16.忌々しき魔道具の記憶
アランカの街の外に立ち並ぶ連峰。
この山々の1つ、魔石や鉱石が採掘できる洞窟があるこの山の中腹辺りに、木々が生えておらず地面も平らになっている開けた場所がある。
ここに来るまで、キラースコーピオンやスケルトンソードなどの危険なモンスターとは一切出会わなかった。逆にゴブリンの群れには遭遇したが、その程度シュナの敵ではない。ハルもゴブリン程度なら右手首の魔道具を使わずともクロスボウ本来の威力だけで仕留めることができる。
「うむ、やはりモンスター達の異常行動はやはりあのドラゴンが原因だったようだな」
「そうだね。あのドラゴンが死んで皆本来の巣に戻ったっぽいね」
シュナとハルは流石に慣れているのか、暢気にそんな会話を交わす。しかし2人の後ろについていたクワシンは、モンスターを初めて見たらしく、その恐怖とグロさに気分を悪くしていた。
女の子2人に戦わせておいて、唯一の男であるクワシンはフラフラである。
「クワシンさん、もうすぐですよ」
「あ、ああ。いや、別にこの山登り自体に疲れているわけじゃないんだよ」
「分かってますよ。モンスターが怖いんでしょ? 私も初めはそうでした」
「…………」
分かられているというのも、何だか実に情けない。
シュナがスンスンと鼻を鳴らし、匂いを辿る。どうも結構前からその匂いはしているらしく、ほとんど腐りかけているようなそんな匂いらしい。
「あ、いた」
以前見た場所と同じ、山の中腹にある開けた場所にその死骸は転がっていた。
シュナほどの嗅覚がなくとも腐っているのが分かる強烈な腐乱臭につい鼻を押さえて顔を歪ませる。
「完全に腐り始めてるね……私たちでこれじゃあ、シュナは大丈――」
「」
真っ白な灰となっていた。
「シュナ! しっかりするんだ!」
「ハル……私はもうだめだ……後のことは、任せた……ぞ」
「シュナー!!!」
「なるほど、これほどの大きさのドラゴンがいたのか。話には少し聞いていたが、これではモンスター達が逃げ出すのも不思議じゃない」
2人の小芝居をスルーして、クワシンは鼻を押さえながらドラゴンの死骸に近付く。
肉は朽ち、身体中にウジ虫が湧いている状態だ。正直見ていてあまり気分の良いものではない。今までモンスターの死体はいくつも見てきたし作っても来たが、その死体が腐り朽ちていく過程は見たことがなかった。
これには流石のハルも気分を悪くせざるを得ない。
しかし、今度は逆にクワシンの方がウジ虫が湧いているにもかかわらず、特に気にすることなく死骸に近付き色々と調べ始めた。
「クワシンさん……よくそんなに近付けますね……」
「腐り始めた死体なら、人間のもので何度も経験があるからね」
冒険者が街の外でモンスターを相手にするのが仕事だとすれば、街の中で人を相手にするのが警備団の仕事だ。街中で何かしらの事件が起きればいつでも駆り出され、自殺他殺問わず、今まで多くの死人を見てきたのだろう。実際今朝だってあの教会で、つい昨夜話していた司祭の死体を見てきたばかりなのだ。
正直、自分には絶対にできそうもない仕事だとハルはクワシンの評価を心の中でグッと上げた。
「む……? ハル君、少しこっちへ来てくれないか」
「絶対嫌です」
「ああ、これなんだが……って、え!? 絶対嫌なの!?」
「絶対嫌です」
「で、ではシュナ君でも……」
「無理だ死ぬ」
「ああもう! いいから2人とも来なさい!」
我が儘を言う2人にクワシンは青筋を立てながら手を掴み、無理矢理ドラゴンの死骸の近くまで連れていく。
「コレだ。首元についているコレ」
クワシンの指を指す方を見てみると、確かに死骸の首元に自然についたものとは思えない、何かしらの人工物が嵌められていた。首輪にも見えるそれを見たハルは、臭いとは別の意味で眉間に皺を寄せた。
「隷属の首輪……? いやでも何か形が違うような……」
「待てハル、あの首輪の真ん中に嵌め込まれている宝石のようなもの……コレはもしかしてあの時の魔道具じゃないか……?」
あの時の魔道具。
