14.事件は終わらず、むしろ始まる
体裁を考えて形式上の身柄確保ということで、ハルは数時間だけ警備団の署までご同行することとなった。
だが、今ゆっくりとした時間が貰えるというのは逆にハルからすればありがたいことでもあった。
今日は朝から山に登り、街中を走り、魔力が垂れ流しになってしまう左目の魔眼もそれなりの時間使用していたため、流石に身体中に疲れが出始めている。
ハルは牢屋の冷たい床と壁にもたれ掛かるように座り込み、頭を冷やして先程の出来事を振り返る。
(……私がおかしくなったのはいつからだ? カイとの喧嘩、ドラゴン、グリフトさん、火事、街中での騒ぎ、教会襲撃……)
頭の中で次々と昨日の晩から今日にかけての出来事を洗い出していく。
そして、1つ妙な違和感を感じた時があったのを思い出す。
(そういえば……ヒーラさんからマヒユ教の話を聞いたとき、身体の底から何か沸き上がるものを感じたような)
自分でもよく分かっていない抽象的な感覚に自信を無くす。
ただ、教会の入り口を破壊した時には既に、ハルの身体に異変が起こっていたことは間違いない。それはハル自身も重々承知していた。
(あの時から、何故か威力を抑えて魔法を撃つことができていた……今の私じゃ絶対にあり得ないことのはず)
記憶が無いわけではない。意識が無かったわけでもない。それなのに身体が、口が、考え方が、魔力の制御が、まるで自分ではないような感覚に陥っていた。
自分ではない何かに自分の身体を動かされていたような、そんな不気味な感覚。だが、あの時マヒユ教に感じていた怒りが自分のものであったのも確か。
あのステンドグラスを見て腹が立ったのも、あの司祭の言葉に腹を立てたのも、自分を捕らえようとするマヒユ教徒達を吹き飛ばしたのも、司祭の声がうるさいと感じたのも、全部全部ハルの意思だった。
―――訳が分からない。
どれだけ考えても行き着くのはこの結論。
もういっそ、考えるのを全て放棄して楽になりたい。
でも、ここから出たらやらなければならないことも沢山ある。そうなると考えている時間がなくなる。
だからこの時間はありがたい。ゆっくり考えることができる。
ハルは瞳をゆっくりと閉じて、もう一度今日の出来事を振り返ろうと意識を沈めていった―――
そこには、知らない獣人の少年と人間の少女が戯れる光景が映し出されていた。
「―――ん! ――くん! ハル君!!」
「……っ!?」
肩を揺さぶられ、目を覚ます。
目の前にいるクワシンがハルの肩を持って、いつの間にか眠ってしまっていたハルを起こしていたようだ。
「時間だ、出なさい」
鉄格子が嵌め込まれた小窓を見ると、既に外は暗くなっていた。最近日が暮れるのも少し早くなってきたように感じる。
「……今何時くらいですか?」
「夕飯時だ。君ももう帰りなさい。あの司祭からも話を聞いて、その後君への処遇を決定する。それはまた後日言い渡すことにするよ」
「あの教会の弁償とかですかね……」
「まぁ、教徒達の中に怪我人は出たものの、どれもそこまで大きな怪我ではなかった。あの教会の惨状を見て死者が出なかったのは不幸中の幸いだったかな」
「…………」
「……君は、覚えているのか?」
「……? 何をです?」
「………………いや、何でもない。さ、早く出なさい。表で君を待っている子達がそろそろ乗り込んで来ないとも限らないしね」
クワシンはハルの手を握り立たせた後、背中を押すような形でハルを牢屋から出す。その後、警備団で預かっていたクロスボウも返してもらい署を出ると、そこにはカイ、ルル、リリィ、シュナ、アマネ、ヒーラの6人が待っていた。
「みんな…………えっと――」
ハルが何を言おうか迷っていると、カイが俊敏な動きでハルの後ろに回り込む。そして、
「おら! さっさと帰るぞ!」
ハルの尻に強烈な蹴りをかました。
「ぎゃっ!! ちょっ、何すんのさ!」
「うっせ! これで全部チャラにしてやるって言ってんだ! 文句あっか!?」
「だからって超絶美少女のお尻蹴るとか、それ男としてどーなの!?」
「世の超絶美少女は自分で超絶美少女とは言わねーんだよ!」
「私は言うタイプの超絶美少女なの!」
どうやらいつもの調子が戻ってきたようだと、2人の喧嘩を聞きながら他の5人は楽しそうな笑みを浮かべた。
これからまた忙しくなる。まずは半焼してしまった学校をどうにかしなければならない。やることは山積みだ。
だが、事件はこれだけでは終わらない。
むしろ、始まったばかりとも言えるだろう。
× × ×
