11.放火現場の匂い
今回の火事は、街の中でもそれなりの騒ぎになった。
ハルはアランカの街では1番の大きさの敷地を持ち、その敷地内にある学校という新しく出来た機関は王立とまで銘打っている。
そんな学校からまだ始まってからひと月と経っていないうちに、火が出たとなれば騒ぎになるのも当然だろう。
ハルに頼まれてヒーラが呼びに行った警備団が着いた頃には既にウィーネの魔法で火は消化されていた。
その後到着した警備団の調査で判明した事がいくつかあった。
以前の事件で色々と世話になり、学校の立ち上げにも関わった警備団の1人でもあるクワシン曰く、「状況証拠からいって、恐らく校舎の外側から燃えたんだと思う」らしい。
何でも、火を消すのが比較的早かったこともあってか、どこからどういう風に燃え広がっていったかが分かったようで、校舎の内部からではなく外部から燃え出したのではと考えたらしい。
また、クワシンが学校設立に関わっていたこともあって、子供達が日々活動するならと校舎内に置く物の中に火種になるようなものがないことも理解してくれていたことも大きい。
しかし火の不始末等の理由でないとなると、今度は違う結論が見えてくる。
「……放火」
クワシンの話を一通り聞いて、ボソリと呟くハル。クワシンもその呟きに頷きを返す。
「その可能性を考えても損はないだろう」
もしこの学校が道路沿いにある建物なら、もしかしたら不幸な事故ということもないこともない。ただ、ここはハルが購入した敷地の真ん中だ。ここに火を放つということは他人の敷地に勝手に入り込んだ挙げ句火を放ったことになる。
だが生憎、火事が起こった時に炎系の魔法を放てるウィーネとハルは外出中だった。もし魔法関連の事故なら考えられるのはヒーラの実験ミスだが、ヒーラの実験場は実験場で別に設けてある。何が言いたいのかというと、魔法を使わずに火を放つなら校舎の側まで、つまり敷地内に入る必要がある。
「クワシンさん! こちらへ!」
「どうした?」
「火種となったと思われる松明を発見いたしました!」
「「……!」」
警備団の1人が報告に来るとハルとクワシンは互いに頷きあって、その松明が落ちていたという場所に向かう。
松明が落ちていた場所は校舎裏、屋敷からもヒーラの研究所からも戦闘訓練施設からも死角となる場所だ。そこには既に何名かの警備団とシュナとヒーラもいた。
「……ん? ハルか」
ハル達が近付くと音か匂いかシュナが真っ先に振り向く。
「松明が落ちてたって聞いたけど」
「ああ、これだ。余程心配性なのか、火が校舎に移るまでここで見守っていたらしい。いや、燃え移ってからもしばらくは見ていたかもな」
「……? 何でそんなことが分かるの?」
ハルがシュナに訊ねると、シュナが自分の鼻を指しながら不敵な笑みを浮かべる。
「匂いが残るくらい、ここに滞在していたようだ」
× × ×
結局、今回の事件は外部の者による放火という線で捜査が進められることとなった。
カイ、ルル、リリィ、アマネそしてダンストンの5人は共に屋敷のリビングで昼食を摂っていたためアリバイがあり、ハル、シュナ、ウィーネの3人もギルドから直接街の外へと出掛けたため、アリバイは証明されている。
学校に通う子供達がイタズラ半分でやったというのも考えられなくはなかったが、授業後は全員帰ったのをアマネとダンストンが確認していた。
唯一アリバイが証明できないのは1人で研究室に籠っていたヒーラということになるのだが、そもそも彼女には動機と呼べるものがない。これはカイたちにも当てはまることなのだが、わざわざ敷地内入って来ている時点でこれはこの学校を狙った犯行であり、ハル達内部の者が放火を起こして自作自演をする理由がないのだ。ストレス発散をしたければ訓練施設でも実験場でも場所はある。
