21.第3章 最終話
「「「「おぉ……」」」」
カイ、ルル、リリィ、シュナが何もなかった土地に建てられた学び舎を見上げて、感嘆の声を漏らす。
今日は王立冒険者育成学校の校舎が完成する日で、いつものメンバーに加え、隣の研究所兼家に住むヒーラやギルドマスターのシルシ、ひと月前の事件の際に一緒に捜査をした警備団の男性クワシンもその様子を見に来ていた。
「やっと完成かー。といってもまだ校舎だけで、訓練施設の方はこれからだけど」
ハルが気だるげに校舎を見上げ、最後の仕上げに入っている魔法使いの大工さんに近寄っていく。
「おじさーん。何か今回は随分と時間がかかりませんでしたか? ヒーラさんの家の時は1日で済ませたのに」
「そりゃああの時はお前さんが最短で作ってくれって言うもんだから仕方なくそうしただけで、本来はゆっくりじっくり確実に作るのが俺の主義なんだよ。それにこのガッコウとやらは国王陛下の援助もあるって聞いた日には、隅から隅まで手は抜けねぇよ」
それもそうかとハルは静かに納得する。
国がお金を出してくれている建物を手抜き工事で建てた日には、責任者、関係者、揃いもそろって打ち首だ。まぁ、ロイドとライン王子の失礼ぶりを長年耐えてきたあの人ならその程度のことでそんなことするとも思えないが。
「それじゃあ明日にでも訓練所の方に取り掛かってくださいね。むしろそっちの方がより頑丈に造る必要がありますし」
「わぁーってるよ。俺に任せときな」
「これはこれは、頼もしいことで。…………よっしゃあー!! んじゃ今から校舎の中を探検に行くぞー!」
パッと振り返り、未だに校舎を見ていた4人と白衣を着たイケメンに声を掛ける。
「待ってました!」
「確か教室という部屋がたくさんあるのよね!?」
「わくわく、わくわく」
「うむ。私も教鞭を振るう場所となるらしいからな。仕方ない、見ておくことにしよう」
「シュナちゃん。尻尾が凄いことになってるよ」
ヒーラに暴れる尻尾のことを指摘され、尻尾を押さえながら顔を赤くし、ヒーラを一睨みするシュナ。
そんな2人のやり取りに一通り笑い終えてから、ハルはシルシとクワシンに向き直る。
「2人もどうです?」
「折角ですが、私はこれから宣伝紙に載せる予定の校舎の絵を描いてもらう絵師と会う約束がありますので、後ほどその絵師の方と一緒に訪ねさせていただきます」
「私も今は遠慮しておくよ。それよりも、我々警備団の仕事はあちらの安全確保の方が先だ」
クワシンの視線の先を追うと、そこには以前カナタがカイとシュナの修行に付き合った時にできた巨大クレーターがあった。
他にもこの敷地内にいくつもクレーターができていたのだが、一番大きい穴だけを残して他はすべて埋めてしまった。
「まったく、確かにあの伝説の女冒険者カナタの修行跡ということで注目を引くのは良い作戦だとは思うが、流石にあのでかさは危険だ。子供が足を滑らせて怪我をしてからじゃ遅い」
あのクレーターを残すという案を出したのはシルシなのだが、何故かハルがお小言をもらう羽目になっていた。
「あの穴は我々が責任を持って立ち入り禁止区域とさせてもらうよ。子供が不用意に入らないよう柵を作らせてもらう」
「まぁ、元々そのつもりでしたし、そっちは任せます」
「ああ。私もこのガッコウという仕組みには期待しているんだ。例え冒険者とはいえ、若い命が失われるのは心苦しいものがあるからね」
「そうですね……」
きっと、ハルがこの世界に来なければ不幸なままだった者は多くいる。
カイはきっと今も食料を盗み、忌み嫌われながら1人静かにカンナギの路地裏で暮らしていたことだろう。
ルルとリリィはきっと今頃ファネルに飼い殺され、いや、もしかしたらあの地下にいた危険モンスターの餌となっていたかもしれない。
あの時に助けた獣人も、その弟たちも、あのまま不幸な生涯を送ってきたことだろう。
きっと、咲場 春がこの世界に呼ばれたのには理由がある。
最近ハル自身、そんな気がしてならない。
別に自意識過剰ならそれでもいい。でも、自分でそう思っている間は、彼女はそれだけで動くことができる。行動を起こすことができる。
この学校は人間も獣人も関係ない。皆が同じ方向を向いて、共に楽しく学び、共に強くなる場所だ。
これ以上、不幸な獣人が現れないように。
これ以上、防ぐことのできる冒険者の死を防ぐために。
冒険者は獣人を差別する者が少ない。
ハルや国王の目指す世界には、冒険者という存在が必要不可欠になってくるとハルは考えている。
いや、きっと国王ダルキ=アインツベルクも彼女と同じ考えだからこそ、この冒険者育成学校に協力的なのだろう。
この学校を作ることによって、初心者冒険者の死亡率を下げ、そうすることで冒険者の絶対数を増やす。
