8.原因
静かな山奥。
先程までの戦闘音が嘘のように今は周りが静まり返り、風にさざめく葉の音とハル達の足音が聞こえるだけだ。
昨夜はルルに叱られ、3時間近く寒空の下で薄着状態のまま放置されるという拷問を受けた。
体を温めるためにカイと50メートル走で勝負をしたりもした。3本走った時点で体力の限界を迎えたのはまだ記憶に新しい。勝敗は言わなくても分かるだろう。
別に、互いに謝罪の言葉は無かった。
互いに必要ないと判断した。
ただ、50メートル走勝負の後、動けなくなったハルとその横に座ったカイは少しだけ今まであったことを懐かしむように話した。話数で言えば多分85話分くらい。
そんな会話の最後に「別に信頼してないわけじゃない。まぁ、信用はあんましてないけど」と呟いたカイの頬を引っ張り、その後嫌がるカイの猫耳を気が済むまでモフモフしたりもした。
そんなこんなで無理は絶対にしないという条件付きで、3人でクエストに向かうことを許可したカイに再度モフモフして調子に乗るなと猫パンチを喰らったところで昨夜の話は終わることになる。
そして翌日の今日。ハル、シュナ、ウィーネの3人は午前から調査クエストの依頼を受け、アランカの街の外に連なる山に足を踏み入れていた。
依頼内容は、最近山の中腹から麓にかけての極めて深さの浅い部分に、種族の違うモンスターが共闘して山に入ってくる冒険者や行商人を襲うという事件が多発しているという。
この報告を受けたギルドは討伐ではなく、本来ならあまりあり得ないとされる異種族のモンスターが共闘しているという状況の原因を探るという調査クエスト発布した。
このクエストを最初に受けたのが、アランカの街に来たばかりだったアマネのパーティーだった。
しかし、結果は知っての通り。クエストは失敗。3人中2人が死亡。その噂は冒険者達の中では当然すぐに広まり、それ以降このクエストを受ける者はいなかった。
ゴブリンやオークならまだしも、キラースコーピオンやスケルトンソードなどは本来ならもっと山の奥深く、以前ハルが1人で魔石を取りに行った洞窟辺りに生息するモンスターだ。
あの洞窟には一角虎などのフライングベア並の強力なモンスターが多く生息しており、キラースコーピオンやスケルトンソードは一角虎ほどではないにしろ、ゴブリンと比べるとやはりその力の差は歴然としている。
ましてやそんなモンスターが山奥から出てきて、ゴブリンと共闘するなんてことはあまり考えにくい。
「だが、やはり話の通りだったな。以前にアマネを助けた時から気にはなっていたが、本当に連携を取ってくるとは」
先程までそのゴブリンやスケルトンソード達と戦闘をしていたシュナが、辺りを警戒しながらそう口にする。
山を登り始めてから十数分した所でいきなりモンスターに奇襲を仕掛けられた3人。しかし、こちらには嗅覚を使った索敵に優れたシュナがいるためその奇襲は失敗に終わった。
「でもハル先生のその左目、ずっと気にはなってましたけど、まさか魔眼だったんですね」
奇襲を見破ったシュナに続き、ハルが隠れている敵の数と場所を左目の眼帯を外すことで特定し、ウィーネの魔法で敵の奇襲にカウンターを決めることに成功した。意外とこの3人のパーティーはバランスの良いチームになるかもしれない。
「ま、カイとの約束もあるし、今回は索敵に力を入れることにしてるんで。あれくらいはね」
とはいえ、やはりウィーネの実力は流石のもので、恐らく奇襲を掛けられていたとしてもウィーネとシュナがいれば普通に対応できていたようにも思う。
「うむ……山の中腹を越えた辺りからいきなりモンスターの気配が無くなったな。ウィーネの予想では確かこの先に」
「恐らくだけど、スケルトンソードが逃げ出すくらいの何かがいるとは思うって感じですかね」
