12.最大宗教
「あの男の匂いと、放火現場に残っていた男の匂いが一致した」
「「「……!」」」
シュナの一言にハルとヒーラとクワシンが互いを見合わせる。
「……間違いないの?」
「ああ。私も怒りですぐに気付けなかったんだが、あの匂いは間違いない」
「でかしたシュナ。じゃあすぐにでも後を追って、何であんなことをしたのか吐かせないと」
「「待った」」
ハルとシュナが互いに頷き、走りだそうとした矢先、ヒーラとクワシンの声が被った。ヒーラはハルの、クワシンはシュナの肩に手を置いて2人を止める。
「へ? 何ですか?」
「何故止める。今はまだ大丈夫だが、これ以上離れてしまうとまた私の嗅覚の範囲外に行ってしまうぞ」
ハルは知っての通り、シュナも実は以前は旅をしながら冒険者業を営んでいたため、この街に来てからまだ半年も経っていない。
この街で生まれ育ったヒーラや、警備団であるクワシンと比べると、この街のことに関して詳しくないのも仕方がないといえる。
「シュナちゃんは行かない方がいい」
「うむ、私もそう思う」
ヒーラとクワシンの言葉に2人は怪訝な表情を見せる。
「……? どういう意味だ?」
「シュナの嗅覚がないと、さっきの男を追えませんよ?」
ハルとシュナの疑問も最もだ。既に先程の祭服男の姿は見えなくなっている。現在の彼の居場所を突き止めるにはシュナの嗅覚便りということになる。
だが、当然ヒーラとクワシンもそれが分かった上で言っている。
「そうでもないよ。多分彼の向かっている場所なら僕やクワシンさんでも分かる」
「え? もしかして知り合いですか……?」
「いやいや、さっきの男は初めて見るよ。でも、あの祭服は何度も見たことがあるんだ」
そこまで言われてハルはようやく合点がいった。
言われてみればそれもそうだ。祭服に身を包んでいたということは、彼が向かう場所はハルでも予想がつく。
「教会、ですか?」
「うん。恐らく彼は教会の司祭だろうからね」
だとしてもだ。彼の行き先が分かったとして、シュナが行かない方がいい理由にはならないはずだ。シュナはこの中では一番の戦闘能力を持つわけだし、問い詰めて暴れられたとしてそれをシュナなら簡単に止められるはずだ。
「問題はあの祭服が、マヒユ教のものだってこと」
「………………?」
初めて聞く名前にハルは首を傾げる。
「マヒユ教?」
初めて聞く単語にハルが首を傾げている隣で、シュナが顎に手を添えて考え込む。
「マヒユ教…………見たことはなかったが、聞いたことはある。なるほど、だから私は行かない方がいいと」
「ねえ、どういうこと?」
1人ついていけないハルが若干不満気に3人に1歩近付く。まだこの世界に来てからそれほど経っていないハルからすれば、いきなりこの世界の宗教の話をされても困るといったものだ。
「ハルちゃんはマヒユ教って聞いたことない?」
「うーん、ないですね」
「……ふふ、この世界に生きててマヒユ教っていう名前すら聞いたことなくて、しかもあれほどの大金持ち……本当に君は何者なんだろうね」
一言で言えば異世界の者だ。
「はは……それで、そのマヒユ教っていうのは?」
「マヒユ教。人類至上主義を掲げているこの世界における最大宗教だよ」
聞いた途端ハルの瞳のハイライトが消え、スッと目が細められる。
睨むというよりもさらにもっと奥深く、それこそ絶対零度の冷ややかな視線を向けられたヒーラはその右目の瞳に表には出さないが若干の怯えを覚える。
「……人類至上主義? 当然、その人類の中には獣人も入ってるんですよね?」
「…………」
分かってはいる。予想はついているのが、聞かずにはいられない。
そして予想通り、ヒーラは無言で首を横に振った。
