへ、エントランスの扉を叩く音が聞こえる。もう日も暮れているので、営業時間は終了している。したがって一般の客や取引先が来訪するはずがない。しかし、二人には夜の来訪客に対して何ら訝しむ様子はなかった。なぜなら、こんな時間にくる客に心当たりがあるからだ。
「先方が到着されたようだ。失礼があってはならない方だからな。私が出迎えよう。」
そう言って、男の一人がエントランスまで出て扉を開く。すると想像した者とは異なる来訪者たちがそこにはいた。
揃いの制服に、腰に佩た細剣や手に持った槍を見れば、全員がこの王都の衛兵と分かる。人数は十名以上いるだろうか。
男の顔色が途端に青くなる。自分が窮地に陥っていることを俄かに理解する。
「こ、これは。如何なるご用件でしょうか?」
「問答は無用。貴方は王女誘拐の容疑がかけられている。中を改めさせてもらうぞ。」
「!!」
そう言って、男を押し除けるように衛兵たちはズカズカと建物の中に入っていく。
「お待ちを!王女誘拐などと...何かの間違いにございます!どうかお待ちを!」
必死で引き留めるものの、衛兵たちは取り合わない。既に、王女誘拐の件は情報が漏れてしまっているようだ。そして、館の奥を見聞されては決定的な証拠が出てきてしまう。しかし、時間稼ぎをする暇もなく衛兵たちの侵入を許してしまった。
衛兵たちが館のエントランスから廊下まで進むと、黒い装束を纏い短剣を手にした男たちが5~6人ほど扉や廊下の奥から飛び出してきて、最後の足掻きと言わんばかりに、衛兵たちに襲い掛かる。
しかし、衛兵たちは冷静に陣形と連携を崩さずに、一人ずつ制圧していく。それもそのはず、黒い装束の男たちは荒事を専門としているとは言っても、いわば影の仕事。対人先頭のプロたる兵士に真っ向から挑んでも敵うはずはなかった。
衛兵たちはすぐに敵を制圧すると、拘束する人員を残し、2人1組に分散させ、瞬時に館内の捜索へと移る。
「対象発見!」
捜索対象の発見が伝えられると、隊長はすぐに知らせのあった部屋へと向かう。そこには燃えるような赤髪の少女が泣きそうな顔で、小さな部屋の中でへたり込んでいるのだった。
「よし!直ぐに城へと護送する!また1名を任務達成の伝令に向かわせろ!護送班の他は容疑者の確保だ!特にこの奴隷商館の主人は逃すなよ!」
こうして、王女の無断外出に端を発する王女誘拐事件は一応の解決をみるのであった。
—————
柔らかな朝日で目を覚ます。レイは起き上がりたくないと思うほどフカフカで快適な布団に抱かれて寝ていた。まだうまく働かない頭を左右にゆっくりと向けてみると、大きなベッドの上で自分が寝ていることがわかる。
ゆっくりと上体を起こして周りを見てみれば、部屋の中も無駄に広く、調度品は豪華でアンティークのようなイメージのデザインだ。
レイは弱々しくため息をついた。
どうやら昨日の出来事は夢ではなかったようだと、自分が寝ているとても現代日本に存在しているとは思えない寝室の趣から理解する。
すると、こちらの起きるタイミングを計ったかのように扉をノックする音が聞こえる。
「はーい!」
こちらのマナーとしてどうかはわからないが、取り敢えず返事をする。
「失礼します。」
「おお!」
そう言って入ってきたのは女中、いわゆるメイドだった。エプロンドレスにホワイトブリムの絵に描いたようなメイドであり、思わず感嘆の声が漏れてしまい、不思議そうな顔で見られてしまった。
「いかがなさいましたか?」
「あ、いえ、メイドさんの制服を見慣れていなかったもので、つい...」
「さようでしたか。」
そう言ってにこりと微笑むメイドさん。表情や佇まいに関しても教育を受けているのだろう。笑顔ひとつとっても品があり思わず見とれてしまう。
「オリヴィア様よりレイ様が起床されましたら、オリヴィア様の私室にご案内するように仰せつかっております。お目覚めから間も無くのところ恐れ入りますが、御支度いただけますか?」
「分かりました。」
そう言うと顔を洗うための水をボウルに入れて持ってきてくれていたようで、鏡の脇に置いてくれる。支度といっても、顔を洗って貸してもらった寝巻きから、昨日着ていた高校の制服に着替えたらおしまいだ。速攻で支度を終えて、待機してくれているメイドさんに呼びかける。
「終わりました!」
「それでは、ご案内致します。」
メイドさんに付いて行って扉を出ると、幅広い廊下に出る。昨日は疲れていたのと暗かったのとでよく見ていなかったが、改めてみるとスケールが大きい。余裕で車が走れそうである。あんまりきょろきょろしてたら恥ずかしいと思いつつも、やっぱり物珍しくて視線が忙しなく動いてしまう。
(ここって王城だから、王様とすれ違っちゃう事もあるのかな。その時はどうすれば良いんだろう?脇に寄って頭を下げたまま、通り過ぎるのを待つとか。もしかしたら、跪かなきゃいけないのかな。私スカートなんだけど...。失礼があって不敬罪でその場で打ち首とか言われたらどうしよう!)
