13.暴走
コツ、コツと扉が破壊された際に発生した煙の中を、真っ赤に光る瞳が進んでいく。
カチャカチャガチャンとクロスボウに矢をセットする音がその足音と重なり、静かな教会内に誰かの唾を飲み込む音が聞こえる。
ぐるりと一通り教会内を見渡したその瞳は、ゆっくりと最終的にある一点で留まる。
教会の最奥部に飾られた巨大なステンドグラス。
そのステンドグラスには、尖った耳と尻尾を持つ異形な何かを人間が剣や槍で串刺しにしている絵が描かれていた。
「…………」
深く考えるまでもない。
あれがこの宗派の教え、考えなのだろう。
――全くもって、不愉快だ。
スッとそのステンドグラスにクロスボウを向ける。既に矢はセット済みで、再び右手首の魔道具が光を放つ。
雷の魔法が付与された矢は一筋の光となり、真っ直ぐに突き進む。
矢の着弾と共に大きな音を立てて弾け飛ぶステンドグラス。割れただとか、そんな生易しいものではない。まさに字の如くステンドグラスが粉々に吹き飛んだ。
流石にマヒユ教の教えの元ともなっているステンドグラスをいきなり粉々にされたとなっては、向こうも黙ってはいない。
「貴様ぁ!! いきなり扉を破壊して教会内に侵入したと思ったら、我々の貴重なステンドグラスになんてことを!!」
奥から現れたのは先程街中で遭遇した祭服を着た男だった。扉よりもステンドグラスを破壊されたことに激怒している様子だ。
「なんだ、ちゃんといるじゃん。返事がなかったから無理矢理突入しちゃったよ」
初めからいることは知っていたというのに、随分な言い様である。
随分と怒り心頭なハルの様子に、入り口で立ち止まっているヒーラとクワシンは驚きを隠せなかった。そもそも、2人ともハルという人物をそこまで深く知っているわけではないのだが、普段のハルは基本的におちゃらけているため、このようなハルは見たことも想像することもなかった。
しかし残りの1人、シュナだけは全く違う部分に驚いていた。
(今の攻撃……いや、その前の扉を破壊したときの魔法もそうだ。ちゃんと魔力が制御できている……?)
そう。今までのハルは体内にあるロイドの強大な魔力のせいで魔力回路がごちゃごちゃになり、魔力を制御することがまるでできていなかった。実際昨夜、そのことでカイと喧嘩になったばかりである。現に今のハルは、狙った魔法の大きさよりも何倍も大きな出力になってしまうという状況にある。
しかし、今と1つ前の魔法攻撃は、明らかに出力を抑えることができていた。
「貴様は……さっき街にいた小娘か。これは何の真似だ!」
司祭が怒鳴りを上げるが、ハルは怯むことなくむしろ半眼で睨み返す。
「ごめんごめん。ちょっと訊きたいことがあってさ」
「貴様、それが聞く態度か? 何を訊きたいのか知らんが、教会をこんな風に破壊しておいて――」
「うちの学校に火を着けるのはいいの?」
「…………何のことだ?」
「しらばっくれるな。獣人の教師や生徒がいる冒険者育成学校を国が認めたことがそんなに気に食わなかった?」
「「「……!」」」
後ろにいた3人が得心がいったというような表情になる。彼の匂いが現場に残っていたと言ったシュナも、司祭が本当にそのようなことをするのだろうかと疑問に思っていた。
だが、宗教の教えに則り獣人の存在を認めていない彼らからしてみれば、王立を名乗るあの学校に獣人がいることが許せなかったのかもしれない。つまりそれは、国が獣人を認めたということになる。
少しばかり過激な宗派が故にマヒユ教はアインツベルク王国の国教とは認められていないものの、世界規模で見ればやはり最大宗教と言わざるを得ない。そんな宗派を認めないこの国が獣人を認めたという事実が彼らからしてみれば面白くなかったのだろう。
「何を言いたいのか知らんが、私はそんなもの知らん」
とはいえ、警備団であるクワシンがいる前でそれを認めるはずがなく。
「と言っても、シュナがあんたの匂いが残ってたって言ってんだよねー。一応あそこは私の所有地であるわけで、それだけで不法侵入なんですけど?」
「ふん。そんな獣人の言うことが何だと言うんだ。貴様らは獣人なんかの言うことを信じるというのか」
「当たり前でしょ。あんたらのくだらない宗教よりもシュナの鼻の方がよっぽど実績もあるし」
「なんだと……」
自分達の宗派が獣人以下だと言われ、司祭は顔を赤くして怒りに震える。