スケルトンソードが逃げ出す。ハルはこの話を聞いてからずっと考えていたことがある。
逃げ出すということは、スケルトンソードやキラースコーピオンにとって想定外のことが起こったということだ。元々この山には彼らよりも強いモンスターは生息している。それこそ一角虎であったりフライングベア、グリフォンなんかもいるのだ。それでも彼らの生息地はずっと変わっていなかった。
つまり彼らの縄張りを脅かしたその何かは、グリフォンよりも強く、元々この山に存在してもおらず、いきなり現れたということになる。
ハルの脳裏に初めてカイと旅に出たばかりの頃が浮かび上がる。
(もし、もしも本当にそうなら、私じゃ無理だ。この2人でも、特にシュナは近距離タイプなわけだし、空を飛ばれたら戦えるのはウィーネさんと、最悪私も戦う必要がある……できるだけ、索敵に集中しておこう)
もうすでにハルの中では勝手にこの先にいるのが何なのか予想はつけていた。
それはウィーネも同じで、むしろウィーネはギルドでこの話をシルシから聞いたときからかなり限定的に可能性を絞り込んでいた。そして、今ではハルと同じ結論に落ち着いている。
ただ、2人の予想は大幅に外れることとなる。
いや、間違ってはいなかったのだが、それ以上に予想外の出来事が起きていた。
「……!」
シュナが不意にスンスンと鼻を鳴らす。
腕を横に広げ、ハルとウィーネもそれに合わせて動きを止める。
「……どうしたの?」
「この先から強い匂いがする。なんだこれは……」
「方向は?」
ハルはシュナが指差す方角を向いて左目の眼帯を軽く持ち上げる。
「…………? 何もいないよ?」
「…………そんなはずはない。こんなにも匂いが……そういえばハルのその左目は魔力を見る眼だったな?」
「うん」
それを聞いて、シュナはもう一度入念にスンスンと鼻を鳴らす。
「だからか……これは、死臭だ」
「死臭、ということはかなり強い匂いがするはずですが……シュナ先生、まだ少し距離があるのでは?」
「かもしれん。だが、この先に何かいることは確かだ」
警戒しながら慎重に匂いのする方へと歩みを再開させる3人。特にハルとウィーネは上空にも注意を払っていた。
そして、しばらくすると今度はハルが2人の前に立ち腕を横に広げる。
僅かに上げた眼帯の隙間から紅く光る左目は、それを確実に捉えていた。
「誰かいる。1人だけだけどかなりの魔力量だ。それに、これはモンスターじゃなくて人だね」
「人? 私には誰かがいる匂いなどしないのだが」
「シュナはこの死臭のせいなんじゃない? 私にも分かるくらいには近付いたみたいだし」
「でも方向的にも、この死臭はその人の仕業とみて間違いないって感じですかね」
その可能性は極めて高い。
ただ、この死臭を放っているのが何なのかはまだ分からない。ハルの眼は魔力を見る魔眼なため、肉眼で見えない場所では魔力の流れが止まってしまう死体を見ることは出来ない。
つまり、ハルが捉えた人物の周りに、一体どれだけの死体が転がっているのかが分からないということだ。だが、この匂いだと、かなりの数の死体が転がっていても不思議ではない。
問題の場所までもう距離もないところまで来ると、シュナは鞘から刀を抜き、ウィーネは自分よりも背の高い魔法の杖を構える。そしてハルは、眼帯を完全に外してから背中のクロスボウを手に取り、安全装置を外す。
「よし、行くぞ」
シュナを先頭に、ハル達は山中に出来た地面の平らな開けた場所に出る。
そこには信じられない光景が広がっていた。
死臭の強さからかなりの数の死体があると踏んでいたハル達。しかし、そこにあった死体はたったの1つ。たった1つの死体と聞くと死臭が強すぎる気もするが、ハル達は逆にこの死臭の強さに納得した。
そこには、30メートル級のドラゴンが全身に深い切り傷を負いながら生き絶えていた。




