11.交渉
「あ、いたいた。カナター、ちょっとお願いがあるんだけど」
「……? ハルさん?」
時刻は夕方。
ハルは廊下を歩いていたカナタに頼んで、国王陛下に2人きりで会えないか訊ねていた。
「ダルキ様にですか? どういったご用件ででしょうか?」
「うーん。何て言ったらいいのかな。ちょっとお願い事があるっていうか」
「……? えっと、もちろんハルさんのことは信用しているのですが、流石に2人きりというのは難しいかと。一応国王陛下ですので」
「あー、じゃあカナタも一緒に来てくれない? それなら大丈夫でしょ?」
「私もですか?」
自分を指差し首を傾げるカナタ。
「よーし、そうと決まれば早速レッツゴー!」
「え、ちょっと、ハルさーん!」
カナタの意見は聞かずに、カナタの腕を掴んで早速国王のいる執務室へと足を進めるハルであった。
「しつれーしまーす」
「ちょっ、ハルさん! さっきの礼儀正しさはどこにいったんですか!」
執務室の扉をコンコンコンと適当にノックした後、中からの返事を待たずに扉を開ける。
国王陛下に対してこの態度、普通なら処刑ものだ。
「……まったく、どこの無礼者かと思ったら、ハル殿ではないか。普通、師弟でこうも似るものか?」
「……?」
「ロイドも昔、よくノックもせずにこの部屋に入ったりしていたんです」
「よくラインと一緒に入り浸っておったわ」
「なるほど、つまりノックをした私はロイドより常識人だと」
「いえ……どっちもどっちかと」
「むしろ年齢的にはお前さんの方が駄目だろう。まったく、先程の玉座の間でのお前さんの振る舞いはやはり見せかけであったか」
はぁ、と溜め息を吐く国王陛下。
他の国の王はどうか知らないが、この国の国王はラインやロイドといったマイペース極まりない者達のせいで無礼にもある程度の慣れているのだ。
これがもしも他の重鎮や貴族の前だったりしたら、国王もそれなりの対応をしたかもしれないが、今ここにはハルとカナタと国王陛下しかいない。
「いやー、初対面くらいは良い印象を付けとこうかなと思いましてー」
「それをすぐに崩してしまったら意味無いと思うがな」
「確かに」
たははーと頭を掻きながら苦笑いを浮かべるハル。
「……?」
そんなハルを見て、首を傾げるカナタ。
確かにハルはいつもふざけたり、おちゃらけていたりもするが、それでもカナタの知っているハルとはどこかが違うような、そんな違和感を感じていた。
「それで、私の部屋に来たということは何かしら用があったのだろう?」
国王陛下が机に肘をつき、両手を組んでその上に顎を置く。
どの世界でも偉い人のポーズは統一されているらしい。
「えっとですね、私は今アランカの街に住んでいるんですけど、現状、私の所有している土地が有り余っているんですよ」
「土地?」
国王陛下が確認するようにカナタに視線を向けると、カナタもそれに応じて頷く。
「はい。ただその土地は作物の育たない土地でして、農業なんかも出来ないので、どうにかして利用できないかとずっと考えていたんです」
「ふむ、それで?」
「既にアランカのギルドマスターであるシルシさんとは話しているのですが、実はそこに″学校″でも作ろうかなと思いまして」
「……? ガッコウ?」
国王陛下のこの反応はハルにとっては想定済みだ。
既にギルドマスターのシルシで経験済みなのだ。
何でもこの世界には学校というものがないらしい。
よくよく考えれば、初めのカンナギの街でも、キサラギでも、そしてアランカや王都でさえ、毎日昼間から子供達が街を走り回っている。
つまり、学校には行っていないということだ。
「そのガッコウというものは一体なんなのだ?」
「私の故郷にあった子供の教育機関ですね。学舎とも言います」
「「教育……」」
国王とカナタの声が重なる。
まだいまいちピンと来ていない様子。
「シルシさんに聞いたんですが、この国では原則10歳になって初めて冒険者になれるんですよね?」
「うむ、ロイドやカナタのような例外もあるがな」
ロイドは5歳、カナタは7歳で冒険者になったらしい。
つまり天才は除くということだ。
「しかし最近はその冒険者の数も減ってきている。それが何でか分かりますか?」
「そりゃあ、誰も危険な冒険者なんかになりたくないからだろう」
「何故冒険者は危険なんですか?」
「はあ? 野生のモンスターと戦うんだから危険に決まっているだろう」
「野生のモンスターと戦うのがどうして危険だと周知されているのでしょうか?」
「…………はぁ、もういい。結局何が言いたい?」
国王が手で顔を覆い、首を振る。
さっさと先に進めろということだろう。
「冒険者は危険。それは実際にモンスターに殺されている冒険者が多いからそういう風に広まっているのではないでしょうか」
