9.いじられ慣れていないんです
目の前に現れたドラゴンの死体。
その大きさに三者三様の反応を見せる。
初めて見たドラゴンの大きさに目を見張る者。初めから多少の予想はしていたとはいえ、心のどこかで信じたくはなかったと苦笑いを浮かべる者。そして、初めてドラゴンに襲われた時のことを思い出して冷や汗を流している者。
「おい、ハル。どうする……?」
1歩前に立つシュナが、横たわるドラゴンから目を逸らさずに小声でハルに指示を仰ぐ。
「……多分大丈夫だよ。このドラゴンからは魔力が感じられないし、完全に死んでる」
「その通りじゃ。心配せんでいい」
「「「……っ!?」」」
突然の声に飛び退く程に驚く3人。
すぐさま声のした方へ、それぞれの武器を構える。
そこには、ドラゴンの死体の下でいかにも旨そうなスープを作る老人がいた。
ハルは左目の魔眼でその老人を見る。
(この魔力……間違いない、さっき見た大量の魔力を持った人影だ)
「あなた、一体何者ですか? こんなところで一体何を……」
「ん? 見て分からんかの? スープを作っておるのじゃ。最近少しずつ気温も下がってきておるしの。特に山は気温が低い」
「いや、私が訊きたいのは何でこんなところでスープなんて作ってるのかってことなんだけど……」
「なんじゃ、それならそうと早く言わんか。まったく、最近の若者はもっとハッキリと物を言わんと伝わらんぞ。のお、シュナよ」
老人は細い目の奥にある瞳を光らせ、間違いなくシュナを捉える。
「え?」
「今あのご老人、確かにシュナ先生を……」
自然とハルとウィーネもシュナの方に視線を向ける。
確かにシュナに目を向け、シュナをシュナと呼んだ。流石に人間違えというには無理がある。
そして当のシュナも、ドラコンを見たときよりもさらに目を見開いて老人を見ていた。
「えっと……シュナ? お知り合い?」
「……グリフト。まだ生きてたのか」
「勝手に殺すな。この馬鹿弟子」
「「弟子!?」」
ハルとウィーネによる驚きの声が重なる。
確かにかなり前に昔師匠がいた的なことを聞いたことがあったハルではあったが、この目の前でスープを作っている犬の老獣人がそうだと誰が思うだろうか。
「私に会いにでも来たのか?」
「誰がお前なんぞに会いに来るか。お前がこんなところにおるなんて知らなんだわ」
「それはこっちの台詞だグリフト。貴方こそこんなところで何をしている」
「儂は普通にこの山を越えようと思っとったら、こいつがここで寝ていて道を塞いでたもんで、邪魔だから少し早い昼食のおかずになってもらったんじゃ」
「……! このドラゴンをたった1人で?」
ハルはドラゴンの恐ろしさを身を持って体験している。
このドラゴンも昔遭遇したドラゴンとそう大きさも変わらない。あのレベルのドラゴンをたった1人で倒したとなると、彼の実力はここにいる3人を足してもまだ足りないだろう。
「まあ倒したといっても、空を飛ばれると面倒だからの。不意打ちで片翼を切り落としたお陰で楽に倒せたというのもあるかの」
ふむ。彼はそう言うが、ハルは辺りを見渡してその異様さに気付く。
確かに死体になっているドラゴンの死体は片翼が綺麗に切り落とされており、彼の言っていることが正しいのだろうと分かる。ただ、ドラゴンと戦闘をしたわりには辺りが綺麗過ぎる。
開けている場所とはいえここは山の中腹、つまりは山のど真ん中だ。辺りには木々が生い茂っているし、これ程の大きさのドラゴンが暴れればもっと荒れ果てていてもおかしくないのだ。
それに、ハルはドラゴンの攻撃を知っている。
以前200メートル以上離れた場所からのブレスが目の前を通りすぎたことがあった。
ドラゴンはその口から炎の柱を放つことができる。いくら不意打ちで翼を落とされたとはいえ、いやむしろいきなり攻撃されればドラゴン程のモンスターが反撃しない訳がない。
しかし、辺りに焼け焦げた樹木など1本もない。それどころかドラゴンが暴れた形跡が全くと言っていいほどないのだ。つまりそれは、ドラゴンが無抵抗で殺られたということになる。
「えっと、グリフト、さん? でいいですか? シュナ先生のお師匠様らしいですけど、このドラゴンをどうやって倒したのか詳しく教えていただけないでしょうか?」
ウィーネが1歩前に出てグリフトに訊ねる。恐らく彼女もハルと同じ部分に疑問を持ったのだろう。あと、教師として子供達にドラゴンを倒した人の話をしてあげたいというのもあるのかもしれない。何という教師の鏡だろうか。
しかし、グリフトが食いついたのは違う部分だった。
「シュナ、先生じゃと? なんじゃその気持ちの悪い響きは」