この言葉だけで何を指しているのかがハルにもクワシンにも分かった。
以前彼女達を散々苦しめた人を操り、その者の魔力を利用して自爆させる魔道具のことだ。
「……少し形が違って見えたのもそのせいか。コレは多分、隷属の首輪とあの魔道具を組み合わせたものだ」
隷属の首輪は獣人コレクターだったファネルが有していたもので、この首輪を嵌められた者は首輪に魔力を流し込んだ者の側から離れることができず、一定以上の距離離れてしまうと徐々に首が絞まっていくという魔道具だ。
(確か解除方法は……)
ハルが首元に近付き、その魔道具と思われる首輪に触れて少しだけ魔力を流す。
すると、パキンという音と共に首輪が外れた。
そして、それと同時にハルの体も地面に崩れ落ちていく。
「ハル! どうした!?」
「…………やっべ、まだ魔力をコントロールできてないの忘れてた……」
シュナに抱き抱えられるように支えてもらい、倒れるのは何とか阻止したが、身体に力が入らず意識も朦朧としている。
「首輪が外れた? ハル君、一体何をしたんだい?」
「……この首輪は隷属の首輪って言って、最初にこの首輪に魔力を注ぎ込んだ人以外の人の魔力を流すと、外れる仕組みになってるんです……」
「それならそうと、私に言ってくれれば良かったではないか」
「マジそれな……」
実を言うと、決して自分が魔力制御できないことを忘れていたわけではない。
ただ、1週間前の教会で無意識下に魔法の威力を制御できていたので、もしかしたらできるようになったのではという希望的観測の下やってみたのだが、結果的に失敗に終わってしまったらしい。
(じゃあ、あの時のは本当になんだったんだよ……)
シュナに支えられながら、ハルは首輪に視線を向ける。
「確かに、以前の事件で使われていた魔道具と同じものだ。だがあれは確か人を操り、そして自爆させる用途だったはずだ。つまりこのドラゴンは何者かに操られていたということか?」
「そうなりますね。隷属の首輪と組み合わせて無理矢理操ってたんでしょ」
なら、その目的は?
「ドラゴンを移動手段に使ったとなれば、移動時間のズレは説明できます」
キサラギで事件が起こる前にドラゴンが目撃されている。そのドラゴンとこのドラゴンが同じなのだとしたら、その時目撃されたドラゴンは恐らく、カンナギからキサラギに移動してきた際に目撃されたのだろう。そしてキサラギからここまでもこのドラゴンに乗ってやって来た。
「もし、カンナギでもドラゴンの目撃情報があれば間違いないんじゃないですかね? これで転移魔法の線はほとんど消えたと思います」
それはつまり、今回の事件にはあの2人は関わっていないということになる。
あの2人ならキサラギにもアランカにもいたことがあるため、転移魔法も使えるはずだ。わざわざドラゴンに乗ってくる必要性もない。
「だが、何故爆発しなかったと思う? ドラゴン程の魔力があれば、この辺一帯が吹き飛んでいたはずだ」
「……爆発する前に殺されたんじゃないですかね? この魔道具は爆発前に操られている者が死ねば、爆発はしないですから」
つまりはこういうことだ。
今回の事件の犯人は、どこで手に入れたのかあの首輪でドラゴンを操り、カンナギ、キサラギの教会を襲った。そして次のアランカに行く際、何かしらのトラブルでドラゴンがここに不時着。これ以上飛べなくなってしまったドラゴンをここに置いていくことにしたが、その場合首輪の効力でドラゴンが死んでしまう。故に犯人はドラゴンの死体と首輪が見つからないように、自分が十分離れた後あの魔道具の効果を発動させて爆死させようとした。
しかし、そこへ偶然通りかかったグリフトにドラゴンが殺されてしまい、遠隔爆破も不発に終わってしまう。
「つまり犯人は今も、何故爆発が起こらないのか街の中で気になっているはず」
「では街の外への外出を許可すれば、犯人はここに戻ってくる……?」
「その可能性は十分あります」
今後の方針が決まった3人は、首輪を回収して街へと戻ることにした。