そうなることで獣人を無意味に嫌う人間の数も少なくなる。
別にこの学校を卒業した者は必ず冒険者にならなければいけないという義務はない。
ただ、この学校を卒業した者は、冒険者になるならない関係なく、獣人の差別はしなくなる。
それだけでも、この学校を設立するには十分な理由となる。
「おーいハル! 早く入ろーぜ!」
まだまだ、何1つとして状況は変わっていない。
まだ学校が始まった訳でもない。
ハル自身の身体の問題もある。
この世界の獣人迫害主義は強く根付いている。
全身黒装束という格好をした謎の2人組の正体も目的もまだ何も分かっちゃいない。
ハルがここまでしてきたことは、まだ何1つとして結果を出したわけではない。
それでも――
「はいよ。今行く」
彼らの笑顔を守るためなら、きっと彼女は悪魔だろうと魔王だろうと、その身を委ねる覚悟を持っている。
× × ×
「い、いや……やめなさい……何故この私がこんな目に……」
「人間ってのはつくづく馬鹿な生き物だよなぁ。いーや、お前らみたいな奴を人間って分類したら他の人間に失礼か」
国境を越え、アインツベルク王国から遠く離れてたどこか遠い辺境の地。
貴族の称号を剥奪され、国を追放されたレッセフェール家は彼らのことを誰も知らない遠い遠い地へとやってきていた。
人としての道を踏み外してしまった娘を見放すことができなかったファネルの両親は、馬鹿な娘と共に人生を1からやり直そうと必死にもがこうと決意した。
アインツベルク王国国王ダルキ=アインツベルクの目は別に節穴でもなんでもなく、むしろ彼が貴族として選んだレッセフェール家の当主、ファネルの父は実に人間のできた男だった。
だが、娘があまりにも馬鹿だった。
父親が必死にもがき掴み取った地位のおかげでさも自分が偉くなったと勘違いをし、犯してはならない禁忌を犯した。
「お前といい、あのミラーとかいう学者といい、プライドが高い奴はどうも馬鹿な奴が多い。……で? お前に貸してやった隷属の首輪は2つだったはずだよなぁ? どこであんなに大量生産したんだ?」
「それを言ったら、助けてくれるの?」
「いいや、それはねえ。お前には答え次第、お前の父親と母親と同じとこへ行ってもらう」
「ヒィ………………っ」
目の前に立つ巨大な男の後ろには、すでに頭と胴体が離れてしまっている死体が2つ転がっている。
「可哀想だよなぁ。馬鹿な娘を持ったがばっかりに貴族の称号を剥奪され、国からも追放、辺境の地でやり直そうと思った矢先に本当に辺境の地に旅立っちまうんだからなぁ。言っとくが、あの2人を殺したのはお前だ。お前が俺らを怒らせなきゃこんなことにはならなかった」
「…………い、いや……死にたくない……」
「んで? お前はそう言った獣人を何人殺してきたよ? 俺たちがちょっと目を離した隙に好き放題しやがってよ。キサラギでお前に手を貸してやった時だって、先に俺らに嘘を吐いたのはお前だったよな? 俺たちは、獣人を攫うことで助けに来るであろう人間に隷属の首輪をつけるから手を貸せって言われたから、わざわざ警備団の牢屋に忍び込んでウサギ2匹を攫ったっていうのによ」
「………………」
「もういいやお前。悪いけどよ獣人を意味なく私欲で実験動物にしたあの学者も、獣人に私欲で隷属の首輪をつけて遊んでたお前も、等しくゴミにしか見えないんだわ。隷属の首輪をどこで大量生産したか聞きたかったんだが、そろそろ俺の剣がお前の首を斬りたくてウズウズしててよ」
「……い、いや……イヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイy――」
「あー、うっせ……」
壊れたように「イヤ」としか言えなくなったファネルの口は、首が胴と離れることで止まった。
頭がぼとりとズレ、遅れるように胴体が倒れる。
「聞けたか……?」
「全然駄目。ムカつきすぎて吐く前に殺しちまった」
突然後ろに現れた全身を黒装束に包んだ小柄な男性。
ファネルの死体を一瞥し、興味なさげにすぐ視線を大柄の男に戻す
「……まぁいい。一度国に帰るぞ」
「あーあ、無駄骨だったか。まぁ、こいつにはムカついてたから殺せて良かったけど」
「俺達の目的は魔道具の回収だ。来るべき時に備えなければならないからな」
「分かってる分かってる。でもアランだってムカついてただろ」
「……まあな」
そう小さく呟くと、小柄な黒装束――アランが転移魔法の詠唱を始める。
「あーあ、早くやりてーな。あの人が言う世界革命ってやつをよ」
「……それももうすぐだ。もうすぐ、この世界は我々獣人のものとなる」
これにて第3章終了となります。
次回より第4章突入。