「……? 実際その通りだろう。だが、それは冒険者である以上仕方がないことで……」
「ギルドが確認しているクエスト中での死亡者数。その中で一番多い割合を占めているのは何歳くらいだと思います?」
「…………! なるほど……」
カナタが何かに気づいたようで、パッと顔を上げる。
「どういうことだ?」
「先程国王陛下は冒険者である以上、モンスターに殺されるのは仕方がないことと言いました。それは私もそう思います。冒険者だってモンスターの命を狩っているのですから、それ相応の覚悟は持つべきです」
「ああ。その通りだ」
「ですが、クエスト中に死亡している冒険者の中で、実に8割が10歳から13歳の冒険者なんです」
「……!」
ようやく国王陛下もハルが言わんとすることに気がつく。
「逆に25歳以上になると、もうクエスト中に亡くなる方は5%もいないんです」
「……ふむ」
国王陛下が考え込む。
つまり、冒険者とはなり始めが最も危険であり、それなりに経験を積むと自分の身の丈にあったクエストを選べるようになり、死亡率もぐんと下がるのだ。
「しかし、やはりそれは仕方がないことではないのか? 初心者が経験不足でやられるのはどうしようもないことで……」
「だからそれを仕方がないで終わらせないようにしようって話をしてるんですよ」
「……! そうか、つまり先程言っていた学舎というのは……」
「はい。いわゆる、冒険者育成学校を作ろうという話です。そしてそれは街のすぐ外に山々が連なり、あらゆるモンスターや薬草が蔓延るアランカの街が一番適しているのではと、思ったわけです」
経験がないのなら、冒険者になる前に経験を積ませれば良い。
知識がないのなら、冒険者になる前に知識を付けさせれば良い。
実力がないのなら、冒険者になる前に実力を付けさせれば良い。
何も準備もせずにいきなり冒険者になり自分の実力も把握しないままクエストを選ぶから、初心者冒険者の死亡率はいつまで経っても変わらないままだ。
それなら、既に経験も知識も実力もある冒険者に教えを乞えば良い。
幸い、アランカの街には冒険者もモンスターもたくさんいる。
経験を積ませるにはもってこいの街と言えよう。
それに教えるのは何も冒険者的なことだけではない。
それこそ簡単な算数や歴史などを学ぶのも悪くはないだろう。
それに、アランカの街に学校を作ろうというのはもう1つ別の理由もある。
アランカの街には獣人も多く住み、獣人を特別嫌っているわけではない冒険者も多く住んでいる。
「――その学校では、人間も獣人も関係なく生徒として学んでもらう予定です」
冒険者のことは当然冒険者が一番よく分かっている。
獣人を差別しない冒険者が教えるのなら、獣人の子供達も安心して教えを乞うことが出来るだろう。
「獣人も……?」
「学校というのは、学を学ぶと同時に人間関係も築いていく場なんです。立派な冒険者という同じ目標を持ち、共に同じことを学ぶことによって生まれる協調性を学ぶ場でもあるんです」
「…………ふむ」
「人間と獣人。これは、国王陛下の目標にも関係してくることだと思いますよ?」
「……確かにそうかもしれんが、それで私に何をさせたいのだ?」
「協力して欲しいんです。主にこっちの面で」
そう言ってハルは人差し指と親指で輪っかを作る。
「……! ふっ、なんだ、そういうことなら、初めから言えばいいものの」
「まずはメリットを出しまくっておこうと思いまして」
「あいやわかった。それならサクバ ハル。お前さんの獣人専属大使としての初任務は、その学校なるものをアランカの街に作り、立派な冒険者を育成することとする」
「はーい」
「それで、教える方の冒険者はいるのか?」
「まあ1人は確実にやってくれる奴がいるので大丈夫だとおもいます。まだ学校自体出来ていないので、細かいことはまた今度ということで。今回は協力の交渉が目的でしたので」
「なるほど、分かった。それでは細かいことが分かり次第また連絡をしてくれ。手伝えることがあれば出来るだけ協力しよう」
「助かります」
ハルは国王陛下と握手を交わし、交渉を終えた。
ハルとカナタが部屋を出ると同時に、執事服を着た初老の男性が執務室へ慌てるように入っていき、やっぱり国王様は多忙なんだなぁと興味無さげに思うハルであった。
× × ×
コンコンコンと、客人に宛がわれた部屋の扉をノックする。
はーいという返事と共に開かれた扉の向こうには、弟子である年上の少女、ハルが立っている。
「ロイド? どしたの?」
「…………お前、身体は平気か?」
「へ?」
「ハル自身、以前とは違う違和感を感じてるはずだよね」
「…………」
ロイドの真剣な表情と声に、ハルの表情も真剣なものに変わる。
「もう一度訊く。ハル……お前の身体は、まだ平気か?」
よろしければ、感想、評価、ブックマークの方をお待ちしております。




