7.一緒に行こうよ
私達は1つの大衆レストランに来ていた。
夕飯時というのもあってかそれなりに混んでいるが、2人が座るスペースくらいは空いている。
カイもフードを被っているので特に目立った様子もないし、普通に注文をして席につく。
私はシチュー、カイはステーキだ。
料理が完了し、私達の前にそれが運ばれてくる。
美味しそうな匂いが漂い、食欲をそそる。
ひと口、口に運んでみる。
「うまいっ! 星3つ!」
数ある有名店の美食を食べてきた私だ。
そして高級料理よりこういう庶民的な味の方が好きで、超高級キャビアよりカップ麺の方が好きな私が言うんだから間違いないのだ。
以前このことを話したらクラスの女子から嫌われた。何故だろう。
「…………うまい」
カイもステーキを食べ、目を光らせながら呟く。
2人ともお腹が空いていたからか無言で目の前の料理に夢中になる。
そして、半分ぐらい食べ進めたところで、事件は起こった。
「てめぇ! こんな所にいやがったか!」
突然店に男性が入ってきたと思ったら、その男性はまっすぐ私達の方へと歩いてくる。
「おい、あの人って」
「ああ、肉屋のオヤジさんだよな」
「あの人怒ると超怖いんだよな。あの2人何やったんだよ」
回りで食事をとっていた客の話し声が聞こえてくる。
私は今日この街に、というかこの世界に来たばかりだ。あんな怖そうな人に会った覚えはないし、あそこまで怒らせるような覚えもない。
と、なると……
「こんなフードで顔を隠してもわかるんだよ!」
怒鳴りながら男性はカイのフードを取る。
「え、おい、あいつ……」
「ああ……」
そうなると当然カイの頭の上に注目が集まる。
「……っ」
あっちゃあ~……
「てめぇ、今日の昼間もやってくれたな! 今日という今日は……」
「まあまあまあ」
私はスプーンを一旦置き、今にも掴みかかりそうな男性とカイの間に入る。
「私の連れが何かしましたか?」
「はぁ? 連れだぁ? アンタが、こいつの?」
「ええ。なので話なら私が聞きますよ」
にっこりと社交界で身に付けた営業スマイルを作る。
「連れのくせに知らねぇのか。こいつは俺の店で何度も何度も何度も盗みを働いてるんだよ」
む、そういえば、昼間街で待てコラー! という声を聞いたような気がする。それかな?
「えっとぉ~、ちなみにそれによる損害額は……?」
ピラっと男性が1枚の紙を見せてくる。
『1,000G』
確かに、たった1人にそれほどの損害を出されたらたまったもんじゃないだろうな。簡単に言えば10万円分の食い逃げだ。
そりゃ怒られるわさ。
チラリとカイを見る。
私の視線に気付いたのかカイは俯いてしまう。
はぁ……
「すみませんでした。私の方からちゃんと言い聞かせますので」
「はぁ? おい、謝って済むなら……?」
私は頭を下げながら男性の手に紙を3枚ほど握らせる。
「この子が盗った分の弁償代と迷惑料です。これで今回の件は見逃してくれませんかね?」
男性は握らされた紙幣を見て目を見開いて驚く。
「………………ふん、アンタの顔に免じて今回は許してやる。ただし、次やったら今度こそブタ箱に放り込んでやるからな」
男性のドスの効いた声にビクりと肩を震わせるカイ。
「おい姉ちゃん」
「はい?」
もう行くのかと思ったが、離れ際に男性が私に声を掛ける。
「悪いことは言わねぇ、獣人を連れて歩こうなんて考えてるならやめときな。この先、きっと不幸になる」
「……っ」
「…………」
流石の私も少しだけカチンときた。それは別に私の自由だろう。アンタらが勝手に獣人を化け物扱いしているだけではないか。
「ご忠告ありがとうございます。ただ、もしも私の両親が死んだ時以上の不幸が待っているのだとしたら、それはそれで見てみたいのでご心配なく」
そう言って最高の作り笑顔を見せてやった。
「ふん。アンタ相当変わってるな」
「よく言われます」
「……獣人のガキ、この姉ちゃんにちゃんとお礼を言っておくんだな」
そう言い残し、男性は店を出ていった。
おや? 意外と義理堅い人だったり?