などとどうでも良いことを考えていたら、オリヴィアの部屋まで着いたようである。
部屋に入ればオリヴィアとリーリア、ユウが丸テーブルを囲んで座っている。
「よく来てくれた。こちらに座ってくれ。」
オリヴィアがテーブル沿いの椅子を勧めてくれるので、遠慮無く腰を下ろす。朝食用の軽食がテーブルに並べられている。
「朝食を用意したので、食べながらでも話をしたいと思ってな。私の部屋に来てもらったのだ。どうぞ召し上がってくれ。」
正直お腹が減って仕方がなかった。オリヴィアが勧めるや否やもしゃもしゃと食べ始める私。それを、卑しい家畜でも見るような目でレイが見ている。
だってしょうがないじゃない。昨晩はばたばたしてて、ろくな食事を取れなかったのだ。
「...改めてお礼を言わせてくれ。妹のリーリアを助けられてのは貴方達のおかげだ。ありがとう。」
「あっ、ありがとうございました!」
オリヴィアがお礼を言うのを見て慌てて続くリーリア。
「ユウ殿の助言がなければ、リーリアを直ちに見つけることはできなかっただろう。それにしても、ユウ殿はどうして奴隷商館にリーリアがにいると見当をつけたんだ?」
「むぐっ、それ、私も聞きたい!」
口の中のものを慌てて飲み込み、オリヴィアに同調する。
「目だよ。」
「目?」
「レイが戦った実行犯の一人は特徴的な黄色掛かった虹彩をしていた。実行犯達は身体的特徴を目撃されないようにほとんどの部分を布で覆っていたが、目だけは隠せないからな。
奴隷商館で主人と話していた男がいただろう。同じ黄色い目をしていたから気になったんだ。」
確かに奴隷商館で主人と二人で話していた男がいたが目の色までは覚えていない。確かに、リーリアやオリヴィアの髪のように、珍しい身体的特徴から対象を絞れることはあるだろう。しかし、目の色が一致していただけで同一人物と断定するのは些かチャレンジングではないか。
そんな思考をしているとユウが話を続ける。
「それと、奴隷商館での会話の中で気にかかることがあったからな。」
「?私には普通に仕事の話をしているように聞こえたけど。」
「どこでだれに聞かれても良いように、当たり障りのない会話に聞こえるように気をつけているのだろう。ただ、よく聞けば内容がおかしかった。」
おかしな内容などあっただろうか。レイは聞こえた会話の内容を思い出す。
― ...の商品の仕入れのめどが立ったようです。 ―
― そうか、であれば先方にも連絡してくれ。仕入れ次第早急に取引に移ろう。 ―
「仕入れの目処が立ったとか、先方に連絡するとかいうことを言っていたよね。」
「そうだ。奴隷は身分の一つであり、犯罪者が奴隷の身分に落とされることがあるという話だった。
奴隷商館で売られる奴隷は、主人をなくした奴隷か、犯罪によって新たに奴隷となったものしかありえない。
だから、先方の希望に沿って新しく奴隷を仕入れるなんて方法は存在しないはずだ。
もしできるとすれば、対象の主人に対して奴隷を保持できない状態にする、対象に罪を着せて犯罪奴隷に落とす、もしくは...。」
「奴隷か否かに関わらず対象を確保して売買する、ってこと?」
私の言葉にユウが静かに頷く。
「オリヴィア様、今ユウが言ったような方法は...」
「当然非合法だ。特に奴隷を除く人身売買は重罪だ。奴隷についても本人の承諾がなければ売買は不可能だ。」
念のためオリヴィアに聞いてみたが、やはり非合法な手段であるようだ。それを聞いてユウ話を続ける。
「そこで、奴隷商館で非合法な’’商品’’の仕入れが行われているのではないかとの疑問を持った。そして、リーリア様を攫おうとした男たち。彼らは、明かに’’そういうこと’’のプロだった。
そこで俺は奴隷商館とその実行犯に繋がりがあると考えたんだ。」
そこで、ユウが話を切るとシンと部屋が静まり返る。ユウが話したことを頭の中で反芻する。
あいかわらず大したやつだ。誰もが途方に暮れていたところを、ユウだけが次に何をするべきかが見えていた。
(ユウについていけば、もしかしたら元の世界へも...)
