6.平たく言えば
とある日、この日は学校を休みとしているためハルは1人ギルドへと赴いていた。
別にハルは冒険者でもなんでもないため、クエストを受けるつもりでもギルドマスターのシルシに会いに来たわけでもない。
それでは何をしに来たのかというと、少し気になることがあったのだ。
それを確認するため、ハルは数多くのクエスト用紙が貼られた掲示板に近付く。
今日も今日とてたくさんのクエストがある。
討伐クエストから採集クエスト、行商人の護衛から家畜の世話なんてものもある。
その中でハルの目を引いたのは調査クエストと書かれた1枚の色の付いた羊皮紙。他の羊皮紙と色が別けられているのは、このクエストの依頼者がギルドだと分かりやすくするためだ。
このように時折ギルドからのクエストも出ることがある。
ハルがこの街に来たばかりの頃、フライベアの群れが山の麓へと下りてきたことがあった。あれの第一発見者は冒険者ではあったものの、討伐後は正式にギルドからの依頼という形となり、討伐に参加した冒険者にはギルドから報酬が支払われた。
このようにギルドとは依頼者と冒険者の仲介役だけでなく、街の安全を守るための組織団体でもあるのだ。
逆を言えば、そんなギルドからのクエストということは、この街の安全を守る組織団体が問題視するようなことが起きているということでもある。
「おや? ハル先生じゃないですか」
突然掛けられた自分を呼ぶ声に振り向く。
ハルのことを先生と呼ぶのはこの街でも限られている。しかも場所がギルドということはその人物は2人にまで絞られる。
そして、その声が女性のものとなると、もはや1人しかハルの頭には浮かばなかった。
振り向いた先にいたのは、ハルの予想通りの人物。
王都よりハルが開設した冒険者学校の教師役として派遣された冒険者の1人。女性冒険者で魔法使いのウィーネだ。
「ウィーネさん。今日はダンストンさんは?」
「おじいちゃんなら今日は宿でゆっくりするそうです。なので私1人でクエストを受けに来たって感じです」
彼女はつい最近まで王都の冒険者をやっていただけあってか、かなりの実力者だ。魔法使いというのは本来後衛で前衛の支援をしながら戦う戦闘スタイルが基本なのだが、彼女は1人でも高難易度のクエストを難なくクリアできてしまうくらいには凄いと言っても過言ではない。
ちなみにダンストンとは彼女の実の祖父で、彼女と一緒に教師役を引き受けてくれた元冒険者の老剣士だ。
「ウィーネさん程の冒険者が教師役を引き受けてくれるなんて、ホント心強いですよ」
「いえいえ。私も冒険者の端くれとして、新人がクエストで死んでいくのは幾度となく見てきましたからね。ハル先生の試みは素晴らしいと思いますよ」
「そうですかね?」
「はい。それに、びっくりするくらいお給料が貰えますしね」
ぶっちゃけ、彼女が教師役を引き受けた理由としてはこの部分が一番大きい。
クエストは報酬が大きければ大きいほど当然危険度は増していく。ところがこのお仕事は、安全で安定かつ高額なお給金が定期的に入ってくる。冒険者は基本貧乏な者が多いというが、王都の冒険者ともなればそれなりに稼いでいる者もいる。彼女だってそのうちの1人だ。しかし、そんな彼女が飛び付くほどの羽振りの良さ。それだけ貰っておいて適当な仕事ぶりを見せてしまえば、冒険者の名折れである。
「なので休みの日は体を鈍らせないようにするのと、生徒達に話すネタが増えるという理由でクエストを受けるようにしているって感じです」
実際、学校に通うようになった生徒達は皆冒険者に憧れている少年少女達だ。
故に、実際のクエストの話などをすると大変食い付きが良いし、話の説得力も増すというものだ。
「そこまで考えてくれてるんですか? こりゃ、お給料さらに上げないと駄目かな……」
「いえいえいえ! むしろこのくらいしても、貰いすぎってくらい貰ってるので。ハル先生は気にしないでください。それに、やっぱり冒険者はクエストを受けてなんぼですので」
「素晴らしい! そんな素晴らしい凄腕冒険者のウィーネさんに、是非ともお願いしたいクエストがあるのですが」
「「うおっ! びっくりした!」」
突然2人の後ろから声を掛けてきたのは、お馴染みギルドマスターのシルシだ。彼女も学校の開設に関わっているので、当然ウィーネのことは知っている。
