3 人捜し
私たちは、魔法の使える女性と3人だけで話せるように、店員と男性の奴隷には退室してもらった。建前上は、購入にあたってプライベートな情報を交えた面接をしたいということにしてある。購買意欲があると感じてか、店員は快諾してくれたが、実際は魔法の事をについて質問攻めにしたいというのが本音だった。相手もこちらの方が身分が上だと思っているようなので、口止すれば恐らく会話の内容は漏れないだろう。もし漏れたとしても、怪しまれこそすれ大事にはならないのでそれでも良い。
彼女曰く、この世界で信じられているところによれば、大気中には"エーテル"なる不可視の元素で満たされているそうな。このエーテルは元素といっても、酸素や水素の仲間というわけではなく実体のないもののようで、性質は未知の部分が多いようだ。既知の性質で重要なことは次の二つということである。一つ目はその万能性で、エーテル自体は物質に何の干渉もしないが、代わりにあらゆる元素に変化することができるということである。二つ目は情報を伝達する媒体としての役割があるそうだ。魔法はこれらのエーテルの性質に基づいて、適切にエーテルを利用することで行使できるようである。
魔法の行使に必要なものは大きく二つのようだ。一つは使い手の魔法適正、すなわち体内のエーテル保持量だそうだ。二つ目は、術式の詠唱ないし魔法陣だそうだ。まずエーテルを術式発動のためのエネルギーとして、また発生させたい事象のイメージを情報として術式を通して周囲のエーテルに伝達するための発信源として用いる。次に自身のエーテルで起動した術式の詠唱ないし魔法陣で、周囲のエーテルに対する処理を実行し、事象の発生に至る。
たいていの人はエーテル保持量が少なくて魔法適正がないようである。また、魔法適正があっても術式を知らなければ魔法を使うことはできない。また、魔法適正があり術式を知っていても、十分に起動させるまでには多大な訓練を要するようで、多数の魔法を極めるのは困難なようだ。以上の理由から、魔法が使用できる人間稀で、必然魔法が使える奴隷は高額になるとのことである。
また、奴隷のことについても聞いてみた。というのも、表通りで見た足枷をつけてみすぼらしい服を着た人間を見たが、この店内で見た奴隷のイメージとはかなり違っていると感じたからだ。彼女によれば足枷を付けれるのは犯罪奴隷だけだという。奴隷というのは階級制度上の区分であって、売買されたり、多くの社会的な制約を受けることがあるものの、理由なく暴力を働けば犯罪となるし、この世界の感覚での基本的人権は保障されているようだ。
一通り聞きたいことを聞けた私たちはお暇することにした。
「それでは、店のものを呼んで参ります。」
「あ、私たちも一緒に出ます。一声だけお礼したらもう帰るつもりですし。」
「わかりました。それでは、エントランスまでご案内致します。」
そうして、一緒に退室し、エントランスへと続く廊下を歩いていく。すると、先ほど個室で応対してくれた人が廊下の一角で別の男性と立ち話をしていた。こちらに気づいてないようなので、声を掛けようと近づくと声が聞こえてくる。
「...の商品の仕入れのめどが立ったようです。」
「そうか、であれば先方にも連絡してくれ。仕入れ次第早急に取引に移ろう。」
敬語を使われているのが先ほどの店員だ。取引の話を仕切っていることからも、実はけっこう偉い人だったのだろうか。
「あの、すみません。私たちそろそろお暇しようと思います。」
「おお、これは失礼致しました。商品はお気に召しましたでしょうか?」
すると私の代わりにユウが答えてくれる。
「ええ。彼女の人柄、能力ともに申し分ないと思いました。ただ、大きな買い物ですので、うちに帰ってもう少し検討したいと考えてます。」
「そうでしたか。それでは、是非またお越しくださいませ。」
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「けっこうゆっくりしちゃったね。」