そう思って顔を上げると、顔をキラキラさせてユウを見つめるリーリアが目に入る。
「すごいです、ユウ様!そのような少ない情報から全てを見通し、解決に導くなんて!」
「そうね。まるで探偵みたいだわ。」
やれやれという態度で、リーリアに同調する。
「タンテイ?とはなんでしょうか?」
「あー、探偵っていうのは、あらゆる人の悩みや事件について、調査や推理に基づいて解決に導く...、そう、言ってみれば何でも屋さんみたいなものです!」
「まあ、何でも!?それって、すごいです!」
自分が褒められているわけではないのだが、リーリアに尊敬の眼差しで見つめられてまんざらでもない。
「ではお二人は探偵なんですか?」
「いえ、私たちは探偵というわけでは無くて...今は訳あって無職なんです...」
「...そうなんですの。」
答えづらそうに言うと、リーリアも眉を下げてションボリ答えてくれる。
するとリーリアは少し考え込むような素振りを見せた後、良いことを思いついたと言わんばかりの笑顔になる。
「そうですわ!それなら、王都で探偵をされれば良いのではないでしょうか?」
手を合わせてにっこりと微笑むリーリア。えーと、話が変な方向に流れてきたぞ。
「今回私を救ってくださったお礼と言うことで、初期費用を私が使える予算から出資するということでいかがでしょうか?」
困った顔をする、リーリアを除く3人。それは、いきなり探偵をしろと言われても困ってしまいますわな。しかも、探偵に類する職業は、少なくともリーリアの知っている範囲には無さそうな言い振りであった。その状況で依頼を獲得するのは骨が折れそうだ。
困った顔をオリヴィアに向けてみる。なんとか言ってくださいお姉様。妹さんの思いつきで私たち探偵を開業させられそうになってます...。
想いが通じたのか、ちらとこちらを見たオリヴィアが口を開こうとすると、すかさずリーリアが畳み掛ける。
「あらゆる人の悩みに手を差し伸べ、進むべき道を照らす方がいらっしゃったら、王都で暮らす皆さんのためになると思うのです。だめでしょうか?お姉さま?」
そう言って手を胸の前で組んでうるうるとオリヴィアに語りかける。
オリヴィアはうっ、という顔をして少し目を瞑って考えると、笑顔で頷く。
「そうだな。素晴らしい考えだと思うぞ、リーリア!さすがは私の妹だ。」
「まあ、ありがとうございますお姉さま!」
だめだ。このお姉さまは妹に甘過ぎる。
がっくりと肩を落とすと、ユウが何余計なことを言ってくれているんだ、という非難の目でこちらを見てくる。
まあ、でも元の世界に戻るための情報を得るという意味では、探偵というのは悪くない選択肢じゃないかしら。
早速探偵開業の方針を練り始めるオリヴィアとリーリアと、引きつった顔でそれをみるユウを尻目に、思考の世界に現実逃避する私。
(人生って何が起こるかわからないっていうけど、ほんとにその通りだわ。)
こうして、異世界で探偵をすることとなったレイとユウだった。