1週間後、昨日ようやく司祭の男が口を割ったと報告を受けたハルは、シュナと共に警備団の詰所まで足を運んでいた。
そこで、衝撃の事実が伝えられる。
「……は? 司祭が死んだ?」
「ああ。我々も実績のあるシュナ君の嗅覚は信頼しているので、あの男は放火事件の第一容疑者として見ていたんだ。そして昨日ようやく犯行を認めたんだが……今朝、あの教会で死体となって見つかった」
昨日の事情聴取で口を割ったのは夜遅くで、翌日また改めて今度は詳しい話を聞くということでいったん教会に戻ったという司祭。
当然逃げられる可能性も考慮して、街の門には警備団がいつもの倍の人数配置された。だがその心配も杞憂に終わり、何事もなく夜が明けたと思ったら指定した時間になっても司祭が現れなかった。
仕方なくクワシンが教会に迎えに行ったところ、死体となって発見されたらしい。
「――できれば君達にこういう質問はしたくないんだが……昨日の晩は何をしていた?」
「……! 待ってください。自殺じゃないんですか?」
クワシンの話を聞いた分にはてっきり司祭は教会に戻り、自殺したものだと思っていた。例えば、王立と銘打っているあの学校を放火してしまったということで、どれ程の罰が待っているのかが怖くなり――などと理由を挙げればいくらでも出てくる。
だが、クワシンは静かに首を横に振った。
「司祭は何者かによって殺害されていた。いや、司祭だけじゃない。あの教会にいた教徒達も皆同じように殺されていたよ」
二重に驚いた。あの司祭だけならば自殺も考えられるが、教徒達も全員が死んでいたとなるとそれは考えにくい。
「そして……全員の殺害方法が、鋭い刃物で全身切り刻まれていた」
一瞬だけクワシンの視線がシュナに――シュナの腰にある刀に向けられる。その視線が無意識か意図的かは分からないが、どちらにせよその斬殺死体を見て、クワシンはこの街では有名な刀を扱う獣人冒険者のシュナを疑わざるを得ないらしい。
それに、ハル達には動機と呼べるものもある。
実際、昨日シュナ達が止めなければ、ハルはあのまま司祭に向けて引き金を引いていたかもしれない。
あんな光景を見せられて、疑うなという方が無理というものだ。
「アリバイって言われても……昨日の夜は普通に皆リビングにいましたけど」
「誰も外には出ていないか?」
「ええ。夕飯の後は誰も外には出てません」
「そうか……」
と、自分の口から言ったところで、それを証明しろと言われてもカイ達を呼んでくるしかなくなるのだが。
「いや、君達を疑いたいわけじゃないんだ。ただ、立場上、状況証拠的から考えると他に思い当たらなくてね……」
「まぁ、逆の立場なら私でも私達を一番に疑うでしょうし、そこはいいんですけど」
とはいえ、自分達がやっていない以上他に殺人犯がいるということになる。またこの街で殺人事件が起こったということになると、街の市民の不安が大きくなっていく。昨夜警備団が街の門にいたということは、犯人はまだこの街にいるということになる。
そうなると、子供だけを預ける学校という施設は親の立場からすれば非常に心配ということになってしまうだろう。むしろ休校になっている現状はちょうど良かったのかもしれない。
「そこでシュナ君。また現場にいって匂いを辿ってみてくれないか?」
「……行くのは構わないが、既に警備団が何度も出入りしているのだろう? そうなると匂いが混ざりすぎて分からない可能性がある」
「そうか……そういえば以前もそんなことがあったね……」
クワシンがうーんと頭を悩ませる。すぐにシュナを捜査に協力してもらおうとしているところを見ると、やはり心からシュナを疑っているというわけではなさそうだ。
3人でどうするか悩んでいると、突然部屋の扉がノックと同時に開けられる。
「失礼します! クワシンさん、クワシンさんにお客様がいらっしゃっています。それと、私からも報告が!」
そう言って入ってきたのは若い警備団の団員で、その後ろにはギルドマスターのシルシの姿もあった。
「どうした?」
「はっ! 今さっき入ってきた情報なのですが、20日ほど前に、キサラギでマヒユ教の教会が襲撃にあったようです!」
「……なに?」
「私も似たような、というより全く同じ事件の情報を伝えに来ました。姉からの手紙にカンナギにあるマヒユ教の教会が何者かの襲撃にあい、そこにいた司祭や教徒達が全員殺害されていたという事件があったと書かれていました」
団員とシルシの報告に、今回の事件は何かしらの繋がりがあるとみて間違いなさそうだ。