奴隷商館を出た私たちはのんびりとまた表通りを歩いている。
「ぼちぼち人探しし始めないとね。暗くなっちゃう前に終わらせて、お礼をもらわないと野宿になっちゃうわ!」
そもそもお礼をくれるなんて一言を言っていなかったので、完全にとらぬ狸の皮算用であるが、とりあえず今はそれをあてにする以外にない。
「それで、どうする?ユウのことだから何か見当ついてるんでしょ?」
「....ずいぶん親しげに話すようになったな。」
「別に良いでしょ。今はたった一人の仲間なんだし。それより人探しよ!」
「...ああ、そうだな。」
何か言いたげな顔でこちらを見ていたが、飲み込んだようだ。そして、あたりを何かを探すようにぐるりと見渡す。そして、恰幅が良く大らかそうな店主が野菜を販売している店を指さして言った。そこでは、主婦に見える中年女性が買い物の会計をしようとしているところだった。
「そうだな。まず、あの野菜売りの店で話を聞こう。もしかしたら、探している人物を目撃しているかもしれない。」
「わかったわ!」
なぜ、野菜売りの店なのだろうかと思ったが、まあ良いかと思い、お店の方に足取り軽く向かう。先ほど奴隷商館で話をしたことで、この世界で人と接することにそれほど恐怖感がなくなりつつあった。恐怖感がなくなれば、もっとこの未知の世界の事を知りたいという好奇心が出てきて、楽しいと思う気持ちさえ出始めていた。
店頭に近づいて、売り物に目が移り始めていたとき、ふいに躓いてしまう。後ろをついて歩いていた、ユウが私の靴の踵を踏んだのだ。前につんのめり、財布を出して硬貨で支払いをしようとしていた女性に衝突してしまい、地面に数枚の硬貨が散らばってしまった。
「あ!ごめんなさい!」
慌てて謝り硬貨を拾うおうとするが、ユウがさっと出て来てぱぱっと硬貨を拾い上げる。そして、拾った硬貨を女性に渡しながらユウも謝る。
「私の連れがすみませんでした。全て拾ったと思うのですが。」
「あらあら、気にしなくても大丈夫よ。全部拾ってくれてありがとうね。」
女性が笑って許してくれるので、ほっとする。
「気を付けなよ、お嬢ちゃん。」
店主も声を掛けてくれる。
「はい。お騒がせしました。」
「失礼かもしれないが、お嬢ちゃんたちは身なりが良いし、どこかの貴族様なのかい?」
「いいえ、そういうわけではありません。今は旅をしているところで、この街にも来たばかりなんですよ。」
「そうかそうか。実家が裕福な商家なのかい。正直、貴族様に売るようなものをここにはおいてないからね。ただ、遠くから来たなら珍しい野菜があるかもしれないからな。見てってくれよ。」
お言葉に甘えて店頭の野菜をみると、ジャガイモやカブのような見覚えのある野菜が並んでいる。また野菜だけでなく穀物も売られているようだ。そこでも、よく馴染みのあるものを見つけて、つい声を上げてしまう。
「あれ?これって....」
「お、お嬢ちゃんライスを知っているのかい?雨の多い地方でしか作られない穀物だから、このあたりだと珍しいものなんだけどな。まあ、王都だからこそこうした珍しいものも入ってくるってもんだ。」
それを聞いて、ユウが興味深そうに声を上げる。
「だいぶ輸送網が発達しているんですね。」
「ああ、クイドクアムは街道の整備もかなり行き届いているからな。それも国王様がインフラの整備に注力して下さった賜物さ。おかげで、この国の基盤は盤石ってもんだよ。まあ最近はちょっとごたごたしているみたいだがな。」
「ごたごたというと?」
「おや、知らないかい?国王様もお歳だからね、後継を第一王子と第二王子のどちらにするかで、議論になっているらしい。それを受けて両者の派閥でも水面下の小競り合いがあるらしいね。まあ、俺らとしても国のトップがどうなるか分からない今の状況はちょっと不安に感じるところがあるな。」
「へー、兄弟なんだから仲良くすれば良いのにね。」