男性の背中を見送っていると、店内の雰囲気がおかしいことに気付く。
どうやら注目を集めすぎてしまったようだ。
店員さんもどうするべきか迷っているみたいだし。
「料理も冷めちゃったし、出ようか」
私の言葉に僅かだけ頷くとカイはフードを被り直し、席を立って出口の方へと歩き出した。
私も追いかけるように席を立ち、近くにいた店員さんに100Gを渡す。
「ごちそうさまでした、これ勘定です。あ、お釣りは結構ですので。お騒がせしたお詫びです」
それだけ言い残してカイを追って店の外へと出た。
× × ×
さてと、これからどうするかな。
このまま戻ってもいいが、正直まだ全然お腹が空いている。
シチューも半分しか食べられなかったし。
「そうだ、昼間の肉まん食べに行こうか。私あれ食べられなかったし、カイも全然お腹一杯じゃないでしょ?」
「…………」
無言だったがちゃんと付いてきていたので私達は昼間の肉まんを買った屋台に向かうことにした。
「まだやっててよかったね。ほい、1個あげる」
2つ買った肉まんの片方をカイに渡して近くにあったベンチに座る。
食べ歩きもいいが、今は特に向かっている場所もないし、普通に座って食べることにした。
やっと食べられるとホカホカと湯気が立つ肉まんにかぶり付く。すると中から大量の肉汁が溢れだし、口の中では外のパン生地と肉が織り成すコントラストが……
「…………早く食べないと冷めるよ?」
隣に座るカイに目を向ける。
カイは肉まんを持ったまま一言も喋らずに俯いていた。
フードを被っているので表情は見えないが、まぁどんな表情をしているかは想像に難くない。
「…………んでだよ」
「ん?」
「……なんでだよ」
「何が?」
「何でオレみたいな獣人なんかにそんな優しくするんだよ!」
バッと勢いよく顔を上げた拍子にフードが取れる。そして私を見つめている瞳には僅かに水滴が溜まっていた。
「『人間は獣人ってだけでオレ達を差別しやがる』なんて言っておきながら、自分で自分のことを″獣人なんか″なんて卑下するのはおかしいんじゃないかな? 自分で自分を愛せなきゃ、他人からは愛してもらえないよ?」
私はもうひと口肉まんにかぶり付く。
「ほら、カイも食べな」
「待てよ、まだ答えてもらってない。あえてもう一度訊く。何で″オレみたいな獣人なんかに″ここまで親切にするんだ」
「…………」
「さっきのオッサンも言ってただろ、オレと一緒にいたらお前は不幸になるって」
「さっきのオッサンにも言ったけど、私は相当なことがないと不幸だとは思わないよ」
両親が病気と事故で死んで、私自身も車に轢き逃げされるなんて不幸を体験しているんだ。これ以上の不幸があるなら見てみたいね。
自分の死をハッキリと覚えてるなんてかなり不幸指数の高い出来事だろう。
「でもっ……「それに」」
カイが何かを言おうとしたところに言葉を挟む。
「私も少なからず知ってるからね。普通に見てもらえない辛さっていうのは」
小さな頃からパーティー等の場では大人達からは下卑た目で見られ、同級生には常に遠巻きからヒソヒソと話しながら見られる。
教師ですら私には敬語で話す始末。
普通の女の子として見て欲しい。
何回そう思っただろう。
私は普通にしているはずなのに、それは普通じゃないと言われる。
普通とは一体何なんなのか。
何十回そう思っただろう。
「私は君じゃないし獣人でもない。だから全部わかる訳じゃない。……それでもわかるんだよ。私も普通じゃないからね」
そこで私が見せた札束を思い出したのかカイが口を閉じる。
私はカイの頭の上に手を置き、普通の人間ではありえないところから生えた耳にそっと触れる。
「程度は違えど私達は普通じゃない者同士。カイからしたら一緒にすんなって思うかもしれないけど、案外気が合うと思うんだけどなぁ」
「…………」
「嫌だよね、不快だよね、奇異な目で見られたくないよね、1人じゃ辛いよね。じゃあ1人じゃなかったら?」
弱い者は群れていなければ生きていけない。
だったら群れればいいじゃないか。
正々堂々と胸を張って群れてやればいいじゃないか。
「一緒に行こうよ。これまでみたいにいつ捕まるかわからない盗みを続けて怯えながら生きていく? ちなみに、私と一緒に来てくれるなら毎日お腹一杯食べさせてあげるよ?」
何回でも、何十回でも言ってやろう。
″金ならある″
自分の為だけじゃなく、この子の為、獣人の為に使ってもパパは怒ったりしないだろう。
「……っ、やっぱりさっきのオッサンが言ってた通りだ。お前は相当変わってる。そうじゃなきゃ、ただの馬鹿だ」
「ノンノンノン。それは違うなぁ。私はただの──」
ま、それに……
「大金持ちの我が儘お嬢様だよ」
嘘はついてないしね♪
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