そして極めつけはシュナの発言だ。
彼女の嗅覚は以前の路地裏殺人事件の際にも、ミラーの魔道具によって操られていた犯人を見つけている。その実績を持つ彼女の嗅覚がここにいる誰のものでもない匂いが現場に残っていると告げた。
「今どこにいるとか分かる?」
「いや、近くにはいないということしか……とりあえずは、街に行って虱潰しに同じ匂いを探すしかなさそうだ」
いくら優れたシュナの嗅覚でも、一定距離が離れてしまっていたら場所の特定はできない。同じ匂いが感じる距離まで近付く必要があるのだ。
「そっか、なら私も行くよ。ついでに生徒達の家も回ってしばらくは学校を休みにするってことを伝えに行こう」
「私も捜査に同行しよう。警備団でる私が一緒にいれば何かと調べやすいだろう」
クワシンの申し出にハルとシュナも頷く。
すると、横にいた白衣のイケメンがハルの肩に手を置いた。
「それ、僕も行っていいかな?」
「ヒーラさんが? 別に構いませんけど……けどどうしたんですか? ていうかヒーラさん徹夜明けって言ってませんでしたっけ?」
「一応少しは仮眠を取ったからそれは大丈夫。それより、流石の僕も今回のことに関しては少し腹が立ってるからね。火事を起こした犯人にも、それに気づけなかった自分にも」
「ヒーラさんが責任を感じる必要は全くありませんよ」
「それでもだよ。今回はたまたま校舎の中に人はいなかったけど、もしかしたら子供たちがいたかもしれないんだ。僕は子供を危険に晒すような大人は大嫌いなんだ」
ヒーラの真剣な眼差しに、本当に怒っているのだというのが分かる。前はルルリリィ姉妹と一緒に買い物にいったり、最近でもルルと随分と仲良さそうに研究室に籠っているのをハルは知っている。面倒見の良い性格というのもあるのだろうが、きっとそれ以上に子供が好きなのだろう。
「まあ、手伝ってくれるならありがたいですけど……」
「じゃあ決定だね。さっさと犯人探しといこうか」
ハル達よりも張り切っているヒーラの背中を追いかけるように、他の3人も街へと足を向けた。
× × ×
犯人と思われる、現場に残った匂いを探して街に出てきたハル達。
シュナにしか分からない匂いを頼りに、捜しているのだがだ適当に捜していても時間の無駄になるので、先に生徒達の家を回ることとなった。校舎が半焼してしまった以上、授業はできない。それを伝える必要があるのだが、最後の家を回るところで事件は起きた。
「貴様ぁ!! 獣人がこの私にぶつかるとは何事だ! 私の祭服に汚らわしい獣人の臭いが付いたらどうしてくれる!!」
街の往来で、大きな声を上げる黒い祭服に身を包んだ男と、ぶつかって尻餅をついてしまった獣人の少年がいた。
少年の方は怯えるように男に誤っていたが、男の怒りが治まる気配がない。
「そもそも獣人が街を堂々と歩いていること自体おかしいのだこの街は! 獣人は路地裏の隅のゴミ溜めで生活するのがお似合いだ!」
自分への誹謗中傷には対してはそれなりに心の広い反応を示すことができるハルとシュナだが、自分が知っている者が必要以上に責め立てられ、尚且つ理不尽な誹謗中傷を受けてるとなれば黙ってはいない。
それも、それを受けているのがまだ10歳にもならない子供で―――自分達の生徒となれば尚更だ。
クワシンとヒーラが止める前に、2人の足は迷わず動いていた。
「流石に言い過ぎなんじゃない? おじさん」
「私達の生徒に手を出すと言うのなら、まずは我々からお相手しよう」
刀と矢を面前に向けられた状態で2人の少女に凄まれた男は、驚きと恐怖に顔を歪ませながら冷や汗を流す。
「な、なんだ貴様らは……!」
「「この子の先生だが何か?」」
「あ、ハル先生、シュナ先生!」