「貴様のことは知っている。この街で獣人とつるんでいるという愚かな人間だろう。知らぬようだから教えてやる。獣人とは悪魔と契約した欲深き人間の成れの果て。その醜い姿は悪魔の呪いでもある! そして、そんな醜い獣人とつるむ貴様も、堕落した異端者だ!」
初めて聞く話に興味が涌かないでもないが、今はそんなことは関係ない。
「異端者が我々の教会に足を踏み入れてただで済むと思うな!」
「うるさいなぁ……」
「お前達! この異端者を捕らえろ!」
司祭の指示と同時に、何列にも並んでいる長椅子の陰に隠れていた教徒達が、一斉にハルに飛び掛かる。
ずっと身を潜めていたのだろう。十数人の教徒達がハルを捕まえようと手を伸ばした瞬間、ハルが静かに呟いた。
「……何のために眼帯を外したと思ってんの?」
教会内に入ったときから左目の眼帯を外していたハルは、左目の魔眼の効果で教徒達が隠れていることが初めから分かっていた。故に不意討ちにもならず、ハルは冷静にクロスボウの矢を自分の足元に撃ち込む。
ハルは両目を強く瞑り、さらに手でも両目を被う。
そして次の瞬間、足元の矢が閃光弾ばりの光を放つ。
ハルに向かっていた教徒達は当然、少し離れていた司祭や入り口にいたシュナ達までもその光に目を眩ませる。
そして、視力がようやく回復して目を開けたときには、教会のど真ん中に立っていたハルを中心に嵐でも発生したかのように椅子など何から何まで四方八方に吹き飛んでいた。
ハルの近くにいた教徒達は壁際まで飛ばされており、中には椅子や飛び散ったガラスの下敷きになっている者もいた。
「き、貴様……自分が何をしているのか分かっているのか……」
「うるさいよ、邪教」
バシュッと何の魔法も付与されていない矢が後ずさりする司祭の頬を掠めて、後方の壁に突き刺さる。
「ヒィッ! お、おい、そこの警備団! この小娘を止めろ!!」
「だからうるさいって」
再び、今度は先程とは逆の頬を矢が掠める。
一歩一歩ハルに詰め寄られ、ついには壁に背を当てて逃げ場を失ってしまう司祭。
ハルは残り一本となった矢をクロスボウにセットし、司祭の額に添える。
「昔から言っていたのに聞いてくれなかったのは貴方達じゃないですか」
「な、なに……?」
「だから私はこの子を……」
突然変わったハルの口調に司祭が戸惑いの声を上げる。
「私は……信じたかった……」
つーっとハルの左目から一筋の水滴が下っていく。
それに気付いたのも束の間、ハルの右手首の魔道具が再度光り始める。
流石に何度も見ていれば戦闘素人の司祭にだって、あの魔石が光った後に魔法の矢が放たれていることくらい気付く。額に向けられた矢に死を覚悟した司祭だが、結局その矢が放たれることはなかった。
その前にシュナがハルを羽交い締めにし、クワシンがハルからクロスボウを取り上げた。
これまでハルの突然の行動についていけずに入り口で立ち往生していた2人だったが、閃光矢の光から視力を回復させた後の教会内の様子を見てこれ以上はやりすぎだと判断した。
そしてヒーラはクワシンが取り上げたクロスボウを受け取り、ハルの前まで移動するとハルの瞳を真摯に見つめる。
「ハルちゃん……僕が作った魔道具を、人を殺す道具にはしないで欲しい」
それはヒーラの心からの言葉だった。
誰よりも魔道具にこだわりを持ち、情熱を注いでいるからこそ、自分がハルの為を思って作った魔道具でハルに人を殺すことだけはしてほしくなかった。
「…………は? 殺す? 別に私は殺すつもりなん、て―――あれ?」
ヒーラの言葉を聞き、ヒーラの悲しそうな表情を見て、ようやくハルは自分がしたことに気付く。
爆発により破壊された入り口に、粉々に砕かれたステンドグラス。竜巻が通ったと言っても不思議ではないくらい綺麗に並べられていた長椅子は壁際に吹き飛ばされており、割れた窓ガラスが倒れているマヒユ教信者達の上に降り注いでいた。
そして目の前には腰を抜かして気を失っている司祭がいた。
これら全てを自分がやった?
いや、確かにやったことは覚えている。覚えてはいるのだが……
この惨状に自分でも理解が追い付けないハルに、クワシンが近付く。
「……いきなりのことですぐに止めることができなかった我々にも落ち度はあるが、流石にやりすぎだ。悪いが、少しの間身柄を拘束させてもらうよ」
そんな無情な言葉と共に、ハルの手首に手錠が掛けられた。




