7.ルルの姉御
「オレも行く」
夕飯の際、昼間のクエストの話をするとカイがこのように言い出した。
ハルはシュナを誘ったつもりだったのだが、カイが横槍を入れてきたのだ。
「いや、でも今回のクエストは結構危険なんだよ。だからこの中で一番戦えるシュナを誘ったの。シュナとウィーネさんがいれば大抵のモンスターは倒せるだろうし」
「じゃあお前が行く必要もねーじゃん」
「まあそれは一応……ね? 私も一緒に話を聞いてたわけだし、あの話を聞いて放ってはおけないし」
「だったらオレもついてく」
「いやだから、カイ達には明日学校を任せてしまうことになるダンストンさんの手伝いをしてもらおうと思って……」
「それならルルとリリィでも事足りるだろ」
「でもさ、本当に危険かもしれないんだって」
「そんな危険なクエストにお前が行って何か役に立つのかよ」
「……なにさその言い方」
カイの言い草に、少しだけムッとしてしまう。
確かにハルはシュナやウィーネほどクエストは経験豊富ではないし、2人と比べられたら戦闘能力だって劣ってしまうかもしれない。それでも、何も役に立たないとは思っていない。
「何度だって言ってやるよ。お前がそんなとこについてったって何の役にも立たねーよ」
「…………」
「…………」
食卓が険悪な雰囲気に包まれる。
ハルもカイもどちらかというと思ったことを何でも口にするタイプではあるので、これまでも何度か口喧嘩まがいのことはしたことがある。ただそれでも、ここまで険悪になったことは一度だってない。
いつもと違う雰囲気の2人にリリィが分かりやすく戸惑っており、アマネは心配そうに2人の間で視線を行き来させる。シュナは最年長として止めに入るべきか迷っているようだ。そしてルルは――優雅に食後の紅茶を嗜んでいた。
「別に、私そんな弱いつもりないんだけど?」
「はあ? どの口が言ってんだよ。お前なんかシュナどころかオレやアマネより弱いっての」
これには流石のハルもカチンと来た。確かに運動自体はあまり得意ではないハルは、身体能力では2人に劣ることは間違いない。だが、本気でやりあったことがないだけで、あのアルやアランとも渡り合った自分がカイ達にそこまでハッキリと断言されるほど戦闘能力で劣っているとも思わない。そもそもクロスボウを武器とするハルの戦闘スタイルに身体能力はあまり関係ない。
「さっきから何なの? 反抗期?」
「事実を言ってるだけだろ。むしろお前がオレとかより強いって思ってたことが驚きだわ」
「私はカイ達のことを思って危険なところにできるだけ連れて行きたくないって言ってるだけなのに、何でそんな風に言われないといけないわけ?」
「だから、オレよりも弱い奴に心配されても嬉しくねーって言ってんだよ。オレが行ったら危険な場所にオレよりも弱いお前が行って何するんだよって話をしてんだ」
「お、おい2人とも……その辺で……」
次第にヒートアップしていくハルとカイに、流石にまずいと止めに入るシュナ。
だが、ここまで言われて黙っていられるハルでもない。
「さっきから弱い弱いって。今まで何回アンタのこと助けてやったと思ってるわけ?」
「おい、ハル! そんな言い方……!」
「はあ? それはこっちの台詞だろ。お前はいっつもやられかけてるときにオレやらロイドやらに助けてもらってばっかじゃねーか。どうせ今回もシュナ達に助けてもらうはめになるに決まってる」
「カイも! どうしたんだ2人とも!!」
売り言葉に買い言葉。2人とも本心から言っている訳ではないとは分かってはいるのだが、それにしても言い過ぎ感は否めない。このままではどちらかが手を出してしまうのではと思ってしまうほど、2人とも熱くなりすぎている。
「お、落ち着いてください2人とも! そうだ、そのクエスト、ボクもついていきます! ボクがハルさんの傍に付いてハルさんの身を守りますから! ね、そうすればカイも安心でしょ?」
「「不安材料が増えただけ」」
「ひどい!!」
喧嘩の最中だろうと、こんな時だけ息が合う2人。しかし、2人の睨み合いは依然として続いている。
