5 再会
元来た道を戻りながらレイはユウに問いかけた。
「ねぇ、さっきのって魔法?」
「そうだ。奴隷商館で見た“光成”の魔法だ。術式の詠唱を覚えていたから使ってみたんだ。」
一度聞いた他言語の羅列を覚えているのも驚きだが、確か魔法の使用の可否には適性に大きく左右されるということだったはずだ。そんな、不確定的な手段をユウが取ったことも驚きだった。
「魔法のない世界から来た私たちは、全く適性がないってことも考えられたのによくチャレンジしたわね。」
「エーテルは大気中に存在している元素と考えられていると言っていたからな。呼気とともに取り入れらた分が自分の保持エーテルとして働くことはあり得ると思った。術式も正確に知っていて、事象の発現イメージも明確に持っていたから魔法が発動すること自体はあり得なくはないと考えていた。ただ、結果の大小は賭けだったから、十分に効果のある出力で魔法が発動したのは幸運だった。」
少女の手を引きながら会話を続ける。口を挟んではいけないと考えているのか、じっと二人の会話に耳を傾けている。
「それにしても、レイは格闘技や武術の心得でもあるのか?とても素人の動きには見えなかったが...」
「...まあ小さい頃から護身術を習っていてね。あれくらいのことは余裕よ!」
ユウは、とりあえずそれで納得したのかそれ以上のことは聞かなかった。しかし、余裕とは言ったものの実際はかなり危ない状況だった。正面から向き合えば、力量差があったとして3対1で相手を無力化するのは非常に困難なことである。ユウのサポートがなければ不可能だった。
そうして、もうすぐ表通りまで出られるというところで、フードを被った3人組が正面に立ち塞がった。さっきの誘拐犯の新手かと考えてて、レイはとっさに構える。
「リーリア!」
一人が叫びながら少女に駆け寄る。よく見れば、最初に話しかけられたこの子のお姉さんのようだ。
「お姉さま!」
少女、もといリーリアもお姉さんだと気付いたようだ。互いに抱きしめるとリーリアは泣き出してしまった。
「もう!こんな時に、無断で城の外に出るなんて!」
「.....っごめんなさい。でも、わた、わたし...お姉さまの誕生日のプレゼントをどうしても自分で買いたくて.....」
お互いに大切に思っているのが伝わってくる。そんな二人の再会が微笑ましくて、傍らでじっと見守ってしまう。
しばらくしてリーリアが落ち着くと、お姉さんの方が改めて私たち二人を見る。その目は妹を見る目とは打って変わって厳しいものだった。
「あなたたちはさっきの...。ここで何をしているの?」
どうやら警戒されているようだ。
「お姉さま!この方達は私を助けてくれたんです!」
そう言ってリーリアがお姉さんに先ほどの出来事を伝えてくれる。
「...そうか。妹を助けてくれたこと、礼を言う。まさか本当にあなたたちが妹を見つけてくれるとは思わなかったが...」
ですよね。私も本当に見つけられるとは思わなかったからね。
「よろしければお礼がしたい。一緒に城まで来てもらえないだろうか。」
思わず、ユウと見合わせてしまった。まさかこんなに予想通りの展開になるとは。心なしかユウがニヤリと笑ったように見えた。かく言う私も、ムフフッと悪い笑みを浮かべているに違いない。相手はおそらく貴族。これは相当な金銭的謝礼が期待できるのではないだろうか。
そんな邪な期待を膨らませていると、ふと目が霞むことに気付いた。
「...あれ?」
なんだか頭もぼんやりしてくる。周囲をよく見れば、うっすらとモヤのようなものが漂っている。一呼吸ごとに意識が遠のいていく。催眠ガスのようなものが焚かれているということに気付いた時には、既に立っていられなくなっていた。
倒れる瞬間、視界の端で既に地に伏しているユウやリーリアを捉えた。
(ああ、せっかくうまく行ってたのに。)
そんな思いが浮かんできたのを最後に、レイは意識を手放した。
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目が覚めると見覚えの無い天井だったと言うこともなく、建物に切り取られた細長い夕焼け空だった。というかさっきの場所だった。
「...世界が違っても空は同じ色なのね。」
頭がぼんやりしててついそんな暢気な考えがぽつりと口を突いて出る。