「サクバ様もおはようございます。それで受けてもらいたいというクエストなのですが――」
有無を言わせぬ様子でウィーネの腕を取り、奥のカウンターへと引っ張っていくシルシ。
いつもはどちらかと言えばクールな印象を受ける彼女が、こんな風に強引なのは珍しい。これはハルの性格上首を突っ込まなければならないと1人で頷き、2人の後を追っていくハルであった。
× × ×
「「調査クエスト?」」
ちゃっかりとウィーネの隣の席に座り、シルシの話を聞いていたハルはウィーネと共に首を傾げる。
「それって、あそこに貼ってあったギルドからのクエストのやつですか?」
「おや、流石サクバ様。既にご覧になっていましたか。その通りです」
「それで? 討伐クエストでなくその調査クエストを私に頼みたいんですか?」
この言い方は暗に、自分ほどの実力者に頭を下げてまでお願いするようなクエストなのか? と聞いているのだろう。しかしこれは自信過剰でもなんでもなく、ただの事実であるためシルシも静かに頷くだけだ。
「内容までは見てなかったんですけど、それってどんなクエストなんです?」
ハルが質問すると、シルシは一度頷いてから一枚の羊皮紙を取りだし、説明を始めた。
「まずこのクエストは先程サクバ様も仰っていた通り、ギルドが出しているクエストです。というのも最近、街の近くの山にこの辺りでは滅多に見かけない強力なモンスターの目撃情報が多発していまして、それだけならまだしも、それらのモンスター達が手を組んで山に入った冒険者を襲うという事件が発生しているのです」
「モンスターが手を組む? それは他種族のモンスター同士がってことですか?」
「はい。例えば一番最近ですと、ゴブリンとオーク、キラースコーピオンにスケルトンソードと生息地も種族もバラバラなモンスター達がまるで連携を取るかのように襲ってきたという話です」
「……!?」
今の話にハルが反応する。というのも、つい先日同じ話を聞いたばかりだったからだ。
「シルシさん。それってもしかしなくても……」
「はい。アマネ=クライシスさんのパーティーの話です」
そう。ハルはあの晩、アマネからモンスターに襲われた時のことを訊ねていた。
正直彼はまだあまり思い出したくはなかっただろうが、それでも彼はハルの問いかけにしっかりと答えてくれた。
「ゴブリン、オーク、キラースコーピオン、スケルトンソードですか……確かに共通点はなさそうな感じですね。基本モンスターっていうのは縄張り意識が強いのばっかなはずなんですけどね」
ウィーネの言う通り、モンスターというのは本来縄張り意識が強く、その縄張りに足を踏み入れようならそれが人間だろうと他のモンスターだろうと攻撃する。ゴブリンとグリフォンのような明らかな力の差がある相手だと逃げ出すのだが、多少の格上相手ぐらいなら群れで向かっていくことも珍しくはない。
ただし、今回はまるで逆の現象が起こっているという。
「ただ、他種族のモンスターが共闘するっていうのは確かに珍しいことではありますけど、別に可能性が全くのゼロって訳でもないですよ?」
「え? そうなんですか?」
ウィーネの言葉にハルが素で返す。
「はい。あ、じゃあこれも今度授業で話すことにしましょうか。確かに基本的には他種族のモンスターが共闘するのは珍しいことです。ですが、モンスターっていうのは知能は低くても無能じゃない。むしろ、生きるための生存本能は人間よりも勝っていると言えます」
「……? つまり?」
「つまり……他種族同士で共闘しなければならない状況に陥っている、って感じですかね」
「「……………………………………………………………………………………………………?」」
これにはハルもシルシも首を傾げざるをえない。結局、その共闘しなければならない状況とはどんな状況なのか、それが想像もつかないのだ。
ウィーネはそんな2人の反応を見て苦笑いを浮かべると、より分かりやすい言い方で核心に迫る。
「平たく言えば、キラースコーピオンやスケルトンソードなんてモンスターまでもが山の麓まで下りてゴブリンなんかと共闘しなければならないくらいの強大な何かが、山の奥深くに現れたってことですね」




