2.その姿に
「おりゃああぁぁぁ!!!」
自分の背とほぼ同じ長さの刀を振り下ろす。
刃は潰されているとはいえ、重さは真剣そのもの。齢10歳の少女にはいささか重たいだろう。
刀の重さに流されるように振り下ろされた刀はキンッという甲高い音と共に弾き返され、その勢いに耐えきれずそのまま少女は尻餅をついてしまう。
「ぬはは! 甘い甘い! 刀に振られているようじゃまだまだじゃ!」
「この剣おもい!」
「当たり前じゃ。敵を殺める道具が軽い訳なかろうて」
全く一本が取れず、むーっとむくれる少女。相手は老人とはいえ剣の達人。10歳の少女に後れを取るほどまだ老いぼれてはいない。
「よーし。今日も一本も取れずじゃったな。んじゃ、晩飯は素振り1000回終わってからな」
「イヤーーーーー!!!!」
素振り1000回をすると終わった後腕がまるで動かなくなり、スプーンも持てなくなってしまう。しかし、素振りを1000回しようと晩御飯の時間は変わらないので晩御飯を温かいうちに食べられないのだ。
「嫌ならさっさと儂から一本取れるようになるか、1000回振っても疲れない体力と筋力をつけることだな。お主は獣人ゆえ、身体能力は人間よりは上なんだからの」
「イヤーーーーー!!!!」
「いや、そんな駄々を捏ねられても……」
「イーーーヤーーーーー!!!!!」
「わ、分かった。晩飯はお主の腕が動くようになった頃にしてやるから!」
「よしやろう」
「こ、こやつ……」
先程まで地面に寝転がり足をバタつかせて駄々を捏ねていた少女はパッと起き上がり、早速素振りを始める。
(はぁ……今日の晩飯は一体何時になるのやら……)
少女との修行を終わらせ腹を空かせた師匠は、溜め息を吐きながら晩御飯の食材を狩りをしに森の奥へと入っていった。
× × ×
「998……999……1000」
日課の素振り1000回を終えて、刀を鞘に納める。
額からは汗が滲み、心地よい筋肉の疲労に満足していると、獣人の耳だからこそ聞こえるくらいの大きさで金属音が聞こえた。
ここはカンナギの街の外に連なる山々の1つで、モンスターも多く生息している。もしかしたら誰かが朝早くから戦っているのかもしれない。
(ふむ……ルルやリリィの耳ならもっとはっきり聞こえたんだろうが、私じゃ距離までは分からんな)
シュナは取り出した手拭いで顔を拭きながら、その音に微かに聞こえてくる音に集中してみる。
「……………………………………………………………………これは」
聞こえてくる音は間違いなく戦闘音だ。しかし、先程から色々な高さの金属音が聞こえてくるというのに、その全てが同一人物が生み出している音のように聞こえる。聞こえてくる金属音にパターンがあるのだ。これは剣の素人には分からないであろう域の話になるのだが、打ち合う金属音を聞くだけでそのリズムや力の入れ具合からその打ち合っている人物が同一人物かが分かる。
そして少なくとも先程から、打ち合っている金属音の片方は同じ人物が作り出している音だ。
つまり考えられるのは2つ。
1つは、1人で多種多様な武器を操っている場合。
聞こえてくる金属音の種類が違う以上、打ち合っている武器の性質が違うということだ。
そして、考えられるもう1つの可能性は、敵が多種族であるということだ。
つまり、種類の違うモンスターが協力して1人の人間と戦っているという可能性。
スンスンと得意の嗅覚で匂ってみても、数が分かるだけでモンスターの種類までは分からない。ただ、人は1人しかいないのは間違いない。
そして、シュナは先程の2つの可能性ならまず間違いなく後者だと思っている。
打ち合いの音からして、この者は決して強くない。それこそ素人に毛が生えた程度の剣筋と言えよう。
その程度のレベルの者が、多種多様の武器を操れるとは思わない。
ついでに言えば、もし今戦っているのが本当に素人であるのならば、かなりのピンチに陥っていると思われる。素人が複数の、しかも様々な種類のモンスターを同時に相手するのは流石に酷な話だ。
汗を拭き終えたシュナは、鼻を鳴らしながら未だ鳴り止まない金属音がする方へと走り出した。
× × ×
(失敗した失敗した失敗した……)
目の前の敵の群れに冷や汗が止まらない。
必死に剣を振るうも、敵に致命傷を与えることができない。
こんなことなら、こんな無茶なクエスト受けるんじゃなかったと数日前の自分達を後悔する。
田舎から出てきた駆け出し冒険者。
何日か前までは今戦っている少年の他にもあと2人、彼と同郷の幼馴染みがいた。
今頃は肉食モンスターの餌になっていることだろう。小さい頃から一緒に育った親友が目の前で殺されるのは想像を絶する感覚だ。
(やっぱり無理だったんだ! ボクたちみたいな素人が、初クエストでいきなりこんなクエスト――)
「ぐ……っ!」
先程からもう10分近く剣を打ち合っている。
剣を打ち合うと言っても、これは訓練でも修行でもない。
一撃一撃に命が懸かっている。もし敵の攻撃を一撃でも受け損なったら致命傷だ。そんな命のやり取りを10分も続ければ体力も集中力も削れていく一方である。
ましてや彼は1人で敵は7体。
それもゴブリンにオーク、キラースコーピオンにスケルトンソードまでいる。
これが仮にゴブリン7体なら何とかなっていたかもしれない。だが、種族が違えば攻撃パターンも違う。武器の固さや長さも違えばパワーだって違う。そんな敵モンスターを1人で相手にするなんて駆け出し冒険者には自殺行為にもほどがある。
(これ以上は……もう……)
体力が落ちていけば剣筋も鈍るし、敵の攻撃も受け止めきれなくなる。
むしろこれだけの敵によく1人で10分も耐えた方である。
しかし、流石に限界は近い。
しかも時間も時間だ。夜行性のモンスターが寝床につき始めて、昼行性のモンスターがまだ起きていない早朝に目をつけて一気に森を下りる。この作戦は決して悪くはなかった。しかし、今はその作戦が完全に裏目に出てしまっている。
助けを望もうと、こんな朝早くからこんな山奥にいる人なんているはずがない。
――それこそ、早朝から鍛練しているような鍛練馬鹿でなければ。
「っ……しまった!!」
一瞬の集中の途切れが隙を生む。
両手が剣のように鋭く尖った骸骨モンスターのスケルトンソードの強烈な一撃が少年の剣を弾き飛ばす。
武器を奪われ攻撃手段も防御手段も失ってしまった少年は、迫り来る剣先をただ目を瞑って待つことしかできなかった。
冒険者になったとき、クエスト中に死ぬのは覚悟したはずだった。
それでも、初クエストで死ぬことになるとは思ってもいなかった。
きっと先に死んだあの2人も、死んだあの瞬間はこう思っていたんだろう。
――いやだ、死にたくない……
「刃が目の前に迫っているのに、目を瞑ってただそれを待つだけとは……いささか情けなくないか?」
「……!?」
少年のすぐ横の草むらから飛び出した人影が、目の前のスケルトンソードに向かって一閃振るう。
その一閃を受けたスケルトンソードは一瞬でバラバラに砕け、二度と起きることはなくなった。そのままその人影は止まることを知らないかの如く、残りのモンスターを10秒と掛けずに葬っていった。
刀を振るうその姿は舞を踊るかのように美しく、一撃で葬る太刀筋は力強く格好良い。
朝日が射し込む中に堂々と立つその姿に、凛々しい中に女性らしさを含むその横顔に。
彼の心が奪われるのは、必然だった。