人類至上主義という言葉を考えるに、この宗教は獣人の存在を認めていない。あの男がヒーラ達の言う通りマヒユ教の司祭だとするのなら、先程の言動は納得はできないが理解はした。
あの者からすれば獣人の少年を庇ったハルや一緒にいたヒーラもクワシンも異端者なのだろう。
そして、そんな宗派がこの世界の最大宗教だという。となると、この世界の今の状況、所謂獣人差別のこの状況も納得はできないが理解はした。
「あの男がマヒユ教徒だからシュナは行かない方がいいってことですか?」
「あの男だけならまだしも、マヒユ教の教会に行くとなると話は変わってくるね。昔、獣人の子供達がマヒユ教の教会に近付いただけで教徒達に暴行を受けたって噂を聞いたことがある」
その噂が本当なら問題になりそうだが、獣人コレクターや闇オークションなんてする者もいるような世界だ、この国の法律はまだそこまで知らないが、それでもたかが知れている。
「そういった事件は警備団でも年に数回確認している。とにかく彼らは何をされたわけでもないのに、獣人を目の敵にしている上に少しばかり過激な宗派だ。大きさは違えどこの国にはどの街にもマヒユ教の教会がある。獣人差別をしない冒険者が多いこの街にも」
「どの街にも? じゃあ例えばカンナギやキサラギの街にもですか?」
「ああ。むしろキサラギなんかはこの国で一番大きい教会がある」
何日か滞在したキサラギがそんな宗教の巣窟だったとは知らなかった。だが確かに、ファネルの思い出が強すぎて忘れがちだが、あの街では獣人を嫌う人間が多かったのは確かだ。
「問題ない。私も一応冒険者だ。一般人に負けるほど柔じゃない」
「いやシュナちゃん、そう意味じゃなくてね? シュナちゃんがいると、向こうは話すら聞かなくなる可能性があるってこと」
「うっ……だが、私も何か――」
「いいよいいよ。シュナも行こう」
「ん? いいのか?」
「うん。シュナがいようがいまいが、あの敷地の所有者である私や警備団のクワシンさんがいる時点でどうせ犯行は認めないだろうし……それに、マヒユ教とやらも見ておきたいしね」
口元は笑っているが、目は笑っていない。
確かにハルや国王ダルキ=アインツベルクの最終目標を考えるとマヒユ教という宗派は一番の邪魔となるだろう。しかしそれ以上に、マヒユ教の考えが心の底から気に食わないのだろう。
忘れがちだが、咲場 春という少女は自分が欲しいものは全部手に入れたいと思う我が儘お嬢様だ。それを手に入れるためなら、そして、手に入れたものを守るためなら自分の命をも惜しまないという独占欲オバケでもある。
時折考えもしないような無茶をするハルだからこそ、シュナはハルが何をしでかすか気が気でなかった。
× × ×
「ここがマヒユ教の教会だ」
クワシンの案内でマヒユ教の教会の前までやってくる。獣人がそこまで差別されない街だから若干肩身が狭いのか、少し入り組んだ路地の先にその教会はあった。
「シュナ、匂いは?」
「ああ。さっきの男はこの中にいる」
それだけ聞くとハルは扉の前まで行って教会の中まで聞こえるように叫ぶ。
「たのもー!」
「は、ハル? いきなりどうした?」
「たのもー!!」
「おい、本当にどうし――」
シュナがハルの肩に手を置こうとしたとき、ハルが背中のクロスボウに手を伸ばした。
「え……?」
そして、シュナが何かを言う前に右手首の魔道具を光らせたと思ったら、流れるような動きで扉に向けて矢を放った。
右手首の魔道具が光ったということは、当然その矢には魔法が付与されているということで――
ズガンッ!!
と、小規模な爆発と共に教会の扉が吹き飛ぶ。
「たのもーつってんじゃん。無視してんなよ」
いつの間にか左目の眼帯を外していたハルが左目を紅く光らせながら、言い放った。