突如現れた救いの手が、自分の先生だと知り安心した表情を見せる獣人の少年。
ちょうど彼の家に向かっている最中だったので、彼が何かされる前に間に合って良かった。
黒い祭服を着た男はハルよりも刀を向けるシュナを見て、というよりもシュナの犬耳を見て明らかに嫌悪感漂う表情をする。さらに何か言おうとするが、これ以上言わせると本当にハルとシュナが暴れかねないと判断したクワシンが急いで走り寄る。
「待ちなさい、そこまでだ。何があったのか聞かせてもらえますか?」
次から次へへと何だといいう顔で声の主を見た祭服男だったが、それが警備団のものだと気付いて舌打ちをしてから両手を上げた。
「別に何でもないですよ警備団さん。このガキがいきなりぶつかってきたから、ちゃんと前見て歩くように注意していただけです」
「へぇ……前見て歩くのと獣人が路地裏の隅で暮らすのにどんな関係があるのかな」
「ぐっ……うるさい、誰だか知らんがいきなり出てきて口を出すな」
ハルに先程の発言をつつかれ、一瞬口ごもる祭服男。
どちらにせよ警備団が目の前にいる以上、これ以上大事にすると厄介な事になるのは目に見えている。往来の真ん中というのもあって人も集まってきている。
「と、とにかく、生徒かなんか知らんが、知り合いならちゃんと教育しておけ!」
祭服男はそう言い残し、踵を返して歩いて行った。
ハルは嘆息しながらクロスボウを背中の装着具に戻し、シュナは祭服男の背中を睨み付けながら刀を鞘に納める。
尻餅をついていた少年はヒーラに起こしてもらい、ハルとシュナに頭を下げる。
「先生、助けてくれてありがとう」
「どういたしまして。あの男の人とぶつかっちゃったの?」
「ぶつかったっていうか、いきなり向こうからぶつかってきたんだ。でも凄い剣幕で怒ってきたから謝るしかなくて……」
「………………………………ほう」
ハルの瞳が怪しく光る。
すぐさまさっきの男を追いかけて、一発ぶん殴ってやろうかと思ったが、先に彼に伝えておかなければならないことがある。
「そうだ、明日からしばらくの間、学校は休みになるから覚えておいて。できるだけ早めに再開する予定だけど、まだ具体的な日にちは決まってないんだ。また再開するときに知らせに行くから、家の人に伝えてくれる?」
「えぇ……学校休みになっちゃうの?」
「そうなの。ごめんね。…………学校楽しい?」
「うん! 学校の皆は僕が獣人でも普通に接してくれるし、何よりもっと強くなりたいもん!」
獣耳をピンっと伸ばし、尻尾をぶんぶんと振りながら目を輝かせる少年。
そんな姿を見たら、興奮が止まらなくなってしまうではないか。
「…………もぉ! 可愛いこと言ってくれるなぁ!! よし、すぐにでも再開させてみせるから、ちょっとだけ待ってて!」
「わかった! お母さんにも言っとくね!」
「また今度、ちゃんと報告に行かせてもらうから、それも伝えておいて!」
「はーい!」
元気に返事を返して走り去っていく少年。
やはりああいう素直な姿やピクピクと動かす獣耳を見ると、モフりたくなる衝動に駆られる。となると毎回、どう考えても獣人差別主義のこの世界はおかしいという結論に至ってしまう。
「ま、とりあえず今は――」
「ハル。さっきの男を追うぞ」
「おっ、分かってるねシュナ。あの子のためにもあの男には一発グーパンを入れとかないと!」
「……? 何の話だ?」
「何の話って……あの子のためにさっきの男に仕返しをしに行くんでしょ?」
ハルの言葉にシュナは見るからに溜め息を吐く。
「ハル、お前は一体何をしに来たんだ」
「……? どゆこと?」
いまいちシュナの言っている意味が分からず首を傾げるハル。
そんなハルにシュナはスンスンと鼻を鳴らしてみせる。
「さっきの男の匂いと、放火現場に残っていた匂いが一致した」