思わず暢気な言葉が口を突いて出てくる。
「ははっ、違えねぇや!ただ、兄弟といっても異母兄弟だし、見た目もかなり違うらしいがな。特に第一王子の母親はあの有名なルベラキラ家のお嬢様で、第一王子の同腹のご兄弟は皆燃えるような赤い髪をしてるって話だ」
「....うん?」
ちょっと思考が停止してしまう。すかさず、ユウが話の流れを切ってくれる。
「そういえば、表通りでフードをかぶった少女を見ませんでしたか。人探しを頼まれているところでして。」
「いや、見てねえが、今日は同じことを2回位聞かれたよ。いったいなんだってんだ。」
「そうですか。今日はあまり時間がないので、そろそろ失礼します。また、今度買い物させて下さい。」
そういうとそそくさと店を離れるユウ。慌てて、お礼を言ってユウに付いていく。
「...ねえ、もしかして私たちの探している人って....」
「かもしれないな。」
つまるところ王妃の一人の家系に連なる人物の可能性があると言うことになる。最悪王族の一人なんてことも...。
「...ねぇ、やっぱりやめにしない?王族と関わりがあるかもしれないなんて...」
正直荷が重いし、リスクが高すぎるのではないかと感じる。私たちはこの世界の常識に疎いのだし、意図せず不敬を働いてしまう可能性もある。それよりも、今からでも職業斡旋所のようなものを探して安定的に生活できる術を確保した方が安全ではないだろうか。
「ああ、思ったよりも大物だったらしい。見返りはそれなりに期待できそうだ。」
...この男はもはや捜索対象がお金にしか見えていないらしい。恐れ多いなどの感情は微塵も抱かないのだろうか。若干呆れつつも方針を曲げるつもりがないと言う意思を感じたので、取り敢えずはユウに従うこととした。
「それで、また、聞き込みの続きでもするの?正直虱潰しに目撃者を探すのは骨が折れそうだけど...。」
「いや、その必要はない。必要なものは手に入れたし、運が良ければ一人に話を聞けば足掛かりが掴めるだろう。」
そう言ってユウは鉄製の硬貨をつまんで見せる。
「!!それ、いつの間に拾ったの!?」
「レイも見ていただろう。野菜を買おうとしていたご婦人の硬貨を俺が拾ったのを。」
「でも、全部渡していたように見えたけど」
「コインマジックの基本的な技法として、パームと呼ばれるものがある。掌を開いて何も保持していないと見せかけて、親指の付け根などにコインを隠し持つ。」
「...!! もしかして、野菜売りの人に話を聞こうと言い出したのって...!?」
レイは先ほどの状況を思い出す。思えば野菜売りに話を聞こうと言い出したのは、たまたま財布を取り出して、お金を支払おうとした人がいたからではなかったのだろうか。先ほどの女性にぶつかって、硬貨が散乱してしまったのも思えばユウが私の靴の踵を踏んだからだ。つまり、ユウはそもそも女性からお金をくすねるつもりで近付いたのではないか。完全に泥棒である。
じとっ、と見つめるとバツが悪そうにふいっと顔を背ける。その態度がレイの推測を雄弁に肯定していた。こいつやりやがった!!こんなに躊躇無く犯罪行為を行うとは...。正直同じ日本人とは思えない。
「...まあ、モラルの話はこの際置いておくとして。それって鉄貨でしょう?100円くらいの価値しかないんだったら大したことできないと思うけど...。何をするつもり?」
「この世で一番価値のあるものを買う」
「...?」
情報とでも言いたいのだろうか?ただ、仮に情報屋のようなものがあるとして、鉄貨一枚で買えるとは思えない。
「階級の差があり、身分の差があり、貧富の差がある世界。そして、人通りが多くお金のやり取りも多い大通り。であれば、いてもおかしくない。表通りの人々の一挙手一投足に注視している者が。」
そう言うとユウはすたすたと歩を進め始めた。
「...あ、待ってよ!」
訳もわからないまま置いてけぼりはごめんとばかりに小走りでユウに付いて行くのだった。