「なるほど。即ち、この世界の光源となる恒星の可視光線のスペクトル組成が地球の太陽と同等であり、かつ大気に対して同様にレイリー散乱されるために、昼と夕ともに空の色に違和感を感じないということか。即ち天体スケールの環境や物理現象も地球とほぼ同等であると言いたいわけだ。レイにしては中々鋭い洞察だな。」
せっかくのロマンチックな言葉を台無しにする、空気の読めないこの声の主は誰だろうか。いや、私はその男を知っている。段々と今までの記憶が蘇ってくる。
私は仰向けに倒れたまま、声のした方へ、ジト目を向ける。傍らに立ったユウが感心したような顔でこちらを見ている。何か勘違いしているみたいだ。誰もがあんたみたいな無粋な思考回路を持っているわけじゃ無いと抗議してやりたいが、こちらが目線に込めた非難の意に全く気付いていないあたり、何を言ってもこの朴念仁にはピンと来なさそうだ。
溜め息を吐きつつ、立ち上がりながら今の状況を確認する。
「それで保護対象は?」
「連れ去られてしまったみたいだよ、残念ながら。」
全然残念じゃなさそうにユウが報告する。どうやらお姉さん達も含めて全員昏倒してしまったようだが、被害はリーリアを連れ去られただけのようだ。また、眠っていた時間も長く無いようだ。使われた催眠ガスは即効性が強い代わりに、効果の持続性は長くなかったのだろう。
「...くっ!リーリア....」
お姉さんが悔しそうに呟く。何と声を掛けたら良いのだろうか。そう思っているとユウがお姉さんに問いかける。
「失礼ですがあたな方はルベラキラ家に縁の方とお見受けしますが、いかがでしょうか。」
「ああ、その通りだ。もっとも、この髪を見れば大方察しはつくだろうが。私はオリヴィア・ルベラキラ。リーリアは私の妹だ。」
お姉さんを改めて見る。燃えるような赤色の髪をストレートに背中まで伸ばしている。ものすごく美人だが、目元は切れ長で凛としており、意思の強さを感じさせる。
「リーリア様を連れ去った者に心当たりは?」
「目的は大方見当がつく。今は第一王子と第二王子の王位争いの最中だからな。我らは第二王子の兄妹にあたるから、リーリアを人質に第二王子陣営に不利な要求を通すつもりだろう。ただし、誰が実行したかはわからない。裏にいるのは第一王子陣営の貴族だろうが、実行犯ともなると全く見当はつかないのだ」
オリヴィアは苦々しそうな表情で唇を噛む。
そんなこと一般人の私たちに話して良いのだろうかとも思ったのだが、表通りの八百屋のおじさんでも知っているあたり、王位争いについては割と公然のことなのかもしれない。
「どうすれば良い...。ただでさえリーリアを見つけ出すのに半日かかったというのに。今の事態であれば、正式に兵士たちを動員できるが...虱潰しに探したとしてもその間にリーリアは...。」
焦ったようにオリヴィアが呟く。
「何か手がかりはないか?貴方達も何か心当たりはないか!?何でも良い...リーリアに繋がるものは何かなかったか!?」
私はごめんなさいとばかりに眉根を寄せて左右に首を振る。リーリアを連れ去ったのは明かにプロの集団だった。足がつくような手掛かりなど残しているはずがない。
「....リーリアを守れるならば何だってするというのに....」
そう言ってオリヴィアは俯く。
「その言葉、本当でしょうか?」
突然ユウが声を発する。言われた意味が分からず、オリヴィアはポカンとユウの顔を見る。
「その言葉は本当でしょうかと聞いています。」
再びユウが問いかけると、オリヴィアは我に返って力強く答える。
「もちろんだ!リーリアを助け出せるなら何だって差し出そう!」
「良いでしょう。ということであれば早速向かいましょう。増員の手配を至急お願いします。」
そう言ってユウが歩き出す。
えーと、どゆこと?
思考が追いつかなくて呆気に取られてしまう。オリヴィアも同様でピンとこない様子であり、背中を向けて歩き出すユウに戸惑っている。
「えーと、行くってどこに?」
「当然、リーリア様のところだ。」
「!!」
頭だけ振り返って告げたユウの言葉に私とオリヴィアは驚きを隠せない。この男はいつも唐突だ。いつの間に見当をつけたのだろう?
歩みを止めないユウに慌てて追いつきながら、ふと思った。ユウはオリヴィアに見当はないかと問われた段階ではすぐに答えず、オリヴィアが何でもすると言った後で答えたあたり、現金なところはブレてない。やはりユウに誠実という概念はないらしい。ジト目でユウを見るが、案の定ユウは私の視線に気づかなかった。