「気持ち悪いとはなんだ! 私は現在立派に学校の教師をしているのだぞ!!」
立派かどうかは置いておくとして、それでもやはりシュナも真面目に教師として子供達と向き合ってくれているのは確かだ。授業としては少し感覚的な教え方が目につくが、身体能力の高い獣人の子供達にはむしろその方が分かりやすいらしく、案外上手くやれている。
「……ガッコウ。なんじゃそれは」
「そうだな……その鍋を食べさせてくれるのであれば、教えてやらんでもない」
「ふむ、いきなり鍋に顔を突っ込まなくなった辺り、多少は成長したかの? まあ、相変わらず食い意地は張っているようだが」
「い、今その話はいいだろう!」
顔を赤くして怒鳴るシュナに、ハルとウィーネは首を傾げながら優しく教えてあげた。
「「鍋に顔を突っ込んだら熱いよ?」」
「身を持って知ってるよ!!」
× × ×
「うっま! ドラゴンの肉うまっ! 相変わらずうっま!」
「相変わらず? 待てハル、お前以前にもドラゴンの肉を食べたことがあるのか?」
「うん。結構前だけど、カイと初めて旅に出たときにいきなり出会してさ。まあその時にロイドとカナタに初めて会って助けてもらったから、別に私とカイが倒した訳じゃないけど」
グリフトのドラゴン肉入りのスープをいただきながら、以前ドラゴンと遭遇した時のことを話すハル。それを聞いて羨ましそうに歯を噛み締めるシュナ。
それは憧れのカナタ達に偶然助けてもらったことに対してなのか、それともドラゴンの肉を食べたことに関してなのか微妙なところだ。
「ロイドとカナタって、あのロイドとカナタですか? 2人ともあの2人とお知り合いだったんですか?」
「うん。一応ロイドは私の師匠だし、カナタはカイの師匠だよ」
「ああ! そういえば王都で噂になってましたね。最強の2人が弟子を連れてきたとかなんとか」
恐らく以前王都に行った際に、門番に言ったことがそのまま噂となり広まったのだろう。
「そっか。ウィーネさんは王都の冒険者でしたもんね。そりゃ2人のことも知ってるか」
「何回か目の前で戦闘も見てますしね。でもあれは桁違いでした。特にあのロイドが使う魔法とか見てると滅茶苦茶自信なくなりますもん」
やはり彼女程の実力者から見ても、ロイドは次元が違うらしい。どうやら王国最強は伊達じゃないようだ。
「お主ら。さっきから勝手に盛り上がっておるが、儂を忘れている訳じゃあるまいな」
忘れていた。
「忘れていた。というか、まだいたのか」
「おおい! せっかくこんな美味しいもん食べさせてもらってるのに言い過ぎ言い過ぎ」
ハル自身忘れていたとは口が避けても言えない。ここはシュナを隠れ蓑にさせてもらおう。
そんなハルの腹黒い計算は他所に、グリフトはシュナの言い草に青筋を立てて、シュナの茶碗からドラゴン肉だけを一瞬で奪う。
あまりの早業に、肉を幸せそうに頬張っていたシュナは当然気付くはずもなく、見ていたハルとウィーネですら一瞬何が起きたのか分からなかった。
「…………ん? あれ? 私の肉が……ああ! グリフト! 貴様私の肉を奪ったな!?」
家でもよくカイと肉の取り合いをしているシュナだが、ここでもそれは変わらないようだ。
まあ、10歳近く離れた相手に毎回マジになるシュナが場所を選ぶわけないのだが。
「お前はガッコウとやらを教える代わりに、この肉をよこせと言ったはずじゃ。言わぬならお前に食わせる肉はない。スープだけ啜ってろ」
「この耄碌ジジイが……」
変わらないと言いつつも言葉遣いといい、テンションといい、やはり普段とはどこか違うシュナにハルは内心驚いていた。
(それだけ、この人はシュナにとって特別な存在ということか……)
いつも気丈なシュナだが、彼女も獣人である以上この世界で生きてきて一度も不自由せずに暮らしてきたとは考えづらい。まだまだ彼女の知らないところがたくさんあるんだと再認識し、この老人はそんなハルの知らないシュナを知っていると思うと、少しだけ―――楽しくなってきた。
「もちろんお話できることはお話ししますよ。ただ、スープをいただいておいてあれですけど、代わりに昔のシュナの面白恥ずかしい話なんかがあれば教えていただけないでしょうか?」
「ハル!?」
「シュナの昔話じゃと? ……………………よかろう。乗った!」
「勝手に乗るな!」
「あ、私も生徒に話す話題が増えそうなんで聞きたいです」
「ウィーネまで!? ていうか子供達には絶対言うな! 私の威厳が……!」
「そうじゃな、あれは確か7年程前の話……」
「しかもお前から話すのか!? こっちの話を聞きたいんじゃなかったのか!! ていうかお前達、私をいじって遊ぶのはやめろぉ!!」