「とにかく、今回のクエストはシュナとウィーネさんと私の3人で行く。文句は受け付けない」
「それならお前の代わりにオレが行った方がマシだって何回言えば分かるんだよ」
「さっきから……マジで何なの? いい加減に――」
「今のお前に何ができるんだよ」
「はあ……?」
流石に本気でキレかけたハルをカイの言葉が遮る。
「今の! 魔力が碌に制御できずにすぐぶっ倒れちまう今のお前に何ができるんだって聞いてんだよ!!」
「…………!」
何故ここまでカイがハルのクエスト参加を反対するのか。理由は何とも単純明快。心配なのだ。ただただ心配でしかないのだ。
王都から帰って以来、ハルは何十回と倒れている。それは毎回、魔力切れの症状を起こしながら苦しそうに倒れている。
右手首に装着された魔道具。そこに嵌め込まれた魔力を吸収し貯蓄する魔石に魔力を吹き込みながら、体内に渦巻く強大な魔力の制御をしようと努力してはいるものの、この魔力を制御するにはほど遠く、毎度毎度魔力を全て吐き出してしまい魔力切れとなって倒れてしまうのだ。
「お前はもう、この学校だけをやってりゃいいじゃんか。戦える奴はいるんだから、お前が無理することねーじゃん……」
そっぽを向きながら、ボソボソと呟くように言うカイ。
売り言葉に買い言葉で次々と酷いことは言ってしまったが、こうでも言わないと、彼女は簡単には諦めないと思ったからだ。まあ、ハルの性格上それは完全に逆効果なのだが。
ここでこれまで傍観を決め込んでいたルルがティーカップを置き、2人にジト目を向ける。
「まったく……ぎゃーぎゃーぎゃーぎゃーと、2人とも馬鹿じゃないの? 2人ともが互いに過保護って……見てて溜め息しかでないわよ。もう少し互いに相手のことを信頼してあげなさいよ」
「「で、でも……」」
「カイ。確かに貴方の気持ちも分からなくもないわ。ハルはいざという時には自分の身体を押してでも無理をする傾向があるし」
「そう。だから――」
「だからって貴方はハルのことを信用してなさすぎよ。自分の中にある魔力を制御できていないことは、誰よりもハルが分かっているはずでしょ? それが分かっているからウィーネさんとシュナを連れていくわけだろうし。無理はしないわよ。そうでしょハル?」
「う、うん」
「これがもし1人で行くとかならアタシだって止めただろうし、説教だってしたかもしれないけど、今回はあそこまで酷いことを言って止める程のこととは思えないけど……?」
ギロリとカイを睨みつけ、暗に言い過ぎだと忠告する。
ルルに睨まれたカイは蛇に睨まれた蛙が如くその冷たい視線に萎縮してしまう。
「次にハル」
「は、はい……!」
「言い方がアレだったとはいえ、カイの性格を考えればカイの言いたいことが分からない貴女じゃないでしょ?」
「う……」
恥ずかしながら、カイが最後に言った言葉を聞くまでカイの気持ちには気づけなかった。
確かにいつもなら気づけていたはずだ。気付けた上で軽くいなして、いつも通りの冗談交じりの軽い言い合いで済んだはずなのだ。カイの性格を考えればすぐに分かるはず。それなのに、何故か今日は本来の意味を考える前にカイの言葉が頭に来てしまった。想像以上に、自分の中に余裕が無くなってきているのかもなぁと、自嘲気味に考えてしまう。
「とにかく、2人とも外に出て頭を冷やしてきなさい。仲直りするまでこの家には入れません」
「「いやでも、最近夜は肌寒くなってて……」」
「あ?」
「「何でもありません」」
もう十分息もピッタリではないかと思わないではないが、ここらで一度、お互いの気持ちを話し合うのも悪くはないだろう。
ルルにお尻を蹴られながら家の外に追い出された2人を見て、ホッと胸を撫でおろすの同時に、ルルに尊敬の眼差しを向けるシュナとリリィとアマネだった。
「ヒーラのとこに上がり込むんじゃないわよー!」
2人の行動を先読みして釘を刺すルルに頼もしさを感じずにはいられない。
「流石としか言いようがないな」
「はい。それにお姉ちゃん、最初から戸惑うことなく静観してましたし」
「姉御と呼びたい気分ですね」
この中で一番大人なのはルルで間違いないと、確信を持って頷く3名だった。




